当たり前のことを当たり前にするということ
人は、様々な場面でサービスを受けて生活している。そして、そのサービスにお金を払う。さて、そのサービス。当たり前を当たり前にこなすということが最高の形であるはず。お店なら、予約した時間にちゃんと席があるとか。注文を間違えないとか。注文したものが放置されずにちゃんと出てくるとか。ホテルなら、予約した部屋がちゃんと確保されているとか。部屋に備えられているべきものが全てそろっているとか。当たり前。まあ、人間だし、多少時間がかかることはあるだろうし、間違えることもある。だけど、基本はそれらのミスが起こらないことが一番、はなず。だけど、その当たり前を当たり前にこなすことって、けっこう大変らしい。
さすがに、予約したレストランで食事ができなかったという経験はない。幸いにも。だけど、予約せずに入ったお店で注文した品のうち一品がなかなか運ばれてこなくて、他の食事をほぼ終える頃に持ってこられたりなんてことはあったっけ。それで、遅くなってすみません的な言葉とともに、頼んでいないデザートを一品サービスいたします、なんて言われるのだ。正直なところもう食事終わりな気分になっていて、特に何かデザートがほしいと思わないのに・・・。
料理が出てくるのを待たされたのに加え、欲しくもないデザートをもらってもうれしくはない。クッキーなど焼き菓子的なものでもあれば包んでもらって持ち帰ることもできたのにね。
一方で、お友達何人かでお茶に行った時のこと。ケーキとお茶、それぞれリストから好きなものを選ぶスタイル。その時、いたメンバーがそれぞれ違ったものを選んだ。おぉ、と思ったのは、注文の品が運ばれてきた時。~のお客様、といった確認を一切せずに、それぞれ間違うことなく配膳がなされた。これはすごい、と地味に感動した・・・。値段の差と言ってしまえばそれまでなのだろうが、そこでは何度もお茶をしているけど、不快な思いをしたことはほとんどない。まあ、アフタヌーンティーのセットでお茶だけ出てくるのが遅かったことはあったけど(どことは言わない)。
ミスは仕方ない。挽回するために何かしようとするのも理解できる。だけど、一方的なサービスをされても嬉しくないこともあるのだ。だからこそ、当たり前を当たり前にやってのける人に凄さを感じてならない。
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