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泥棒にされた事件

ありとあらゆる看護技術を体得していく中で
自分でも少し有頂天になっていた頃でした。

その頃も看護婦寮で生活をしておりました。
ある日「もうすぐ夜勤の時間だ」と思って洗濯物を取り込んでいると
雨がパラパラ降りはじめました。

ふと見ると同室の部屋の人の洗濯物がまだ外に干されておりました。
「入れておいてあげよう。夜勤から帰ってきたらそう言えばいいかな」と思って自分の洗濯物と一緒に取り込んであげました。

そして夜勤が明けて朝戻ろうとした時に
婦長さんに呼び止められました。

「あなた人の洗濯物を泥棒してはダメ!」
そう言われました。

私は驚いて
「違います!雨が降り出したので一緒に入れてあげただけです!」
と何度も言ったのですが
「でも、『ちゃんと畳んで、やまちゃんのタンスの中に仕舞われていた』と同室の人が言っています」と言われました。

そんなはずはなく、ただ取り込んで部屋に放り込んでおいただけなのに
いつの間にか畳んで仕舞われていたことになってしまっていました。
そして実際に畳んで仕舞われていたのです。
仕組まれたのです。

もう、その後は弁解すればするほど泥棒にされていきました。
とにかく何を言ってもダメなのです。
冤罪になっていく流れはすごいものです。

今でも「冤罪」の方のお話をニュースなどでみたりすると
どんなに悔しく辛かっただろうと思います。

とうとう父が病院に呼ばれました。
父は信じてくれるかと思っていましたが
「人の物に手を出すのは常日頃が乱れているからだ!
火のないところに煙は立たん!」
と言って私を叩きました。

父も情けない気持ちだったとは思いますが
私は親に信じてもらえなかったことが
何よりとても悔しく一番情けなかったです。

父は私を家に連れ帰ろうとしましたが
私は
「ここで辞めたら私は泥棒にされる!辞めない!」と言い切りました。

もちろん信じてくれる友人も仲間もいましたが
しばらくはとても辛い毎日でした。

しかし
人の噂も75日と言いますが
本当によく言ったもので
次第にその事件のことは忘れられていき
私を泥棒に仕立てた同室の人は
いられなくなったようで自らその病院を辞めていきました。

後になって思うと
いつも手術介助に先生に指名されたり
開けっぴろげな性格で
みんなに可愛がってもらっていたことに対しての
やっかみだったのだなあと思います。

女の世界はなかなかコワイものです。

なので私の娘が高校を卒業して大学の寮に入る時には
人の洗濯物など決して触らないことを必要上に言い聞かせ
持ち物全部に名前を書かせました。

これをトラウマと言うんでしょうね。

 キミちゃんより

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