【五島紀行3】初日 20160127 自宅から佐世保まで

年末から計画を立てていた五島旅行。
遂に来た。とうとうこの日が来た。今日は6時過ぎに最寄のバス停を出発するので、昨日は相当早く寝た。4時半に起きるところから旅は始まるのだ、と昂ぶる気持ちを抑えながら目覚ましをしっかりセットして寝た。はずだった。
目を覚ましたら、部屋は無音。何気なくiPhoneの時計を見たら、時間は既に5:00だった。どうして今日に限って目覚ましが鳴らないんだ!と飛び起きる。何とか前夜までに荷造りを終えていたのが不幸中の幸いだった。これ以上ないくらいのスピードで準備をする。私にしては珍しく、着るものから何から全て用意してあったのは奇跡だった。シャワーを浴びて髪の毛を半乾きの状態まで急いで乾かして荷物を持って家を出る。どうせ歩いている間に乾くんだからこんなもんで十分だ。この間およそ30分。今までで一番早い身支度だったかもしれない。

5:45、戸締りを確認して家を出る。外はまだ暗かった。鍵をかけ、玄関の扉に背を向ける。一歩踏み出すと、外気はあまりにも冷たく、身を切るような寒さとは正にこの事だと思った。スーツケースを引きながら、iPhoneに「今何度」と問いかける。Siriの答えは「現在、-5℃です。あー寒い!」だった。寒いのは私の方だ。冷たい空気にさらされた耳が痛い。真っ暗い空に明るい月が出ていた。バス停に着き、この旅最初の写真を撮る。

バスは時間通りにやってきた。スーツケースを手持ちのまま乗り込む。いよいよ出発なんだとドキドキし始めた。自分で作った行程表の、最初の一歩が遂に始まったんだ。旅がスタートした。わくわくしながら昨日買っておいたパンをかじり、酔い止め薬を飲んだ。今回の旅では、佐世保から有川までの高速船その他の乗り物酔いに備えて市販薬の中で一番強い酔い止めを準備していた。1日1回しか服用できないほど強力なもの。海釣りが趣味の同僚も勧めてくれた酔い止めだった。服薬して数十分後、抗ヒスタミン剤の作用で早速眠気が訪れた。バスの向こうの朝焼けを眺めながらうつらうつらする。第1ターミナルで降りるのであまり安心して寝てはいられない。

緊張していたのか、一時間ほどで目が覚めた。羽田まではまだ少し余裕があった。寝過ごさなくて良かった、とほっとする。ほどなくしてバスは羽田空港に到着した。空港に入り、搭乗手続きをする。飲み物チェックがあるのは覚えていたが、水筒もチェックされる事は全く意識になかった。四日目の野崎島に行く時に温かい飲み物を持って行けるようにと、空の水筒をスーツケースの奥深くにしまい込んでいた。認識が甘かったな、と反省しながら荷物検査は続く。無事に全ての荷物のチェックが終わり水筒も戻ってきた。4泊5日分の荷物でスーツケースはパンパンで、水筒を元通りしまってチャックを閉じようとしたがうまくいかない。見かねて検査場の人が「何かお手伝いしましょうか」と声をかけてくれる。ありがたく協力を仰ぐ事にして、彼にスーツケースの蓋を上から押さえてもらってどうにかチャックを閉めた。大荷物は一苦労だ。

8:35、飛行機は定刻に羽田空港を離陸した。当然の事ながら空はすっかり明るくなっていて、機体はぐんぐん上昇する。雲の上に出ると綺麗な青空が広がっていた。酔い止めの効果で離陸の時から寝ぼけていた。時間の感覚が分からないままふと目を開けると、遠くの方に富士山が見えた。写真に収めてしまえば小さかったが、幸先がいいスタートだと思った。10分ほどたった頃だろうか、眠気でぼうっとしていた時、「皆様の左手後方に富士山が綺麗に見えております」と機内アナウンスが流れた。その声に跳ね起きて窓の外を見る。本当にちょうど左後ろ、ほとんど目の前に富士山が現れていた。左の窓際に席が取れたのは完全なる偶然だったので、何てラッキーなんだろうとこれも写真に撮る。先ほどよりも遥かに大きな富士山だった。

10:50、予定より10分遅れで飛行機は長崎空港に到着した。空港周辺はあちこちに雪が残っていた。数日前の大雪の名残だった。まだ溶け残っていたんだ、と少し驚いた。11:00には乗り合いジャンボタクシーを予約してある。間に合うだろうかと少し焦ったが、長崎空港は5年前訪れて規模はだいたい分かっているので恐らく大丈夫だろうと頭の中で計算した。足早に空港内を通り過ぎ、入口のタクシー乗り場を目指す。ジャンボタクシーは目の前で待機していた。余裕で間に合ったな、と胸を撫でおろす。次の瞬間、添乗員の一言が耳に突き刺さった。

「雪の影響で高速道路が通行止めになってまして、下道で行きます。来る時は2時間半かかりました。それでもよろしいですか?」2時間半!仰天した。予定では約1時間で佐世保駅まで行けるはずだった。佐世保港から船が出るのは13:00。2時間半では間に合わない。どうしよう、と短い時間で決断を迫られる。添乗員さんは「一応電車もありますよ」という。しかし今から慣れない土地で佐世保までのルートを探してしかも船に間に合わすのは難しいんじゃないかと思われた。もしかしたら下道でも間に合うかもしれない、もし間に合わなかったとしても確か夕方の船もあったはず。最悪それには間に合うだろう、と腹を括って「乗ります」と答えた。ただし13:00の船を予約しているので念のためキャンセルの電話を車内でかけさせて欲しいと頼んでみた。本当はダメな事になっているけれど、小声でしたらいいですよと言ってもらえた。お礼を言って荷物を積み込み、タクシーに乗る。乗り合いというだけあってジャンボとはいえ車内はぎゅうぎゅうだった。助手席にしてもらえば良かったかな、と少しだけ乗り物酔いの事が気がかりだった。添乗員さんはタクシーを予約しているお客さん一人一人に私と同じ事を確認していた。説明する方も大変だな、と思った。

走り出してすぐに九州商船に電話をかける。言われた通り、超が付くほどの小声、というよりもひそひそ声で通話した。今回の旅は、事前に予約できる交通手段はほとんど予約を取ってあった。高速道路が通行止めになっている事を伝え、船をキャンセルする。早速ハプニング勃発だ、と思いつつも、これも旅だしなと楽しむ自分を感じていた。あれだけ綿密に作った行程が狂うかもしれない割には不思議な心の余裕だった。さぁこれからどうなるかな、と考え出した時にはもう眠り始めていた。

12:10、「そろそろ着きますよ」という声で目が覚める。寝ていたので全く途中の経過は分からなかったが、元々の予定から10分超過しただけだった。2時間半てのは何だったんだ。間に合っちゃったよ、どこをどう運転したんだよ、と誰にともなく心の中でつっこみを入れる。何にしても間に合ったのは幸いだった。欠航にさえなっていなければ予定通りの船に乗れる。慌ててキャンセルしないでもう少し様子を見れば良かったかな、と少し反省しながら佐世保港に向かった。

途中、海上保安庁の船が停泊しているのを見かける。かっこいいなぁ、珍しいなぁ、とますます旅に出ている感慨が深くなる。何を見ても聞いても楽しかった。旅をしているんだ、という実感に溢れていた。港までの足取りも軽かった。港に着くと、九州商船の窓口にはブラインドが下りていた。電気は点いている。ついさっき電話は通じたのに、と不安になってガラスをノックしてみた。女性がブラインドを開けて顔を出す。「13:00の船をキャンセルしてしまったんですが、復活はできますか?」と尋ねる。「キャンセルの復活はできないんですが、当日空きがあれば乗れるようになってます。今日はだいぶ空いてますし、大丈夫ですよ。出港の30分前からチケットを販売しますので」と女性が答え、私のお礼もそこそこに再びブラインドを下ろした。船に乗れるのはほぼ確定した。安心して椅子に腰掛けた。売店には5年前は佐世保でしか買えなかったお菓子「ぽると( https://www.hakuju-ji.com/ )」の看板が出ていた。確か福岡空港では売っていないと聞いた。お土産に買いたかったが、初日に買うのはまだ早すぎると思ってやめておいた。帰りに佐世保港を通る時間はとても短かったので買うのは難しいけど、と思いつつも、それはそれで今回は別のお土産を買おうと気にしない事にした。いつの間にか周りには迷彩服の自衛官がたくさん集まっていた。これだけたくさんの自衛官と行き合う機会はなかなかなかった。彼らも五島に行くのか、とぼんやり眺めながら、今日2回目のパンをリュックから出してのんびり食べた。

12:30、予告通り窓口が開いた。待合室にいた20人ほどの人達が一斉に並ぶ。私もその中に混じった。購入の際、窓口の女性から2回分の回数券で購入した方が割安だと教えてもらう。回数券は2ヶ月間有効なので期間内ならいつでも乗れるらしい。当日券の片道分を2回買うよりかなり割引率が良かった。勧められた通りチケットを買う。ネットの事前予約とほとんど価格は変わらなかった。これは嬉しい誤算だった。ほどなくして乗船の案内のアナウンスが流れた。船は既に港で控えていたらしい。皆が高速船乗り場に出て行く。船がつけられ、乗船が始まった。チケットもぎりの男性に「船の前と後ろならどっちが揺れないですか」と尋ねる。私が持っているチケットは指定券だと教えられた。窓口でそんなやりとりあったっけ、と首を捻る。しかし、出港した後なら絨毯席に移動するのもまぁ構わない、と男性は言ってくれた。移動するなら後ろが揺れない事も。お礼を言って船に乗り込む。スーツケースを預けて席に座った。予約の時から思っていたが、今回の高速船は前回と違ってかなり大きい。HPによるとちょうど前回の渡航の年に就航したらしかった。これならあまり揺れないでいけるかも、と微かに期待する。座席は新しい特急列車のようで、大型のテレビもあって地デジの番組を放送していた。

間もなく船は港を離れた。ぐおんぐおん、と大きな音をたてて船が動き出す。すぐに音はごおおおおっ、とその勢いが変わった。それとともに船のスピードが上がったのが分かる。これだ、この感じだ、と懐かしさがこみ上げる。だが感傷に浸る間もなく、上下に船が揺れ出した。早くもしぶきが窓に当たっている。先ほどの感傷とは違った意味で、これだ、この感じだ、とあの時の記憶が蘇る。もぎりの男性の言葉に甘えて早々に船後方の絨毯席に移動する事にした。絨毯席は前方が広く後方は前方の半分しかスペースがない。今回は私以外誰もいなかった。気兼ねする事なく備え付けの枕と毛布を手に取る。手早くごろん、と横になって毛布をかぶった。横になってしまうと揺れは却って心地良いように感じられた。これなら大丈夫だ、何とかなる。瞼を閉じたら今日何度目か数えるのも飽きたぐらいの眠気がやってきた。おやすみ、と心の中で呟くと、あっという間に眠りに落ちていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?