【五島紀行13】四日目 20160130 奇跡の出会いの連続、宿へ

岩崎邸→高井旅海岸→若松大浦教会

小串の大浦教会を見て、とりあえず目的は達成したがまだ時間はある。Aさんは南部の奈良尾にぜひ会わせたい人がいると言う。いつの間にか既に電話済みで、先方は御快諾との事だった。折角だから現地の人とも話したいでしょう、とAさん。二つ返事で了解して中通島のほぼ最南端に向かう。この旅で唯一自分では調整できなかったのが現地の方との触れ合いだったので大変にありがたかった。場所的には明日回る場所だったけれど、教会はスルーするという事を確認してその方のお宅へと車を走らせる。

島のほぼ最南端、奈良尾集落の岩崎さん宅にお邪魔する。お名前、写真をネットにアップする事をすぐさま快くご了承して下さった。高齢のクリスチャンのご夫妻で、ご主人は絶滅危惧種のアカウミガメの保護活動に取り組まれて12年、奥様は近くの高井旅海岸で拾った貝殻だけで作る貝殻アートに取り組まれて何十年というご夫妻だった。突然の訪問にも関わらず笑顔で快く迎えて下さった。それぞれからお話を伺う。ご主人は40年漁師として船に乗っておられて、退職されて健康のために海岸を散歩していた時にたまたまアカウミガメの産卵に出会い、「これは自分が守らんば」と思って今の活動を始められたらしい。初めは手作業で卵の周りに柵を作ったり卵の場所を移して外敵から守ったりしていたのを、数年して町の事業として認められて孵化場が作られたのだという。町公認になったばかりの年、2014年に親ガメが産卵のために浜に上がって帰っていくところの撮影に成功したらしい。この年が奇しくも保護活動を始められて10年目の年だったのだそうだ。とても嬉しそうにその事を話して下さった。その様子が写真に収められたものを町がパネルにしたものが飾られていた。ご主人は終始ニコニコして、私がパネルの撮影を遠慮しているのにすぐに気が付かれ、「これは写真ば撮らんとですか」と声をかけて下さった。折角なのでありがたく撮らせて頂いた。

奥様の貝殻アートは、見た事もないような細かい細工でそれはそれは美しかった。全て高井旅海岸で拾った貝殻だけで作られていて、着色料は一切使わず、中性洗剤で丁寧に洗って乾かして一片一片手作業で台紙に貼り付けていくのだという。奥様が作られた作品が居間の壁中に飾られていた。モチーフは江戸時代の女性だったり夏の花火だったり秋のトンボだったり聖母マリアだったり花束だったりと様々だった。Aさん曰く個人のお客さんで「この人なら案内しても大丈夫かな」と思った人にしか案内しないのだという。確かに個人宅だしバスツアーではとても来られる場所じゃない。ご夫妻のご意向で、貝殻アートは頼まれても決して人に譲る事はないらしい。写真撮影はいくらでもOKとの事だったのでお言葉に甘えてたくさん写真に撮らせて頂いた。ネットにもいくらでもアップして下さい、それで世界的に発信されるならおいら(俺ら)も嬉しかと、とご主人。ちなみに既に何人かの手によってネット上には岩崎夫人の作品はアップされているようで、これまでに何度か「インターネットを見ました」と言って突然人が訪ねてくる事もあったそうだ。個人宅なのにどうやって住居まで探し出すのだろう。世の中には大変な強者もいたものだ、と思った。

岩崎邸の様子 https://note.mu/kimakimakakao/n/n4e4277ee124f

つい好奇心で、ご夫妻の馴れ初めについてもお聞きしてみた。ご主人は「おい(俺)と母ちゃんはそれこそ幼稚園の頃から手ェば繋いで一緒に通っとったったいね」と笑顔のままさらりと答えた。そこには全く照れや臆するニュアンスはなく、それがごくごく自然で当たり前の出来事であったとご本人達が思っている証拠であるかのような口ぶりだった。「幼馴染って事ですか」と確認すると、「そういう事になるけんね」と笑顔を絶やさずに言う。そして「高井旅海岸にはログハウスがあるけん、夏には東京や大阪やらから家族連れが来て泊まりよるんよ。子供ばおるからおい(俺)も声かけて喋りよるけん。ウミガメが孵化する時には(産卵を確認すると岩崎さんは毎朝海岸を見回られるのだそうだ)朝4時に叩き起こしてみんなで一緒に海に帰っていくところを見る事もあるたい。役場の人やらにも一斉に50人くらい電話しよるんよ。一人1分もかけとられん、次々に電話してみんなで集まって見守るんよね。孵化してから海に帰るんは丁度1時間くらいが限度やけん、間に合わんかったらそれまでたい。でも見られたらばそれは一生の思い出になるけん、子供達も喜びよるんよ。そいで時々はうちば連れてきて母ちゃんの作品見せる事もあるけん」ニコニコしたままそんな話を聞かせてくれた。そうして海岸でウミガメの孵化に出会えた子供達はこれまでどれくらいたのだろう。そして岩崎邸を訪れてこの美しい貝殻アートを目にし、ご夫妻の優しさに触れる事のできた人達はどれくらいいたのだろう。彼らは幸運だな、と思った。きっとログハウスに泊まる事を計画する段階では家族の誰もそんな出会いは想像すらしていたなかったはずだ。今日の私と同じように。そんな彼らはきっとウミガメの事も貝殻アートの事もご夫妻の事も一生忘れられないに違いない。

お土産に、馴染みのカメラマンが作ったという、貝殻アートの写真をあしらったラミネート加工の今年のカレンダーを下さった。誰かあげる人がおったら分けてあげたらよかんね、と二つ持たせてくれる。奥様も、わざわざ遠いところから来たけん好きな貝殻持って行かんね、と言う。私が小さな貝殻を選ぶと、「何ねそんな小さか貝ば選ばんとこっちにせんね」と大きな貝殻を勧めてくれる。色が気に入ったのでこっちにします、と小さい方を差すと、そう?と不思議がられた。私達が帰る時も外まで見送りに出てくれた。「もし将来結婚して子供さんば出来たらまた連れてきてウミガメも貝殻も見せに来てくれたらよかったい、ぜひまた来て下さい」と言って下さった。見送りの言葉は通り一遍の社交辞令とは違った響きを持っていた。斜め45度のお辞儀で謝意を示す事しか私には術がなかった。

帰り道、岩崎夫妻との出会いの余韻に浸りながら、Aさんの様々な解説を聞きつつ道中を運転する。再び「十字架の道行き」の話になった。Aさん曰く「若松大浦教会には、謎の15番目のモチーフがあるんですよ。あそこは絵画ではなくて彫刻が飾られていたはずです。まだ時間に余裕はありますか?ぜひ行ってみましょう」と誘われるがままに若松大浦教会を目指す事に。今度は迷わずに辿り着く事ができた。

駐車場に車を停めたのが17時。私達の車の後ろから、ゆっくりゆっくりと教会の方に向かう、腰の曲がった高齢の男性がいた。他にも何人か、同じタイミングで教会に集まってくる人達がいる。そういえば入り口のホワイトボードに「ミサ 土曜日夕方6時から」と書かれていたのを思い出した。Aさんに伝えると「急ぎましょう」と早足に。二人で急いで聖堂に入る。

私達が聖堂に入ると、信徒の代表と思しき方が既にミサの準備を始められていた。Aさんが恐縮しながらその方に挨拶する。まだミサまでは時間があるのでどうぞどうぞ、とにこやかに案内された。確かに両壁の十字架の道行きはレリーフだった。Aさんによると、以前は10番目を示す「X」のレリーフが壁にも飾られ、異なるモチーフで同じく「X」のレリーフが祭壇に飾られていたとの事だった。今はキリストが磔になった金の彫刻が飾られている。Aさんが首を捻っていると、間もなく先ほどの高齢男性が聖堂に入ってこられた。入り口の聖水盤に指を浸し、十字を切って着席する。流れるような仕草だった。きっと何十年もこの動作を続けてこられたに違いない、と勝手に想像する。その間にAさんが先程の方に声をかけていた。二つ目の「X」のレリーフは祭壇の内部に仕舞われていた。司祭様の「祭壇にはやはり十字架がふさわしい」とのご意向で今は二つ目の「X」は仕舞われているとの事だった。ひとつひとつの聖画あるいは彫刻の事を「留」と呼ぶのだとここで初めて教わった。教会によっては15番目の留が飾られているところも幾つかはあるらしい。明日の教会巡りで十字架の道行きにも着目してみようと思った。

宿の側に帰ってきて、Aさんに今日のお礼について切り出す。普段はお仕事でガイドをされているのだから、お礼なしで帰すわけにはいかないと思った。しかしAさん、「いやいや、僕は好きでこれをやってますし、今日は完全にボランティアですから。旅は一期一会で、僕はそれが好きなんです。本当に気にしないで下さい」と一切受け取ろうとしない。それなら地元に帰ったらこっちの地のものお送りしますから、と約束して、結局握手一つでAさんは帰っていった。何というミラクルな一日だったのだろう。宿に帰って、食事の時間、馴染みになったお客さん(上五島で仕事をしてもう長いらしい)と女将さんにAさん知っていますか?と尋ねる。二人とも、「あぁー!」とすぐに話が通じた。女将さん曰く、「よか人に当たったけん、あの人ば話聞いたら何でも分かっとよ、あん人本当にいい人だけんね」と。今朝、思い付きで青砂ヶ浦教会に立ち寄らなかったら。軽い気持ちでジョギングの人に声をかけていなかったら。人生本当に何が起こるかわからない。野崎島には行けなかったけれど、補って余りあるくらいの一日だった。今回ここに来て本当に良かった。

夕食は、イカと大根の煮物、ヒラマサのカマ、ヒラマサのお刺身、タコとワカメの酢の物、ビーフシチュー。とても食べ切れないと思ったのでビーフシチューは二口程度にしてもらった。初日のすき焼き風うどんの牛肉と同じく、ほろりと崩れる柔らかいお肉だった。女将さんに「この肉柔らかい!」と声をかけると「普通の、スーパーに売ってる牛だけん」とおかしそうに笑われた。いやいや、このお肉は明らかにレベルが高い。五島は食材に恵まれた土地だ。食べ物が何でも美味しい。今夜も幸せな夜になった。

明日で遂に旅が終わる。明日、無事に船が出ますように。

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