【五島紀行4】初日 20160127 五島上陸

14:10。「間もなく有川港に到着します」という船内アナウンスで目が覚めた。ぼうっとする頭でぐるりと周囲を見渡す。いつの間にか絨毯席にはもう一人お客さんが寝ていた。スーツ姿の初老の男性だった。見るなり、スーツがしわになるのでは、と少し心配になった。途中から絨毯席に移ってきたという事は、彼も5年前の私のように高速船の揺れの強さに負けてしまったのだろうか。なかなか起き上がらないその人を横目に、お気の毒です、と勝手に心の中で呟いた。窓から外を見てみると、もう島は目の前まで近付いていた。長崎空港からずっと続く曇り空の中、島は大きくそこにそびえていた。

10分後、船はアナウンス通り有川港に着いた。船からタラップが下ろされ、港と船が繋がる。受け取った荷物を持って、タラップを降りた。ターミナルから船までの短い橋の向こうに、ピンクベージュの外壁に緩やかなアーチの屋根をした有川港ターミナルの建物が見えた。はっきりと見覚えのある建物だった。遂に来たんだ、とうとうここまで来た、無事に来られた、と、今日もう何度目かの感激を覚える。眠気はすっかり醒めていた。五島の地に足を踏み入れて、上陸だ、と嬉しくなる。5年前にあれだけ船酔いで辛い思いをして高速船の約1時間半に耐え、船の中でも港に着いてからも酷い状態だったのが嘘のようだった。今回は酔い止めの他に、水分を固めてくれるエチケット袋8つを用意して乗り込んでいた。8つは少し大袈裟かとは思ったが、四日目の野崎島の事もあるので準備には念を入れておいた。結果、全くの杞憂で終わったのは本当に幸いだった。晴れやかな気分での上陸だった。

すぐにレンタカーの送迎の人を探した。港に迎えに来てくれる約束になっていた。港には大きなグレーのワゴン車が2台停まっていて、片方は大手レンタカーの送迎車だった。船から降りた人の多くがそちらの車に向かっていく。もう片方の車に目をやると、そちらが私が予約したレンタカー会社だった。送迎用のパネルがカラフルな割にはあまり目立たない。誠実そうだがあまり口数の多くなさそうな店員さんが迎えに来てくれていた。荷物をトランクに積んでもらい、座席に座る。このレンタカー会社を今日予約したのは私だけだったようで、7人乗りのワゴン車は店員さんと私の2人を乗せて出発した。人数に関係なく送迎車は決まっているのかなぁ、なんて思いながら周りの景色を眺める。お店までは約30分と地図には書いてあった。

車は見覚えのある集落を走り、町中をどんどん過ぎていく。右を見ても左を見ても嬉しくて、ついキョロキョロしてしまうのを我慢できなかった。途中、大きく湾曲した道の向こうに、茶色い煉瓦造りの建物が周りに溶け込みながらもしっかり主張するかのように建っているのが見えた。青砂ヶ浦教会だ!思わず座席の上でぴょんと跳ねる。目がそちらに釘付けになった。教会はどんどん近付いて、他の景色と同じように目の前を通過した。通過する時、大天使ミカエルの像が見えた。ここだ、私の五島への執着の原点だ、と、通り過ぎても大きく後ろを振り返って眺め続けていた。教会はすぐに見えなくなったが、今ので完全に自分に火がついたのを実感した。回るぞ、楽しみ尽くすぞ、と拳を握りしめながら、ぐねぐねと曲がった道を車が進むのをじっと体感していた。

五島は隠れキリシタンの島として有名だけど、隠れキリシタンとカクレキリシタンは学術的には明確に区別されている。前回訪れてからその事を知った。

・隠れキリシタン紀行~五島列島編~ ( http://www.asahi.com/travel/hikyou/TKY201102020279.html )

・五島列島 カクレキリシタンとカトリックの胸の内 ( http://www.asahi.com/travel/hikyou/TKY201102150432.html )

・隠れキリシタン紀行:最後の晩餐は質問攻め ( http://www.asahi.com/travel/hikyou/TKY201102240373.html )

この3つの記事がその辺りの事を知るには大変お勧め。それぞれ2011年の2月に書かれた朝日のルポルタージュ。これだけ均一化されつつある現代の日本でも、まだこんな風に200年も信仰を守り続けている人達がいるのは素直に驚きだった。

今回の旅ではカクレキリシタンにまつわるところには特にこだわらない事にした。上記ルポで紹介されていた山神神社も、行きたいのは山々だったが調べてみても大体の場所までしか突き止められなかった。とにかく上五島に絞って新旧織り交ぜてたくさんの教会を巡れるだけ巡ろうと決めていた。有名な鉄川与助が関わったところも多い。世界遺産候補や国・県の指定重要文化財の教会だけでも結構な数がある。世界遺産になったら多分こんな風には見て回れない。今しかないと思った。そんな風にして4泊5日の行程を立ててあった。

30分のドライブはスムーズに終わった。レンタカー屋さんはガソリンスタンド併設の店舗だった。荷物を降ろし、早速手続きを開始する。手続き書類は前もって印刷して持参してきていた。それを提出し、あっという間に手続きは完了した。最終日の返却の時間を確認し、ガソリンは返却時に店舗のスタンドで補充できると説明を受ける。レンタカーはどこでも満タン返却が常なのでこのお店の造り方は非常に合理的だなと思った。

4泊5日の旅の相棒はHONDAの白のN-ONE。初めて乗る車だったけど、普段がだいぶ恰幅のいい車に乗っているので想像以上に可愛らしく感じた。初めてのスマートキーの車。キーを使わずにエンジンがかけられる事にも、車の乗り降りの際にキーを身に着けてさえいればボタンひとつで施錠/解錠ができる事にも、パーキングフットブレーキなのも、アイドリングストップ機能付きなのにもいちいちいきゃあきゃあ言いながら説明を受ける。一通り説明を受けて、いよいよ受け渡しが完了した。いざ、出発!お店の人達に挨拶し、アクセルを踏み込んだ。瞬間、異音がした。しょっぱなから何が起きた。お店の人が苦笑いしながら駆け寄ってくる。原因は自分でもすぐに気が付いた。パーキングブレーキを中途半端にしか解除していなかったのだ。こちらも苦笑いを返し、気が付いた事を合図で知らせる。パーキングブレーキを今度こそ踏み直してDモードで異常なし。改めて、出発!最初の目的地を目指して、大きく右にハンドルを切った。上五島での私の旅が、遂に、始まった。

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