【五島紀行11】四日目 20160130 奇跡の出会い、椿油搾油体験

青砂ヶ浦教会→つばき体験工房→ホテルマルゲリータ

旅の四日目。今日がもしかしたら人生で一番ミラクルな一日だったかもしれない。こんな奇跡は、きっと他にない。

野崎島に行く予定がなくなって、昨日観光物産協会に手配してもらった椿油の搾油体験へ。9時の予約で、宿からほど近いので8時少し過ぎに出発する。出かける時、女将さんのお母さんと思しきおばあちゃんが居間でテレビを見ていた。「また雨やけんねぇ」と残念そうに声をかけてくれる。「雨でも楽しいですよ」と、昨日までの楽しさを思い浮かべたまま本心から答えた。女将さんも「気を付けてね」と今日も見送ってくれる。行ってきまーす、とすっかりここのうちの子になったような気持ちで宿を出た。

一昨日訪れた青砂ヶ浦教会の前を通ると、車が一杯で電気が点いている。何度もここを通っているけれど、こんなにたくさんの車が停まっているのは見た事がない。惹かれるものを感じて寄ってみる事にした。お掃除で信者の方々が集まっていたらしい。雨戸が開け放たれていたのでステンドグラスを外から何枚も撮影する。一人の女性から「中も見ていって」と声をかけられ、折角なので再び中へお邪魔した。お掃除の女性が15名ほど忙しく働いておられて、シスターもお一人来ておられた。毎週土曜日にこうして集まって聖堂内全てを掃除しているらしい。ただの観光客の私を皆さん歓迎して下さった。ありがたく見学させて頂いた。

外に出ると、ジョギングで教会を訪れた初老の男性と出くわす。マリア像に手を合わせるその人に、軽い気持ちでおはようございますと声をかけた。どちらからおいでですか、と訊かれ、どこそこからです、と答える。どうしてまた、と訊かれ、教会巡りです、昨日までで25箇所回りました、と答える。あと4つですね、と即答された。島の人でも上五島の教会数を即答する人は珍しい。クリスチャンかな、と想像する。これこれこういう目的で来ていて、こういう感じのところに興味があるんです、という話を二つ三つした。すると、「実は私は今、島の観光アドバイザーをしているんです。前は某所(現地では実名を教えてくれた)におりまして、某省(先に同じ)で働いておりました。怪しい者ではありません。午後まるまる空いておられるなら、良かったらご案内しましょうか?」と言う。しかも、「実は上五島には29の教会の他に、小串に今は使われていない大浦教会というところがあるんですよ。ご興味があったら僕も車ですしお連れします」と。何という出会いだろう!見知らぬ人なので若干の不安はあったが、その場で電話番号を交換した。携帯の電話番号だけなら万が一何か問題があれば着信拒否や番号変更をすれば済むし、車二台なら何かあってもどうにかなるし、とここでは名乗らずにおいて(相手は名乗ってくれた)、椿油の体験が終わるくらいの時間を見計らって工房前で待ち合わせをして別れた。これは朝から何だかすばらしい予感がするぞ、と思いながら椿油の体験工房へ向かう。

体験工房では、私しかいない貸切状態で搾油体験を行った。蒸発法と圧搾法から選べるらしい。待ち合わせの事もあるので、時間が短く済む圧搾法を選択した。炒った椿の種を1kg計って臼と杵ですり潰す。普通は20分くらいで皆さんやりますね、と、新上五島町振興公社の職員さんが言う。とりあえず待ち合わせの11:30に間に合えばいい、その前にさっきの人が本物かどうかインターネットで検索する時間があればいい、と頭の中で計算しながらひたすら椿の種をすり潰す。これが案外重労働で、職員さんから軍手の使用を勧められた。

普通の人なら20分で終わると言われた作業は30分たっても終わらなかった。重労働ではあったけれど黙っているのも間が持たないので、作業の傍ら島の事や椿油の搾油の行程について色々聞きながらすり潰しを進める。教会巡りをしていると言うと、「小串の大浦教会は行かれましたか」と言う。こんな短時間に二度もその話を聞くなんて何という巡り合わせか。流れで、朝の出来事についても話した。これこれこういう人に会いまして、と言うと、即座に「あぁ、Aさんですね。島の事はAさんの方が詳しいですよ。ガイドの会にも登録しているし、午後一緒に回られるならAさんに聞くといいですよ。大浦教会も、ジャングルみたいなところなんでAさんの案内なら絶対行けます」と勧められる。振興公社の人が言うならさっきの人はどうやら危ない人ではないらしい、とここでだいぶ安心する(結果、これが決め手になった)。とりあえず搾油に集中する事にした。相変わらず椿の種はいくらゴリゴリしてもさほど細かくならない。

どうにか自力で杵を扱い、「これくらいでいいでしょう」と言われる程度には椿の種は細かくなった。種の中には薄い黄色の蝋のような部分が隠れていて、杵ですり潰すとそれが出てくる。種の皮と中身を一緒にひたすら細かくしていく。自分で力をかけた分だけ種が細かくなっていく過程が見られるのは目にも楽しい。細かく細かくすり潰した種を蒸篭で蒸し上げる。その間に昔ながらの椿油の製法のDVDを見せてもらうようになっていて、工程にも無駄がない。蒸し上がった種はこれまで嗅いだ事もないくらい良い香りがした。思わず「いい匂い!」と声を上げた。その種を3回に分けて手作業で搾っていく。持ち手を上下するごとにポンプは硬くなっていった。そこまで搾れれば上出来らしい。3回搾り終わり、職員さんの手によって搾りたての椿油がボトルに詰められていく。長時間の、正真正銘自分の手による重労働を経て椿油が出来上がっていくのは感動的だった。完成です、と手渡された椿油を感慨深い思いでじっくりと眺める。これを私が搾ったんだ。私が作ったんだ。我慢しようと思っても自然と顔がほころんでしまう。もったいなくて使えそうにないなと思った。ちなみに椿油は市販より体験で自作する方が遥かに安い。中には自作の椿油で天ぷらを揚げた強者もいたらしい。どんな味がしたのか。いやはや。

意外に早く、10時半前に搾油体験が終了したので、できてまだ日が浅い、工房隣のリゾートホテルに移動してロビーでコーヒーを飲む事にした。ここは5年前に訪れた後にできたホテルだった。外装も内装も凝っていてとても洒落た造りだ。レストランはあったけれどこの時間じゃやっていないかな、と思いつつフロントへ。コーヒーが飲みたいと言うとテイクアウトなら可能だという。ロビーで飲めるというのでそれに従う事にした。ロビーはソファがふた組置かれていて、どちらも海を望めるようになっている。生憎の曇り空だったけれど、天気が良かったらさぞかし気持ちいいだろう。出されたコーヒーは島ではひょっとしたらここでしか飲めないんじゃないかと思われるシアトル系のラテだった。ほんの少しだけ都会に戻ったような、それでもやっぱり目の前に広がる自然の中にいるような、丁度狭間の世界を束の間楽しんだ。

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