【五島紀行15】最終日 番外編

旅の番外編。最終日の帰り道珍道中について。

旅の三日目、九州在住の方から連絡が入る。せっかく来たのだから会いましょう、最終日佐世保から福岡空港まで送るよと申し出て下さった。元々の予定では佐世保からは高速バスを乗り継いで行くつもりだった。佐世保は港ターミナルの道挟んで向かい側に駅があり、このターミナルが案外広い。佐世保港着が15:45で高速バスは駅前から16:00発。高速バスのチケットは事前にWEBから発券するシステムで、しっかり荷物に入れてあった。万が一チケットを失くしたり船が少しでも遅れたりしたら乗り遅れてしまうんじゃないかと旅行中も心配していた。だもんでこのお申し出は本当にありがたかった。調べてみると佐世保駅から福岡空港までは高速を使って約1時間半。長距離と高速運転を引き受けてまでも「会いたい」と連絡を下さった事がとても嬉しかった。私も久しぶりにお会いしたかった。バスチケットも、当日の出発30分前までのキャンセルならキャンセル料がかからなかった。恵まれているなぁ、と思いながらバスチケットをキャンセルする。

旅の5日間は毎朝ほぼ8時に宿を出ていた。最終日の7:45、連絡をくれていた方から再報が入る。ご家庭の事情で、福岡空港までの往復が難しくなってしまったという。幸いな事にご家庭内は今は落ち着いているとの事だったが、そういう事情ならキャンセルは当然だった。何とかなる、どうとでもなる、と気楽に構え、「また今度会いましょう」と連絡を交わす。お会いできないのは残念だったが仕方がない。またチャンスは巡ってくるはず。気楽な気持ちのまま佐世保からのルートを再検討する。バスを取り直すか電車にするか。
ここではたと気づく。もし元々予定していたバスチケットを取り直すとしてもWEB発券システムだから私にはそれをプリントアウトする手段がない。宿に頼めば何とかしてくれるかもしれないが、そもそも乗り継ぎに15分しかないのは大きな不安材料だったのでどうしようかと考える。ただ、佐世保港着15:45で飛行機は18:50だからこの時点では何も心配していなかった。

じゃあ電車か、と電車のルートをGoogleマップで検索した瞬間、仰天した。飛行機の30分前、18:20までに空港に到着する電車のルートが、ない。そんな馬鹿な。試しに18:30着で検索すると、一つだけルートが出てきた。16:15佐世保駅発18:26福岡空港駅着。出発はともかく到着が相当微妙な時間だなぁ、としばしiPhoneを見つめる。そして更に気づいた。電車を3本乗り継いで行くルートだったが、途中の肥前山口駅での乗り換え時間が3分しかなかった。何と。試しにアプリを換えてYahoo!乗換案内で同じルートを出してみた。条件「普通の速さで歩く」にすると、このルートは出てこない。まさか、と思って「急いで歩く」に設定し直して再検索したらようやく出てきた。普段Yahoo!の乗換案内では「少しゆっくり歩く」でルートを出して丁度いいペースなのに…と軽く目眩がしつつも笑えてくる。まさか旅の最後にこんな展開が待ち受けていようとは。

しかもここで飛行機チケットのプリントアウトにも念のため目を通してみると「搭乗の20分前を過ぎたお客様はご搭乗できません」と書いてある。福岡空港、先月の出張で訪れたばかりだけど、地下鉄の駅から搭乗口までそれなりに距離があったような。これは完全に詰んだか、と本当に笑いが出てきた。
でも不思議と焦りよりも面白さの方が勝っていた。多分何とかなるさ、何かあってもこれも旅さ、どうせ明日も休みだし最悪明日までに帰れれば何とかなるさ、と思い直す。そろそろ8時になるところだった。早く出発しないと残りの行程に影響が出る。とにかく出発しよう、と宿を出る。

残り四箇所の教会巡りに向かいながら、それでもバスの可能性を捨てきれずに検討を続ける。バスの予約センターに電話が通じるのは9時からなので、9時を過ぎたら電話してチケット発券について訊いてみようとまず決める。9時頃、高井旅教会を見終わったところで電話。電話はすぐに繋がった。佐世保駅の目の前にチケットセンターがあり、そこに並んでチケットを買って乗って下さいと言われる。お礼を言って切ったものの、チケットセンターは港から駅を挟んで反対側なので、時間的にどう考えても無理だと思った。この時点でバスを諦め、最後の手段としてスカイマークに電話して時間ギリギリに到着する事を伝えようと思った。

スカイマークのコールセンターは、何回かけても「ただいま回線が混み合っております、後ほどお掛け直し下さい」だった。どうしてこういう時に。時間がどんどん過ぎていくので、仕方がないので移動する事にした。時間をおけば繋がるかもしれない。
しかし桐教会の教区は図ったように圏外だった。土井ノ浦教会の教区に入ってもまだ圏外は続く。おいおい大丈夫か、と段々不安になってくる。とりあえず教会を見学して、建物から出て眼下の海辺の集落を眺めていた時、突然電波が通じた。土井ノ浦教会は高台にあって、駐車場から階段をかなり登る。ポケットから出した時に微弱な電波を拾ったらしい。チャンスだ!と再度スカイマークにかける。

5分ほどコールして、電話は繋がった。オペレーターに到着時間を伝える。「18:26にお越しになるのですね」と言うので、「あくまで地下鉄の駅に着くのが18:26なんです。そこからは走ります」と答える。オペレーターが絶句した。「正直申しまして、相当微妙です。我が社は第2ターミナルの一番端で、第3ターミナル寄りなんです。地下鉄の駅からは5分はかからないとは思うのですが…。ご搭乗頂けるかどうか、断言できかねます。乗れるかどうかは現場の判断になります」と言われる。そうでしょうね、とにかく精一杯頑張りますので一応現場にお伝え頂けますか、荷物は全部手荷物で乗りますので、と丁重にお願いする。「かしこまりました。お気をつけて」とオペレーターは言ってくれた。さぁ頑張るぞ。福岡空港走るぞ、とここで腹を決める。

ついでなので3分で乗り換えが必要な肥前山口駅の構内図についても調べてみた。しかしネットだとよくわからないので駅に電話した。「17:24着の佐世保線から17:27発の特急かもめに乗りたいんですが、ホームは別ですか」と問う。駅員さんには「えっ、あれを乗り換えるんですか」と言われた。「ホームは完全に別です、階段を昇って降りて頂かなくてはいけません。しかもそもそもこの二本は接続を想定していません」とのお言葉。しかしどうにか乗り換えたいと粘ると、①(比較的)若い人なら何とかなるかもしれないこと②佐世保線の真ん中辺りの車両に乗れば階段に近いこと、を教えてもらう。それだけ聞けば十分だった。肥前山口駅でも走るぞ、と二度目の覚悟を決める。これできっと何とかなる、と心が軽くなった。教会巡りの最後の場所で、教会の敷地内で連絡がついたのも神様のお導きかもしれないなんて考えた。

14:25に有川港を出港し、すっかり寝入って佐世保港に到着。港から駅までなるべく早足で移動する。改札前に着いたのは15:54だった。やっぱりこれじゃあバスの買い直しは無理だったな、と、SUICAで改札を通ろうとしたら佐世保駅はICカード非対応だった。電車時間に余裕があって良かった、と思いながら券売機へ。路線図で料金表を確認すると、肥前山口を経由して博多に向かう経路は掲示されていなかった。ここの券売機では切符が買えないと判明。窓口はあったが、小さい上に他のお客さんもたくさんいたのでこれでは間に合わないと思った。アプリ二つで乗り換え経路として出てきたんだから乗り継げない事はきっとない、と信じてひとまず肥前山口までの切符を買ってホームに向かった。

「真ん中辺りの車両」と聞いていたのでそれなりの長さを想像していたら、佐世保線は二車両の小さな電車だった。言われた通りに真ん中辺りのボックス席に座る。向かい側には高齢男性が座った。電車が発車して、どうか無事に乗り継げますように、と祈りながら車窓を見ていた。ここでふと、かつて自分が使っていた沿線の特急について思い出した。その特急は都内の某駅が始発で、以前は特急券を事前に買って専用の改札を通らないと乗れなかった。始発駅以降は特急券なしでも乗る事ができて、その場合は車内で切符を購入する。肥前山口は、特急かもめはどちらだろう、前者だったら間に合わない、と突然不安になった。向かいの高齢男性は肥前山口駅の事やかもめの事をご存知だろうか。声をかけて訊いてみる。男性曰く、電車に乗ってさえしまえば車内で切符は買えますよとのこと。良かった。お礼を言って、あとは肥前山口での猛ダッシュについてひたすらシミュレーションする。

17:15、肥前山口が近づいてきた。ドキドキする。すぐに走れるように準備をしてドアの目の前に立つ。荷物はスーツケースと大きな重たい紙袋一つ。スーツケースを右手に、紙袋を左手に持った。電車は時間通りに17:24に肥前山口に到着した。ドアの目の前には階段。心の中でガッツポーズして階段を猛ダッシュする。かもめの出発は17:27。階段の上に着くと、乗り換えのホームが二つあった。どっちだ。駅員さんに隣なのかその隣なのか聞いておけば良かった、と猛烈に焦る。皆が二つ隣のホームを目指しているのでひとまずそれに倣って走った。階段を降り、電車を確認するとそれは鳥栖行きの電車だった。間違えた!と思った瞬間に隣のホームに電車が入ってきた。あれだ!と再度階段を駆け上がり、目的の電車に突進する。文字通り滑り込みセーフだった。乗り込んだ瞬間に「特急かもめ云々」という車内アナウンスが流れた。良かった、乗れた。これで安心だ。最後の関門は空港だ、と一安心する。これ以上ないくらいに息が上がっていた。この乗り換えに成功できたならきっと飛行機も大丈夫だ、と自信を持つ。

車掌さんから切符を買い、席に座る。福岡空港で全てをスムーズに済ませるためのできる限りの準備を始めた。まずは搭乗のためのQRコードのプリントアウトを、QRコードだけが出るサイズにまで小さく折り畳んでズボンのポケットに入れた。上着だとポケットが浅くて万が一滑り落ちる可能性があった。次に時間がかかるのは液体物の確認。ペットボトルのお茶、搾油体験でもらった椿油、空の水筒をそれぞれリュックやスーツケースから取り出しやすい方の紙袋に移した。水筒は中身も確認されるので蓋を開けて分けておいた。これでやれるだけの事はやった。博多駅での地下鉄の乗り換えは7分。先月利用したばかりだし7分あれば大丈夫だ。心の準備をしているうちに電車はあっという間に博多に近づいた。到着5分前にデッキに出る。この車両も階段の側に停車する事を祈る。

博多駅にも時間通りに到着した。案内板には地下鉄の表記がどこにもなくて一瞬焦る。よく見ると、看板の一番下に見えるか見えないかぐらいのサイズで地下鉄への案内が書かれていた。不親切、と内心毒づきながら地下鉄を目指す。地下鉄への乗り換えはスムーズだった。空港へは二駅。既に18:20を経過していた。飛行機まであと30分。ここまでは時間通りだ。

福岡空港駅のホームに車両が入っていく時点で、時計は到着予定の18:26を差していた。何十秒単位でも狂ってもらっちゃ困るのに!地下鉄のドアが開いたのは18:27だった。嘘だろう、勘弁して、と思いながら荷物を両手に持って走ろうとする。ところが走ろうと思っても物理的に不可能だった。荷物が重すぎたのと肥前山口でのダッシュが効いていてとても脚が回らない。自分の体力のなさを嘆いたがどうにもならない。とにかく今発揮できる全速力でエスカレーターを歩いて登る。ひたすらまっすぐに第2ターミナルの端を目指した。歩いても歩いても辿り着かないような錯覚を覚える。ANA、JALを通過して、やっとSKYの文字が見えた。距離にしたら恐らくせいぜい500mかそこらのはずだがとんでもなく長く感じた。ようやくここまで来た。発券機にQRコードを通して発券する。チケットは無事に発券された。そしてすぐ側に「15分前までにご搭乗下さい」の文字。空港の時計は18:32だった。安心する間もなくすぐに2階の搭乗口に向かう。全身はもう汗だくだった。でも汗を拭う余裕もない。

エスカレーターを昇り切り、土産店が並ぶエリアを人混みをかき分けながら進む。モーゼの海みたいにならないかな、と思っていたら搭乗口に着いた。一番人の少ないゲートに並び、かごを二つ掴み取る。ポケットの中身と紙袋の中の液体物、水筒をかごに入れていく。スーツケースと紙袋もX線を通り、唯一椿油の中身について尋ねられたが油だと答えるとこれも無事にクリアした。荷物を受け取ってスカイマークの搭乗口に着いたのが18:40。間に合った。本当に間に合った。良かった。ほうっと息をついた瞬間に搭乗が始まった。昨日もミラクルだったけど今日は今日で全然違うミラクルが起きたなぁ、と半ば感激しながら搭乗ゲートを通った。搭乗ゲートから飛行機までは一旦外に出て乗り込むようになっていた。外気が心から気持ち良かった。飛行機はとても小さな可愛らしい機体だった。

飛行機は定刻に離陸した。夜になってすっかり真っ暗な窓の外を見ながら、旅の事を振り返っていた。島にいた間ののんびりした時間と、今日の帰りのこの慌ただしさの対比がおかしかった。考えてみればこの旅での電車利用も九州の中だけだった。それも何だか不思議だった。つくづく、この5日間は本当に奇跡のような出来事ばかりで、不思議な体験に溢れた日々だったなと思った。そしてFacebookに何を書こうか考えながら、この帰り道の珍道中は書くとしたら絶対に番外編にしないととんでもない長さになるな、とにやっとした。

旅を終えて二日目の午後、ようやくAさんにメールした。Aさんに出会えたお礼と、中ノ浦教会の水鏡の事を伝えた。Aさんからは、「いろんな偶然が重なると、想定も、想像も、意味がなくなってしまいますね。言葉をかえますと、「奇跡」だったかも知れません。」と返事が来た。本当にその通りだなぁ、さすがAさん、素敵な言葉だなぁ、とじんわり噛み締めた。

私の、短いような長いような、素敵な5日間が、終わった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?