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「コロナ野戦病院」の実現性を探る

【はじめに】

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)蔓延に伴い、政府や与野党政治家、有識者の間で「コロナ野戦病院」の必要性が論じられています。
しかし海外の事例をもとに『自衛隊の協力を得ればすぐに実現可能』という意見や『実現できないのは首長(または政府)の「やる気」や「リーダーシップ」がないからだ』というような意見も散見されます。

私は日本と海外の制度や体制の違いを考慮しない論や「やる気」の問題に帰する精神論・根性論には納得できない思いがあります。
そこで「コロナ野戦病院に必要な看護師の数」という観点から、自分が納得のいく方法でコロナ野戦病院の実現性を検証してみました。

検証の基本方針としては、「やならい理由さがし」ではなく「実現の問題点」を洗い出し、「どのような方法なら実現できるか」を探ることを意識しました。
私は医師ではなく医療についても素人ですが、可能な限り資料を集めて検証してみました。
検証に甘いことろは多々ありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

※この記事は2021年8月29日に書き始めたため、その時点の状況をベースとしています。
 2021年9月12日現在、新規感染者は減少傾向であり医療逼迫も緩和されてきたと言われています。
 しかし「次の波」がくるのは確実視されているため、「実現のための準備」は必要と考えています。

【コロナ野戦病院を求める声】

2021年8月29日現在、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)蔓延に伴う医療逼迫により、自宅療養中やホテル療養中の患者を収容する臨時医療施設、通称「コロナ野戦病院」の設置を求める声が高まっています。
8月24日には、国民民主党「玉木雄一郎」代表が『国が主導し自衛隊を加えた臨時の医療施設開設』を訴えています。

また、8月28日には大阪府の「吉村洋文」知事が『1,000床単位の野戦病院を作りたい』と語っています。

政府でも検討段階に入っているようです。
8月22日のテレビ番組で「橋下徹」元大阪市長と「田村憲久」厚生労働大臣がコロナ野戦病院をテーマに対談しています。

そして福井県では、すでに体育館を改造して100床のコロナ野戦病院を開設し、効果をあげています。

【実現できないのは「やる気」がないから?】

そんな中、海外の事情に詳しい有識者から英国の事例を参考に「自衛隊による野戦病院の設立」が提案されています。

しかし日本と英国では医療制度に大きな違いがあります。
英国の「公的保健医療制度(NHS)」は長い時間をかけて作りあげてきたものであり、そのNHSをベースに実現させた英国のコロナ野戦病院が日本でもすぐに実現可能かと言われると疑問符が付きます。

また「東京都医師会」の尾﨑治夫会長もコロナ野戦病院を東京都に提案していますが、いまだ実現していません。
尾﨑会長は『国も東京都も「やる気」がないんだからムリだね』と語っていたそうです。

でも、それは本当なの?
本当に「やる気」だけの問題?
実現までに「何か大きな問題点」があるのでは?
私の頭の中の疑問符は消えませんでした。

そこで、素人ながら自分の納得できるまで実現の可能性を検証してみることにしました。
検証の観点は、東京都医師会の尾崎会長が仰られている通り「人員の確保」とりわけ「看護師の確保」に重きをおきました。
いくらベットを並べても、患者を治療し看護する医師や看護師がいなければ病床として成り立ちません。
そして医師よりも看護師の方が人手がかかるため、「コロナ野戦病院にはどれだけの看護師が必要か」という観点で実現性を検証してみました。

【コロナ病棟に必要な看護師の数】

コロナ野戦病院に必要な看護師の数を算出するために、まず一般病棟やコロナ病棟にどれだけの看護師が必要か調べました。
資料としては、公益社団法人「日本看護協会」の取り組みを参考にしました。

コロナ病棟に必要な看護師数1

コロナ病棟に必要な看護師数2

これによると、コロナ患者以外が入院する一般病棟では「看護師1人で患者7人」または「看護師1人で患者10人」を受け持つ体制になっています。
これを元に「40床の一般病棟」に必要な看護師の数を算出すると以下のようになります。
・看護師1人で患者7人  ⇒「29人」
・看護師1人で患者10人⇒「20人」
もちろんこれは夜勤や休日などの交代要員を含んでいます。

そしてコロナ患者が入院するコロナ病棟では「看護師1人で患者4人」または「看護師1人で患者5人」を受け持つ体制が必要です。
これを元に「40床のコロナ病棟」に必要な看護師の数を算出すると以下のようになります。
・看護師1人で患者4人⇒「48人」
・看護師1人で患者5人⇒「39人」
容体が急変しやすいコロナ患者を看護するコロナ病棟では、一般病棟の倍近い看護師が必要ということですね。

さらに容体が悪化して重症化し、ICU(集中治療室)に入室した場合は「看護師1人で患者2人」。
人工呼吸器を使用した場合は「看護師1人で患者1人」、さらにECMO(体外式膜型人工肺)を使用する場合は「看護師2人で患者1人」を受け持つ体制が必要です。
これを元に「10床のICU」に必要な看護師の数を算出すると以下のようになります。
・人工呼吸器を使用しない  ⇒「24人」
・10人が人工呼吸器を使用する⇒「48人」
・10人がECMOを使用する   ⇒「96人」

ここまで見てきた「コロナ病棟に必要な看護師数」を元に、1,000床のコロナ野戦病院をフルスペック(中等症から重症患者まで受け持つ)で稼働させるために必要な看護師の数は「1,470人」と出ました。
これに医師や清掃・給食・医療事務等のスタッフを含めると、1,500人を大きく越える人数が必要になると思います。

コロナ野戦病院に必要な看護師数

これだけの人数を集めるのは並大抵のことではありません。
自衛隊の看護師(看護官)の数は約「1,000人」であり、しかも現在東京と大阪の「ワクチン大規模接種センター」に200名を派遣しています。
自衛隊病院での勤務等本来の任務もあるため、自衛隊からこれ以上大規模な派遣は難しいようです。

また1~2年で戦力となる看護師の数が大きく増えるとは考えにくいため、既存の病棟に勤務する看護師から抽出するしかありません。
しかしそれは「コロナ以外の病気・ケガの患者の医療を削減する」ことを意味します。
行政がコロナ野戦病院の実現に二の足を踏むのも無理はないと感じます。

【どうすれば実現可能か?】

それでは、いったいどうすれば実現するのか?

次にコロナ野戦病院の役割について考えました。
私は「野戦病院」という言葉のイメージから「すぐに治療しないと命にかかわる患者を治療する病院」と考えていました。
しかし先行する福井県のケースや大阪府の吉村知事の想定はどうも違うようです。
吉村知事の構想では「1,000床のうち200床は中等症病床とし、残りは軽症や無症状で若年の自宅療養者らに対応する病床」になるようです。

これは東京をはじめとして各地に開設されている「入院待機ステーション」「酸素ステーション」の拡大版ととらえることができます。
コロナ野戦病院を上記の役割を担う臨時の施設と考えると実現の可能性が見えてきます。

ここで「新型コロナウィルス感染症の重症度」についておさらいします。
重症度は画像のように5段階に分かれていて、それぞれの段階で求められる医療も違ってきます。

コロナの重症度

コロナ野戦病院の役割は『「無症状」および「軽傷(一部中等症)」の患者に必要な医療を臨時に提供する施設』と定めることができそうです。
具体的には以下の役割ですね。
・無症状感染者の隔離、経過観察
・軽傷患者の隔離、経過観察
・重症化リスクの高い軽傷患者への投薬
・中等症1に悪化した患者への転院手配、投薬
・中等症2に悪化した患者への転院手配、投薬、酸素投与

ここまで具体的な役割を定めたら必要な人員数も見えてきます。
以下、『大規模な「入院待機ステーション」+「酸素ステーション」』としてのコロナ野戦病院に必要な看護師の数を探っていきます。

【必要な看護師数の検証】

コロナ野戦病院の規模は吉村知事の想定通り「1,000床」とし、うち20床を重傷用(ICU)、180床を中等症用、600床を軽傷用、200床を無症状用とします。
コロナ野戦病院では基本的に重傷患者、中等症患者は転院してもらいますが、転院先の病院が見つからないケースも想定されます。
その場合患者を放り出すわけにもいかないため、重傷用と中等症用の200床はコロナ野戦病院の患者の症状が悪化したときのために空けておきます。

そして無症状感染者200人、軽傷患者600人を受け入れて「コロナ野戦病院開設」となります。
この場合に必要な看護師数は以下の通り「435人」です。
・無症状用:看護師を配置しない
・軽傷用 :600÷40×29=435人
・中等症用:使用しない
・重症用 :使用しない
これなら医師やその他のスタッフも含めて「600名」程度の人員で開設できそうです。

コロナ野戦病院の看護師配置1

実際いきなりフルで患者を受け入れることはあり得ないと思いますが、計算しやすくするためこのような想定としました。

また無症状用病棟では治療や看護は必要ないため看護師を配置しません。
無症状用病棟は「災害避難所」と同様の扱い(但し隔離は必要)と考えています。
無症状用病棟は基本セルフサービスで「1日3回の検温」が義務付けられ検温の結果と引き換えに食事を提供します。
そして感染が確認されてから「7日間」隔離し、2回の検査で陰性なら退院となります。
退院時、ついでに「ワクチン接種」ができればなお良しですね。

無症状用病棟の注意点は、閉鎖空間に長期間隔離されることによるストレスですね。
無症状感染者は基本元気なので、暇を持て余して感染者間またはスタッフとのトラブルが発生する可能性があります。
本、マンガ、ゲームなどの「暇つぶし」の道具をたくさん用意する必要がありそうですね。
また不安な人のために、オンラインで医師や看護師に相談できる仕組みも必要と感じます。

軽傷用病棟は、一般病棟並みの「看護師1人で患者7人」を受け持つ配置としました。
大規模なコロナ野戦病院は効率良く患者を見回ることができるので「看護師1人で患者13人」と想定している人もいますが、それはいくらなんでも看護師の負担が大きすぎると感じます。
そこで一般病棟でも余裕のある「看護師1人で患者7人」としました。
この余裕が後で役に立ちます。

コロナ野戦病院の入院基準は以下の図の通りとします。
基本的に「自宅療養」で「重症化リスクの高い人」優先ですね。
また自宅療養で「家族と同居」している人も、家族が感染するリスクがあるため優先したいと思います。

コロナ野戦病院の入院基準

こうして開設したコロナ野戦病院ですが、リスクの高い人を受け入れるため症状が悪化する人もいると思います。
無症状から軽傷となった患者は、とりあえず中等症用病棟に収容します。
看護師はもともと余裕をもって配置している軽傷用病棟から抽出して配備します。

そして軽傷用病棟が空けば、そちらに移ってもらいます。

軽傷から中等症に悪化した患者は中等症用病棟に収容します。
看護師は同じく軽傷用病棟から抽出して配備します。
中等症患者に対しては「看護師1人で患者5人」となるよう配置を調整していきます。

軽傷用病棟からは、看護師が「看護師1人で患者10人」となるまで抽出します。
この場合の配備は以下のようになります。
・無症状用:看護師を配置しない
・軽傷用 :600÷40×20=300人
・中等症用:135人
・重症用 :使用しない
中等症用病棟には135÷39×40≒138で「138人」まで患者を受け入れ可能です。
中等症の患者がこれを超えると看護師の増員が必要となります。

中等症患者を180人までフルに受け入れた場合に必要な看護師数は以下の通りになります。
・無症状用:看護師を配置しない
・軽傷用 :600÷40×20=300人
・中等症用:180÷40×39≒175人
・重症用 :使用しない
合計「475人」で、開設時から「40人」の増員が必要です。

コロナ野戦病院の看護師配置2

この看護師の増員は「自衛隊」に依頼したいですね。
自衛隊は即応性が高いので、看護官の派遣もスムーズに進むと思われます。
40人の看護官はワクチン大規模接種センターから抽出します。
ワクチン大規模接種センターのノウハウは確立しているため、自衛隊の看護官以外でも十分対応可能と思います。
医師会に協力を依頼し、ワクチン接種用の看護師を民間病院から募ります。
看護師にとってもコロナ野戦病院勤務よりはワクチン接種のほうが負担が軽いので集まりやすいと思います。

中等症の患者は積極的に設備が整った病院に転院してもらいますが、転院先が見つからずコロナ野戦病院で重症化するケースも十分考えられます。
その場合は重症用病棟で治療することになります。
20床の重症用病棟をフルに使用した場合(内10人が人工呼吸器使用とする)に必要な看護師数は以下の通りになります。
・無症状用:看護師を配置しない
・軽傷用 :600÷40×20=300人
・中等症用:180÷40×39≒175人
・重症用 :24+48=72人
合計「547人」で、中等症患者をフルに受け入れた場合からさらに「72人」の増員が必要です。

この看護師の増員は「国立病院」に依頼したいですね。
国立病院機構(NHO)と地域医療機能推進機構(JCHO)には、法律によって『厚労相が機構に対して必要な業務の実施を求める』ことができます。

これらの病院も人員に余裕があるわけではないので、病院内での調整が必要です。
つまり「一般病棟を閉鎖」したり「外来を停止」して人員を抽出するわけですね。
この調整が付くまではコロナ野戦病院の看護師に無理をしてもらうかもしれません。

【結論 コロナ野戦病院は実現可能っぽい】

ここまで検証してきた結果として『大規模な「入院待機ステーション」+「酸素ステーション」』としてのコロナ野戦病院ならなんとか実現できそうな気がします。
しかし、ここで忘れてはならない「大前提」があります。

コロナ野戦病院が機能するためには「中等症以上の患者を受け入れる既存の病院」が必要です。
既存の病院のコロナ病棟に中等症以上の患者を受け入れる人員がいなければ、コロナ野戦病院でズルズルと中等症以上の患者を治療し続けることになります。
設備も人員も十分ではないコロナ野戦病院でそれを行うことは、患者側も病院側も負担が大きいと感じます。

つまり、コロナ野戦病院が機能するためには「既存のコロナ病棟の強化も必要」という結論になります。
先ほど紹介した「国立病院機構のコロナ空き病棟」問題もあり、既存のコロナ病棟の強化も簡単ではありません。
コロナ野戦病院につぎ込める人員がいるなら、既存のコロナ病棟を強化したほうが良いというのが国や東京都の意見だと思われます。

一方、現場の医師は違う見方だと思われます。
東京都医師会の尾崎会長が仰る通り、自宅療養で入院先がみつからず不安を感じている患者の不安解消は意義があると思います。
実際、自宅療養で不安に駆られた軽症・無症状の患者が救急車を呼び医療機関の負担増につながる事例も報告されています。
コロナ野戦病院を開設すれば、このようなケーズも少なくなると思われます。

「コロナ野戦病院の実現」と「既存のコロナ病棟の強化」、2つを同時に進めなければならないことにこの問題の難しさがあると感じます。
この問題を解決する良策はあるか?
ある意味「姑息な手段」が一つあります。
それは「コロナ野戦病院に低リスクな患者のみを受け入れる」です。

つまり「なるべく若く」「基礎疾患がなく」「太っていない」「無症状な」患者を多く受け入れるのです。
こうすればコロナ野戦病院で中等症や重症まで悪化する患者は少なくなり、つぎ込む人員は最小限ですむでしょう。
その分の人員を既存のコロナ病棟の強化に使えますし、行政は「やってる感」を出せ、若者の「不安感」「見捨てられてる感」も少なくなるでしょう。
メリットは確実にあります。

正攻法で行くなら「重症化する人を減らす」とこになると思います。
ここまで見てきた通り、新型コロナウィルス感染症は中等症に悪化すると一般病棟の2倍、重症化すると5倍から10倍の看護師が必要になります。
コロナ野戦病院や既存のコロナ病棟の人員確保について最大の難点は「症状が悪化したときの増員をどう確保するか」だと思います。
逆に言えば、症状が悪化しなければ確保する人員は最小限ですむということです。

そして症状を悪化させないために一番効果のある方法が「ワクチン接種」です。
これは今までの研究で、そして大阪での実績で明らかであると言えます。
つまり「ワクチン接種」を進め、「手洗い、うがい、マスク」等の基本的な感染症対策を守ることが「コロナ野戦病院の実現」においても最良の方法であると感じます。

【余談 ネーミングが悪い】

しかし、今更ながら「コロナ野戦病院」というネーミングはよろしくないですね。
これではかえって実態が伝わらないと思います。
吉村知事が「コロナ野戦病院」と呼ばず「大阪コロナ大規模医療センター」と呼ぶようにしたのは正解だと思います。
「入院待機ステーション」「酸素ステーション」と呼ぶと「菅政権の後追い」とみられそうなので、野党政治家やその支持者は使いたくないかもしれませんね。

古代中国の思想家で儒教の祖「孔子」は『政治の急務は名を正すことにあり』と語っています。
つまり「政治の基本は名称と実質を一致させること」という意味です。
やはりここは基本に沿って実態の伝わる正確な名称を使用して欲しいと感じました。