事故物件巡りの話【第1話】
「うーん、っと。
桑津さんにはね、フロント担当はもういいので、
うん、こっちのね、特別な仕事の方、
してもらおうかなってね、うん。
個人プレイが好きみたいなんでね、うん。
これはもう常務の承認も取っていますしね、
うん。
パワハラとかじゃないので、そこらへんは理解
してもらいたいんですけどね、うん。」
うん、を6回。
それつけないとしゃべれなくなる男。その名を北原課長という。
俺は所属するこの賃貸管理課の長、北原課長の口癖である「うん」の回数を冷静に数えつつ、長くなりそうな話を聞いていた。
さっきまで自分のデスクで、担当するオーナーへのメールを書いていた俺は、突然課長に呼ばれ、6畳一間といっても過言ではないくらい狭い課長室の中で、かなり癖のある話し方をするこの北原課長とサシで話をしていた。
いつもなら、田塚係長と同席して話を聞くことが多かったので、今回の単独での呼び出しには少し不穏な空気を感じていた。
8年ほど前、外資系損保の法人営業にいたときに、損保の勉強もほぼし終えたし、自分が保有するマンションのこともあるので、そろそろ管理系の経験を積みたいなと思って転職したこの管理会社。
面接では一回目から紅白饅頭が出され、外資系損保時代とほぼ変わらない年収を保証してくれるという破格の待遇だったので、ほいほい入ってしまった。(後悔先に立たず、である。)
「日本一愛される管理会社を目指して」る会社だったが、内部はドロドロ。もうほんとドロドロ(パワハラ上等!レイシスト上等!)
DTKTにいたときの経験を活かして、「フロント担当」で雇われて雇用契約書も巻いたはずなのに、すぐに「客付担当」と兼任させられて、オーナー対応に加え、客付会社周りを毎日させられるという憂き目にあう。
(※DTKT なんちゃら建託の略語である。あまり直接的に書くと、すぐに顧問弁護士法人からお知らせがきたりするとか来ないとか。)
(※フロント担当 オーナーである地主さんたちの要望を聞き、運営に活かしたり、保守や修繕のオーダーをしたりする業務のこと。管理の中では結構花形。逆に客付担当というのは、空いている管理物件を満室にすべく、賃貸仲介の会社を日参する営業マンのこと。夏には栄養ドリンク、冬にはカイロなど、賃付が喜びそうなものを持っていっては、空室リストを渡し、媚びを売るお仕事である。)
他にもいろいろあったのだが、ここには書けない。
書くとそれだけで3本くらいnoteができてしまう。笑
あとから知った話では、この賃貸管理課は、本社で何かしでかした奴や使えない営業マンが飛ばされてくるような、ネガティブな部署だった。
通称、『終の棲家』。
不動産管理業はきつくて安月給のところが多いが、使い捨てされることが多い。本社の人事部もそんな感じでしかみていないらしい。
俺の場合は、中途入社でまぁまぁ良い報酬で入ってきたのだが、金で釣った人間には業務量を多大に割り付けて、働かせるだけ働かせて、嫌になったらはいさようなら、というシステムだった。
そんなわけで、社内はドロドロ。
協調性も生まれにくい。
そしてそのネガティブさをより一層淀んだ濃いものにしているのが、北原というさっきの上司だった。
こいつがほんとクソ。性格はクソでも構わないが、入社2日目で悟ったくらいの無能of無能。
ただ、自分の地位の確保だけは天才的であり、歯向かう者は容赦なく切り捨てていく。
優秀だなっていう人もたくさんいたけど、こいつの無能さと陰湿さのせいで俺が入ってからのこの一年で、どんどんどんどんエース級の人材が辞めていき、どうしようもない無能なイエスマンばかり残っていった。
しかし、北原は常務の覚えがめでたい!ということで状況は変わらず、下手に進言するような者がいれば、即、何かしら理由をつけて辞めさせられる。
ただ、顧客自体が親会社の会長を崇拝するような方ばかりで、しかも裕福な地主さまだったので、とりたてて目覚ましい稼働率を誇っていなかったが、何のお咎めもなし。(※稼働率とは、管理している物件のうち、どれぐらいのパーセンテージで、利益を上げているかという指標。90%を超えてくるといい感じである。)
そんなわけで、しょっちゅう中途入社が入ってくるし、知らぬ間に人がいなくなる。
安定してるとか、活気があるとか、調子のいいことばかり言っていたリクルーターを呪ったが時すでに遅しだった。
とまぁ、前置きはこのくらいにして、上司の話の続きを聞いてみよう。
北原「うーん、とね。何をしてもらいたいか
というとですね。
うーん、っとね。
うちでも『事故物件』を多く抱えて
ましてねっ。その調査をしてもらい
たいんですよ、うん。」
俺 「『事故物件』ですか?あの、病死されたり
縊死などの自殺があったような部屋の
ことでしょうか。」
(縊死 「いし」と読む。首吊り自殺のこと。
おそらく北原は理解できないだろうと思っ
て、わざと言っている。苦笑)
北原「医師?そうそう、それでっす。
我が社はオーナーにも信頼されて
管理を任されて早30年!
会長のお人柄にも人望が集まった結果、
それはもう管理戸数など増え続けて
いて・・・」
俺 「はぁ、割合的に一定数は発生するもの
ですしね。」
北原「桑津さんの賢い頭なら、すぐに理解
されると思いますが、事故物件で
クローズになっている分は、全部うち負担
でね、これが収益にかなり圧迫して
ましてね。」
(クローズ 賃貸に出せず、空室リストに
出さないこと。)
俺 「サブリースですからね。わかります。」
北原「さすがあの大〇にもいたことありますね!
うん。
あそこまであくどくやってませんが、
うちもサブリース契約が全体の85%を
占めますので、このクローズはかなり
収益の悪化につながっているのです。
私が2年前に達成した稼働率97%の
記録をなかなか更新できないのは、
この問題もあるからで・・」
ここよか大〇の方がマシやけどな。
大建の方がもっとガツガツやっとるわい!
稼働率97パーもお前の力やないやろ、そんときおった客付担当の力やないか。
それをさもお前が尽力したかのようにご報告あそばしただろうことは、想像に難くない。もちろん、その時のエース級担当者はすでに辞めていた。
私 「はぁ、それでそれらの物件の調査を私に?」
北原「はい、これは非常に重要な任務なので、
念のため、常務にも相談ね、しているん
ですけどね、優秀であろう桑津さんに
頑張って頂きたい旨、常務も激励されて
おりました。うん。」
俺 「内容は理解できました。
念のためお聞きしますが、これだけの
数ですが、他にも抱えているオーナーへの
家賃減額交渉案件等と同時並行ということで
よろしいのでしょうか。」
北原「うーん、っとね、それについては田塚係長
にもう、お伝えしているのでねっ!
心配無用、大丈夫です。
全部、田塚係長に引き継いで、桑津君は
このリストにある、事故物件調査に
集中してください、うん。
でも、事故物件ですからね、うん。
生理的に嫌だったりされるかとは
思いますが、これ、
仕事ですからねぇ、うん。
仕方ないですよねぇ。
あ、常務にも念のためご相談しましたが、
フロント担当として、オーナー様のため
に、大役を果たされてください!
とおっしゃっておられましたよ?
ぜひとも、引き受けて頂きたいですがね、
うん。」
ははーん。そういうことか。
このリストを見るに、ゆうに80か所以上ある。
よく見ると全部が事故物件ではなく、それに付随して何らかの事情でクローズしている物件も含まれているようだが、それを全部周るとなると、一日3件としても、1か月はかかる。
俺の雇用契約では最初の試用期間は1年とあって終了まであと1か月弱。。
そして、その他業務については田塚係長に引き継げとの指示。。
要するに・・契約更新する気ないってわけね。苦笑
この前、課長すっ飛ばして、さらに常務すっ飛ばして社長に直接、賃貸管理課の澱んだ状況を相談したのがよっぽど頭きてんだな。
社長も意識はしているが、常務のテリトリーな分、手が出しにくいみたいだったが。。
いや、あれかな。親会社の方の顧客紹介キャンペーンで、チーム制で紹介件数を競わされてたんだけど、俺が新規獲得案件個人トップ取っちゃったせいで、奴のチームに圧勝したのも悪かったか。
(暗に客を回せと言われたけど、奴に知り合いを紹介するほどの苦痛はない。それするくらいたら、舌噛んで死んでやる。)
いやいや、奴のお気に入り女性社員と二人でサッカー観戦に行ったことか?奴がその子のFacebookまでチェックしててバレたっけ。
「既婚者と未婚の社員とが二人きりで行動するのはね、うん。」とか言うてやがったが、仕事中にSNS逐一チェックしてんのもどうかと思うぞ?
いやいやいや。
ミーティングのときに「それは課長の感想ですよね。根拠はなんですか?」って言っちゃったこと?
外資にいたときのクセが抜けてなくて、奴も理詰めで詰めてしまったのは、少し後悔している。
心当たりありすぎて、笑ってしまう。笑
仕方ないさ、It's my life!である。
あぁクビかって気づいた時に、そないにショックじゃなかったのは、ここがクソだからという理由もあったが、実は他にも理由があった。
ベンチャーだけどおもしろそうな海外不動産事業を展開している会社に元同僚が勤めており、そいつから忙しすぎて死にそうだから、ぜひ手伝ってくれないか、と声かけてもらって、最初は断ってたんだけど、3回も声かけてくれてたからね。三顧の礼じゃないけど、揺らいでいた。
そういうとこ、俺は恵まれている。
今までもそうだった。
ほんと捨てる神あれば拾う神あり、だなと。
そういうこともあって、辞めるのは全然良かったのだが、また、こいつの手柄になるのは癪だなーと思いつつ、この仕事を引き受けるか、今すぐこいつをぶん殴って辞めてしまうかを迷った。
まぁ、あと1か月穏便に過ごせば、雀の涙ほどだがボーナスも出るし、嫁へのチョコレート代にはなるかと思い直し、外回りで一日外にいれば、こいつの顔をこれ以上見なくても済むならそれが一番だと決心して、心配している風で、まったくそんな気もなくこれで意趣返ししている北原課長に、
俺 「あ、わかりました。今日から行きますね。」
って素っ気なく答えてやった。
残念でした!俺はその仕事嫌がりませんよーだ。笑
そしたら、
北原「え、応じてくれるんですか?
嫌じゃないんですか?事故物件ですよ?」
ときたもんだ。苦笑
あまりにも普通に受けたので、いじめがいがなかったらしい。
受けてほしいのか、欲しくないのか、どっちやねん。。
いえ、仕事ですから、と平然という俺の顔を見ながら、すこし残念そうな顔して、報告だけ毎日してくださいね、と課長が指示したところで、課長とのサシの面談は終わり、俺は狭い課長室を後にした。
まぁ、俺も事故物件が大好きってわけじゃない。
けどね、慣れてるからさ、そういうのは。
視えるしw
もちろん、奴にはそのことは話していない。
どうせ信じないと思ったからね。
さっそく席に戻った俺はリストを眺めながら、どこを先に行こうか、グーグルマップでマッピングしつつ、調査後にクローズをオープンにするためには、その基準も策定する必要があり、そのためにはリフォームを担当する施工管理課のおっちゃんと話をしにいく必要があるなと思った。
引き受けたからには、完璧にしたい。
ここでの最後の仕事になるのだから。
ひと通りグーグルマップにマッピングしおえて、ルートを作成し、粗く予定を組んで1か月かからず回り切れる算段は付いた。
件数は多いが、同じマンションで複数戸というケースも多かったので、周るだけなら10日程度で可能なことが分かった。
ただ、事故物件を回って状態の調査をするだけでなく、その物件周辺の客付に回って意見を聞こうと思っている。
あの人らが「付けよう!」と思ってくれないと、意味がない。
家賃はどれくらい下げたら妥当か。BKはどれくらい希望するか、等々。
さて、次はオープンする基準の策定だ。
こればかりは、俺の判断ではいけない。
専門家に話を聞く必要がある。
そう思って、目星をつけたある人物に話を聞きに、施工管理課を訪れたが、目当ての人はいない。
おそらくはあそこにいるだろうと、俺は社内の喫煙室に向かった。
その会社の喫煙室はフロアの片隅に急ごしらえで作られた小部屋にあった。
健康志向だが、喫煙に対しては寛容であった会長の鶴の一声で作られたという喫煙室。そこは、反北原派のレジスタンスのアジトであった。
北原は非喫煙者だったため、ここには来ないからだ。
急ごしらえで作った割には、防音もしっかりしており、会話が漏れることはほぼない。
そのときも4、5人中にいて、煙たくて狭くて、長居するような場所ではなかったのだが、淀んだ社内では逆に、唯一のセーフエリアに思えた。
彼らは、賃貸管理課や施工管理課、契約管理課だったりと、みなバラバラだったが、とても仲が良く煙を楽しんでいた。
そしてみな一様に、割を食っていた。
俺は昔から酒は飲むが煙草は吸わない派だったが、ここに入って皆と情報共有がしたいがために、この頃は嗜む程度に吸っていたのだった。
俺「おっ、親分。やっぱここにいた。」
俺が探していたのは、通称「田澤の親分」。
リフォームなどを手掛ける施工管理課の係長で非常に優秀な人物だったが、北原と反りが合わず、上司でもある北原と反目しあって、割を食っていた人物だった。
実際、リフォームに関する知識はものすごく、業者に対する締め付けやアメの与え方などを知り尽くしており、彼が途中入社する前までは相当なめられたいたようだが、改善に改善を尽くし、工期は短く、コストも下げるといった荒行を成し遂げ、社長賞を三度受賞していた。
その点も北原は気に食わなかったらしい。
そして、なぜ親分なのかというと、見た目が、そうなのである。笑
ナイスミドルで顔も渋めの昭和俳優でイケメンなのだが、凄みがある。
リフォーム業者もこの人に睨まれると、怖すぎて何も言えないらしい。
そんな親分に、課も違うのに俺は入社時からなぜか可愛がってもらい、仕事終わりに別々に退出しては、親分行きつけの店で落ち合い、何度も酒を酌み交わす仲であった。(カレカノかよw)
親分「おっ、見つかってもーたか。。
桑ちゃんと一緒におると、俺まで反北原派
やと思われて難儀するねん。
あっちいってんかー。笑」
俺 「いやいやいや。苦笑
逆でしょw 俺なんてもう最初から
あいつに目をつけられちゃって、
被害こうむってるんですから!!笑」
親分「ま、それはな、お前さんが優秀やって
こっちゃ。笑
お前は使えるなと踏んだわけよ。
BJHの法人営業のエリートが入ってくるて
聞いたときは、またクソ生意気なやつが
入ってきたと思ったんやがな。苦笑
実際、お前さんが入ってから、
客付もオーナーともえぇコミュニケーション
が取れてる。
そやから稼働率も上がってる。
それにお前さんは、賃付の流れが
ようわかってるから、
こっち側にも無理なこと言うて
けーへんやろ?
退去後1週間でオープンしろとか、な。
お前さんみたいなやつは、こんなとこに
おらんと、はよ、言うてたベンチャー企業
とかに行けよ。苦笑」
俺 「田澤親分だって、元々おったの、
超有名な会社じゃないですか。
なんでまたこんなとこに?」
親分「うーん、最初は会社説明会にふらっと
入ってもーたんやが、
転職する気はなかったんや。
ただ、当時の社長の弟さん、副社長が
ええ人でな。
もう死にはったけど、その人にほだされて、
いつの間にかきてもーたわ。苦笑
で、なんや?用は。
あの事故物件巡りさせられる件か?」
俺 「さすが親分、お耳が早い。それです。
まずは調査して、オープンにできるか
どうか判断しようかと思ってますが、
その基準を教えてほしくて。」
親分「なんか、二つ返事やったそうやないか。
お前さん、イヤちゃうんか?」
俺 「好きかって言われたら、嫌いな方ですけど、
ここ来る前に管理もやってましたし、1件、
死後1週間たったじーちゃんの現場とか
経験してるので、まぁ、なれっこというか。
奴の顔見なくて済むなら外の方がいいし。」
親分「はっはっは!!変わったやっちゃのぅ!!
その案件、実はもう2年ほどほったらかし
になってるやつなんやぞ?
前から問題視はされてるが放置されてる。」
俺 「なんでまた?家賃その分、ずっともったい
ないですやん。」
親分「そらそうよ!
いくらクローズになってたって、
サブリースやから家賃は発生するからな!
ただ、建ててくれたお客さんのために、
払い続けなあかん。
はよ解決せなあかん問題やがお前さんが
やるというまで誰も嫌がってせんかった。」
俺 「北原がやればよかったのに。。
常務にアピールするチャンスやないですか。
稼働率にも影響するので、苦心してる、とか
言うてましたよ?」
親分「はぁ?あいつそんなこと言うてたんか。
ほんまに適当なこと言うわ、あいつは。
データ作っとるんはあいつやなく、
1係から3係の係長やが、気づいてない
わけはない。
前は自分でもしてたことやからな。
稼働率の計算って、桑っちゃんは
タッチしてるか?」
俺 「いえ、この前手伝おうとしたら、
桑津くんはちょっとな、って
田塚さんに言われて結局タッチせずです。」
親分「なんでかわかるか?」
俺 「俺が知ったら、めんどくさいことに
なるから、でしょうか。」
親分「端折ったら、そういうこっちゃな。
実は事故物件でクローズしている分に
関しては、稼働率にカウントしてないんや。
表向きはしてるで、ちゃんと。
だが、何かしらの方法で、穴埋めしとる。
おそらくは・・広告費とかやな。
俺も詳しくは知らん。」
俺 「そういやこっちの共有フォルダに、
C案件っていうフォルダがありますね。
そこに特別損害金とかいうファイルが
あって、いろいろやり取りしている履歴が
ありました。それでしょうか。」
親分「たぶん、それやろな。あとは、
火災保険でもオーナーによっては出る分が
ある。事故物件への補償オプション契約や。
最近増えてるやろ?桑ちゃん、
BJHにおったんやから、そこらへんは、
俺より詳しいやろ?
それを当ててたら実質埋まってるんと
同じやしな。」
俺 「それはそうですけど、期間が無限って
わけじゃないしいずれは補償も終わり
ますよね。
そもそも稼働率は外部にも公表している
数字です。
仮にそんな操作がされているんなら、
まずいんじゃないですか?
田塚さんは俺も尊敬しているし、芯が
しっかりした人なのにどうして・・」
親分「だからこそ、勝っちゃんはお前さんに
させたなかったんやろ。
勝ちゃんはな、俺と同じくらいに入って
きたが、入ったころは、血気盛んで、
あのアホともようやりおうとったんや。
ただ、あそこの子どもさんもまだ
ちっちゃいやろ?
ガキが生まれたあたりから、態度を
変えて、平身低頭しとる。
その操作もその一環やろ。
表面上には当り障りなく、
あいつと付き合ってるが、
勝ちゃんも優秀やし、
腹にはいろいろ抱えとる。
お前さんにも厳しいと聞くが、
お前さんには自分みたくなってほしく
ないってこっちゃ。
まぁ、そこは理解してやってくれ。」
俺 「はい、わかりました。
それにしても、よく何年もほったらかして
ましたね。きちんと対処すれば、その分
だけ上積みできて、お得意の常務への
アピールにもなるのに。」
親分「あいつが事故物件なんてやるわけない
やろ!!!笑
知らんのか?
あいつ、極度の怖がりで幽霊とか
そういうの、絶対にタッチせんぞ!!
この前、過去に奴が担当して不義理した
結果、末代まで呪うぞ!って日本刀構えて
すごまれたオーナーさんの葬式あったん
やけどな。
俺は可愛がられてたから行ったが、
奴は立場上行かなあかんけど、怖いから
イヤイヤ行ったものの、遺影見た瞬間、
背筋凍った言うてビビッてバックレ
おったわ。笑」
俺 「それはおもろい!!
でも聞いたことないっすね。
ヘタレにもほどがありますねぇ。笑
ちょっとスカッとしました。」
親分「そら、箝口令強いとったからなぁ。その件。
俺から聞いた言うなよ?苦笑
そや、リストあったやろ?
あれ作らされたん、実をいうと、俺や。
ここではあいつの次に長いし、よう
知っとるからな。
それ、ちょっと見せてみ。」
田澤親分は持っていたリストを受け取ると、ぶつぶつ独り言をいいながら、リストにチェックを2箇所入れて、返してくれた。
親分「こことここ、印付けといたからな。
先には行くな。あとの方に回せ。
悪いことは言わん。
できることなら、行かんでええ。
そこは当分クローズや。
お前はどうせ試用期間満了でクビになる
身や。
そやから余計に無理して行く意味がない。
お前さんは行くなというても聞かん男やと
知ってるし、逆に興味が湧くかもしれんが、
『視える』んやろ?」
私 「えぇ、一時からすれば、だいぶ
落ち着きましたが、まだ視えますね。
しかももうすぐお盆です。
一番視える時期です。」
親分「だったら、やめとけ。
その二つも、真夏の暑い日に起こった
事件や。
タイミングが悪すぎる。わかったな?」
親分にしては珍しく、やけに神妙な顔つきで念押しするので、少し不安を覚えた俺はおどけた調子で、話を変えた。
俺 「ってか、クビになるのってもう既定路線
なんすか?w
薄々は感じてましたけどねぇ。
嫁さんにはまた呆れられちゃいますけど。。
まぁ、いっか。
話を元に戻しますが、こことここは、
関西連合の元総長の親分が言うくらい
だから、相当やばいんですね?」
親分「誰が元総長じゃ!!
俺はな、帝塚山のボンボンやぞ!!
なんでまたこんなクソ会社に身を
やつしてるんかわからんくらいのな!
お前のせいで、切ない気分になって
しもたやないか!」
俺 「ってか、この二つ、一つは・・
学生寮ですか、これ。
8階建てのマンションですね。
あともう一つは、戸建て?!
うち、戸建てタイプなんて預かってるん
ですね。
しかも一番近くにあるじゃないですか。
やばいって、殺人とかですか?」
親分「いや、殺人はそのリストの下から5番目
やが、たいしたことない。
旦那の浮気や暴力に耐えかねた嫁はんが、
旦那の腹刺しただけ。
情状酌量されてたし、旦那も死んで当然や。
一つ目は学生寮みたいに使ってはいるが、
普通のマンションや。
そこは自殺。飛び降りやな。
で、もう一つ。これも自殺や。
近い?あぁ、そうやな。朽木町やからな。
だからって、行くなよ?
そこはな、練炭使っての一家心中や。」
俺 「俺の経験から言って、そこまで危険性を
感じないんですが・・」
親分「実は過去にな俺もなんとかしようと思って、
客付に頼んで調査してもらおうとしたんや。
そいつもちょっと霊感あるいうてたしな。」
俺 「ほう、それでどないなったんですか?」
親分「入院した。車で事故ってな。しかも自損や。
あんなとこで事故る意味がわからん。
退院したあとも、内臓かどっかやられた
言うて、その店も辞めて、そっから先は
わからん。」
俺 「まぁ、偶然でしょう。さすがに。
映画でもあるまいし。」
今まで「視えた」人たちが襲ってくることもなかったし、そんな危険な目にもあったことなった俺は、そのときは流して聞いていたのだが、親分の目は真剣だった。
親分「まぁ、俺だって偶然やと思うけど、
頼んだ俺にしたら、責任感じるわな。
そやからお前にも無理はさせられん。」
俺 「わかりました。
お化け出ても、しばき回すような親分に
言われたら、俺も気を付けます。
お気遣いありがとうございます。」
親分「あのな、お前。。
わかってないみたいやから、言うぞ?
俺も心霊とか地縛霊とか、
めっちゃ苦手やねん!!
そやから俺もタッチせんでほっといたんや!
そやからお前の最後の仕事として、
バックアップはするが、
手伝うことはできん!
変なもん持って帰ってくんなよ!」
俺 「えー、そんな顔して幽霊怖いんすか?!
意外っすねぇ。。」
親分「お前みたいに、「視える」ってなったら、
もう、頭、坊主にして、出家するわ。」
俺 「いやいや、親分が坊主になったら、
それこそ、反社でっせw」
親分「誰がヤクザじゃ!!
帝塚山のボンやて言うたやろが!!
リフォームの時、クロスんなか、
埋め込んだろか!!笑」
いや、帝塚山のボンは壁の中に人埋めないっしょ。
俺 「了解しました!!
鉄砲玉として、逝ってきます!!」
親分「だからヤーさんちゃう言うてるやろ!
苦笑
それとな、あとで、俺のシマにきてくれ。
オープンとクローズの基準資料あるから、
説明するわ。
あんまりここに長居もできん。
めんどくさいしな。
ほら、あいつがこっち見とる。」
親分に言われて、何気に賃貸管理課の方を見ると、北原が課長室から出てきていて、こちらをチラチラみていた。
中指突きつけたい気分を押さえていると、親分がすかさずこちらを見ないで会話を続けた。
親分「おい、目線向けんな。気づかんフリしとけ。
お前はクビになるが俺は残らなあかんねん。
こんな安月給でもプーにはなりたない
からな。」
私 「いやいや、帝塚山のボンなんでしょ。
大丈夫じゃないですか。笑
わかりました。
では、また後ほど。
最後の仕事、きっちりさせてもらいます!」
親分「わかったわかった。
あんま気合い入れて、得体のしれんもん、
連れ帰ってくるなよ?
マジでこわいんやから。。」
親分って、顔の割に可愛いんだからー!って軽口たたいたら、喫煙室出るときに思いきり肩バンされた。
マジで痛かった。
第二話につづく。
この物語は、ほぼフィクションです。
実在の人物や団体などとは関係ありません。
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