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事故物件巡りの話【第2話】


(前回までのあらすじ)

外資系損保から一部上場建設会社系列の不動産管理会社に移った俺はリクルーターから聞いていた待遇とかなり異なる業務内容や業務量に困惑を覚えながらも、持ち前の反骨心で精力的に営業し日々オーナーの信頼を勝ち取っていた。
陰湿な上司からモラハラパワハラを受けながらも、同じく冷遇されていた理解ある同僚と充実した社畜ライフを送っていた中、労働契約更新を1か月前に控えたある日、上司の北原からとある業務命令が俺に下された。

「うーん、っと。
 桑津さんにはね、フロント担当はもういいので、
 うん、こっちのね、特別な仕事の方、
 してもらおうかなってね、うん。」


過去に何らかの”事故”があり、募集を停止せざるを得なくなった管理物件、通称『事故物件』をすべて調査せよ、というものだったのだ!
常務の承認も取っているという何やらきな臭い業務内容をよくよく考えると、かかる時間やタイミング的に、どうやら自分の契約を更新する気はないのだと悟った。
多少の困惑はあるものの、やらねば北原に負けた気がした俺は、この業務命令を承諾し、この会社での最後の仕事として完遂する決意をみせた。
一人では難しいと感じた俺は飲み仲間でもあり、面倒見が良いために皆から「親分」と慕われる施工管理課係長の田澤のもとを訪れたのであった。

親分「では桑津主任、先ほど話されていた
   内容ですが、こちらの資料をまず
   読んでください。」

俺 「お忙しいところ、恐れ入ります。
   拝見いたします。」

先ほどまでいた喫煙室での和気あいあいとした雰囲気とは打って変わって、親分はビジネスモードに入っていた。
施工管理課には課長がおらず、不動産管理課の課長である北原が兼任をしている。よって、親分の上長も奴なのであるが、俺と親分は課が違うので、
そこらへんは弁えている。
それにさっきから奴がチラチラこちらを見ているのがわかる。
ほんと親分は切り替えが上手である。

親分「社内の規則では事故がありお部屋が
   クローズになる基準がいくつかあります。
   まずは原状回復にかかる期間の問題です。
   縊死や突然死などでも発見が比較的早期な
   場合はお部屋の原状回復にそう時間は
   かかりませんが、そうでなかった場合、
   床材の張替えや浴槽の交換等の
   大がかりなリフォームが必要になります。
   よって長期間の募集停止となります。
   特に臭気の問題は厄介です。
   桑津主任は嗅いだことある?」

俺 「はい。いまだに鼻腔の奥にこびりついて
   います。」

親分「独特やからね。慣れてくるとマシには
   なるけど、
   腐っても鯛、ではなく死体やからね。」

きたきた。苦笑
親分ギャグのコーナー!
真面目な顔していきなりブッこんでくるのはやめてね、親分。
そのドヤ顔もやめなさい!

俺 「あれ、どうやって臭い消してるんですか?」

不覚にもツボって笑いそうになるのを堪えながら真面目に質問する俺。

親分「あぁあれはもうひたすら洗浄洗浄。
   何回も何回も。
   オゾンもかけるけど、それも重ね
   掛けせんとだめで、
   結構費用もかかる。オゾンで大損やわ。」

ほらまたキタ!笑
オゾンで大損って。
そんなにおもしろくもないから!
さらにドヤ顔。苦笑
あんたは北原に背を向けてるけど、俺は逆に北原の方向いてるっちゅーねん!

親分「それにね。
   臭いはほんとに個人差あるんやわ。
   ほら、俺らは仕事柄慣れてしまって
   いるから大丈夫と判断しても、
   あとで苦情が入ることが多い。
   本当に難しいなぁ、臭いの問題は。
   主任は鼻がいいほう?」

俺 「はい、柴犬飼ってますんで。
   鼻は効く方です!」

俺が鼻が利くことと柴犬飼ってるのは全く関係がない。
ちょっと頭おかしい返答だが、そんなことはわかっている。
ただ目の前の中年男性は顔面が崩壊しそうになっている。笑
親分はこういうのに弱いことを俺は知っている。笑
ちょっとした仕返しだったが、見事にツボったらしく、必死に笑いをこらえている。

親分「ぶっ。し、失礼。
   じゃあ、臭いは厳しめに判断して下さい。
   柴め、じゃない、渋めにね。

   次に問題となるのは、事件か自然死かと
   いうこと。
   事件はやはり客付に影響します。
   ある程度ほとぼりが冷めないと
   『そんな物件を紹介しているのか!』と
   うちにもクレームが入りますし、
   オーナー様にもご迷惑がかかることが
   あります。
   地主さんだと地域の顔っちゅうもんが
   あるからね。」

軌道修正もうまい。
さらなる追い打ちも考えたが、今度また喫煙室で肩パンされるとマジ痛いのでやめておく。

俺 「確かにそれはありますね。
   募集掛けても来ないのならば、停止して
   おいた方がリスクヘッジになります。」

親分「そうそう。
   さっきも話出たけど、火災保険の
   オプションでも今は孤独死や自殺の
   対応をしているものもあるし。
   オーナー様によっては下手に早期に
   募集開始するより、
   補償期間いっぱいまで閉めておいてくれ、
   というご要望もあるからね。」

(※火災保険のオプションで孤独死
対応しているものも増えてきましたね。
少額短期保険が多い気がします。)

「孤独死保険」で特殊清掃費用や家賃損失をカバー


俺 「客付も嫌がるケースとそうでないケースが
   ありますね。
   あそこ、まだ開かないんですか?って
   聞かれたことがあります。」

親分「物件に寄りけりやね。
   地方から出てくる学生に人気の
   あるような物件だと事件のことは
   知らせず、客付もうまいこと言って
   納得させる。
   こちらもきちんと説明はしてねと
   お願いはするけど、こちらが作るのは
   契約書だけ。重説を作るのは客付なので、
   そこは任せられる。
   また、事故物件だからといって特に
   安くしたりするわけやから、安い家賃に
   魅力を感じて事故物件だろうが気にならん
   ていうケースもあるしね。
   他社と違ってうちは家賃は下げても
   広告料はそのままか増額するケースを
   知っている客付は、早く飯のタネに
   したいんやろね。
   せやから、オープンにできるかどうかは
   客付会社が客付できる可能性が高いかと
   いう基準もある。
   開けても客付できなきゃ余計に
   オーナーさんに怒られてまう。
   あの人らは自分の物件空きまくりやと、
   恥ずかしいんやとさ。
   サブリースかどうかは関係なくな。
   苦笑」

俺 「それは確かにありますね。
   サブリースでも空いてたら次の家賃改定に
   響きますし。俺もそうですけど、確かに
   いやです。

   ここまでのお話をばっくりまとめますと、
   オープンの基準は、

   1.部屋のコンディション(特に臭気)

   2.事件や事故の影響。
    (風化の度合い。世間体。)

   3.客付が可能かどうか。
    (客付会社都合)」

   といった感じでしょうか。」

親分「簡単に言うたら、その3つをクリア
         してくれたらオープンにできる。
   あぁ、ただ任せる業者は一つの物件に
   つき、一社独占にしておいてくれへんか。
   その方がこちらも管理がしやすい。
   物件周って、臭い嗅いで、客付に
   聞き込みして周るだけ。
   簡単なことやから、俺がちゃちゃーっと、
   したかったんやけど、こっちも
   忙しくてな。」

事務の女の子が苦笑してる。
彼女も親分がビビりなのを知っている。笑
いやいや、あんたが幽霊怖いだけやろ!
どの顔がいうねん。笑

俺 「いつも早期の募集開始にご協力
   いただいてますので、
   ここは私が恩返しをするところです。
   まだまだ不明な点もあるかと思いますが、
   よろしくご指導ください。」

たまには殊勝なことも言うてみる。
どないや、あかんか。。笑

親分「いや、桑津主任は無理言わんで
   理解ある担当やから、こっちも
   助かってます。
   この前もうちのリフォーム
   手伝ってくれたんやって?」

おいおい、北原に聞こえたらどうするねん!
おサボりしてたんバラすな親分!!

俺 「おやぶ、いや田澤係長、それはご内密に。。
   ちょっと他の号室の物件写真撮りに
   いったら、ちょうどリフォーム屋さんが
   壁紙の作業してはって、興味あったから
   コツを教えてもろとったんです。
   そんで、水周りもせなあかんけど、
   おっつけへんって言うてはったんで、
   お礼にトイレのフロート交換とかは
   俺がやっておいた。
   それだけのことです。」

親分「あそこな、タンクから水漏れしとったで?」

俺 「えー、ほんますんません!
   また直しに行きます!」

親分「嘘やがな。笑 
   ちゃんと俺がチェックしたけど、完璧や。
   また手伝ってやってな!」

俺 「あぁ、イケてたんですね。
   まじで焦りましたよ。苦笑
   手に職付けて、路頭に迷わんように
   なりたいです。
   そろそろクビになりますしね。」  

親分「がははは!そやったな!
   あと、長い間物件に入ってないやつ
   もあるやろから、換気と封水もやって
   ほしい。頼むわ。」

(※封水 風水じゃない方の「ふうすい」。
不動産管理用語ですよね。
トイレとかキッチンのパイプとか、
下水管からの臭いがあがってこないように、S字になってて、「水で封をする」ような仕組みになってるのですが、長い間ほったらかしにしてると、その水が蒸発して、蓋がなくなっちゃって、下水の臭いがお部屋に充満するという悲劇が生まれることも。。
案内するとき、最悪なやつです。)

親分「まぁ、最後までとりあえずがんばって。
   くれぐれも順番は守るように、な!
   あの2つは無理せんでいい。
   じゃ、行ってらっしゃい!」」

そういうと、親分はウィンクを飛ばしてきた。
ほんとにお茶目さんなんだから。笑
二人の会話を聞いていた親分の部下全員こっちの会話に聞き耳立てて、笑っている。
親分とビジネスモードで話していても、長くは続かないのだ。
ちょっと気を抜くといつもこうなってしまう。

本当にこの課は俺の課と違って皆明るい。
ひとえに組長の庇護があるからだろう。
この人の下で働きたかったなぁ。
そんなことを思いながら、親分からもらった資料をもって席に戻り、社用車の鍵を手に取って、事故物件巡りの旅に出かけたのであった。


そこから2週間ほど、淡々と事故物件巡りを続けていった。
まずは物件を周って、臭いを嗅ぐ。
ほとんどが無臭。たまに封水切れててドブの臭いがしたが、死臭のそれではない。
結局、80件超回った中で、モノホンの死臭がしたのは2件くらいだったと思う。
かなり厳しめにした結果なので、多分嗅いだことない人にはわからない程度だったが。
どちらも孤独死で、発見が遅かったものだった。
その都度親分に報告して、再度オゾンでの洗浄をお願いしたら、業者であっても気にしないレベルにはなったかと思う。

臭いを嗅いだら、次は写真を撮る。
リフォームしてからクローズしているので、全てのお部屋がとても綺麗な状態ではある。

写真撮る時に、「志村、うしろ!!うしろ!!」みたいな状況を想像している方も多いと思われるが、一切なかった。
俺は視えるが、写真にそれを移す能力はないらしい。
ロビーに元気のなさそうなおばあちゃんがパジャマでしゃがんでたり、少し首が変な方を向いてる若いにーちゃんが1階のベランダに突っ立ってて、彼が元々住んでいたであろう5階のベランダを見上げていたりしたところをここぞとばかりシャッターチャンス!で撮りまくったのだが、まったく映ってなかった。
ほんとに、まったく。
はたから見るとただの変なおっさんである。
(たまにオーブが舞うことはあったが、それは露出をミスっただけだった。)

こうなると、事故物件ですよ、と言われなければ外観からは全くわからないのである。
オープンにするのは物件の品質としては、何の問題もなかった。

まぁ実際はドア開けた瞬間、おじいちゃんが正座で座っていたり、真新しい浴槽に目を閉じて気持ちよさそうにしていたりはしていたのだが、ギョッとするのは俺だけである。
一緒に付いて部屋に入ってくれてた管理人は何も言わず、
「ほんとすぐ貸せる状態なのにねぇ。
 もったいないよねぇ。
 私が住みたいくらいですよ。」

なんて言ってくれてた。

「おじいちゃん付きでよかったら喜んで!」

なんて口が裂けても言えない。笑

大事なことだからもう一度言う。
何の問題もないのである。(迫真)
俺にしか視えないのだから問題はない。
俺が住むわけではないのだから。(無責任)

それが終わったらちょっと探偵じみたこともしてみた。
周辺の住民に聞き込みするのである。
幸運なことに、ティッシュやらタオルやら販促グッズは大量に社用車に積んでいる。撒き餌には事欠かない状況だった。

俺 「すみません、ちょっとよろしいですか。
   私こういうものでして。(名刺を出す。)
   はい、あの建物の管理会社のものですが、
   〇〇の事件の件ではなにかとご迷惑を
   おかけし申し訳ございませんでした。
   あ、つまらないものですが、
   これよろしかったらどうぞー。(粗品)
   あれからちょっと経ちますけど、
   あの事件のことって地域で話題に
   出たりします?」

みたいなことを、目に入ったおばちゃんに聞きまくった。
さすがは大阪のおばちゃん。聞いてもないことをペラペラ話してくれる。
話し相手が欲しいんだろう。(旦那、ちゃんと相手してやれよ。。)

そういう前情報を持ったうえで、次は客付を周る。
客付会社周るのは通常業務の一環だったし、お菓子やらドリンク剤をもっていってあげると喜ばれるので気持ちがいい。(経費は全額会社負担だし。)
悪い同僚は高級なお肉を買い込んでたっけ。笑

親分からここは信頼していいといわれてた業者に、周辺から聞き込みをした情報をもとに、

「貸せるか、そうでないか。」

っていうローランド的な質問をぶつけて、いけそうなら頼む。
「いやいや、それでも無理っす。」
って言われたら、広告料を増やすか、家賃をもっと下げるかしてとりあえず頼む。
それでもダメなら、オーナーにやっぱ無理っす。と報告すればいい。

こんな風に淡々と自分で決めたことを処理していくと、予想以上に速いスピードでリストの事故物件を周ることができた。
こういう作業に向いているかもしれない。
まぁ、事故物件巡りなんて滅多にないけどw


二週間経って、ほぼ周り終えて、ひと段落ついたころに、また北原から声をかけられた。
周っている間は、逐一、北原課長にはメールで報告を入れていたのだが、また課長室に呼び出され、

北原「もうすぐ終わりそうですね。
   ええっと、うん。もう少しゆっくり
   周ってくれてもいいんですよ。
   うん。やることももうないわけですしね。
   ははは。
   あ、報告書はそのまま完成させて
   くださいね。」

と言ってきたのだ。
これにはかなりの違和感があった。
報告書の作成までは指示されていなかったので、報告書については、言及していなかったのになぜ報告書を作っているのを知っているのか。
確かにいつ言われてもいいように、念のため、作成しかけていた。
それをそのまま田澤の親分に渡そうとも思っていたからだ。

そのファイルは管理課の共有フォルダ上の個人フォルダに置いていたのだが、北原に言われて確認したところ、更新日時が今日の昼頃となっている。
俺が事故物件に居た時間である。
誰かがファイルを開けている。
中身を確認してみると、報告書の最後の段落に、謎の「p」の文字があった。
俺がうち間違ったかと思うが、記憶にない。
そこでピンときた。
おそらく、ctrlボタンと「p」を押して、プリントアウトしたのだろう。
奴は俺のファイルを勝手にのぞき見して、プリントアウトまでしているようだ。
ctrlボタンがうまく押せてなくて、pだけ押されて残り、それが自動保存されたようだ。
「ほんと気持ち悪い奴だ。」と思いつつ、妙案を思いつき、そのワードファイルを鍵付きにした。(これが後で効いてくるのだが。)

事故物件巡り開始から二週間。
80箇所以上周れた。
これで残るはあと2つ。
親分が印を入れてくれてる学生寮になってるマンションと、社に近い戸建の物件だけだ。

あれだけ忠告してくれた親分には悪いけど、こんなに早く終わるとは思ってなかったんだよー、わざとじゃないよー、と心の中で舌を出しながら、俺はどちらを先に行くかを考えた結果、遠いほうの学生寮に行ってみることにした。
ここには、2部屋閉めている部屋がある。
1階と5階である。
戸数が多い物件なので、現地に管理員がいるという。
その管理員のおっちゃんに詳細を聞けとだけ親分は言っていた。
どんな事故があったのかは聞けていない。
とりあえず、現地の管理員に電話をして、明日のアポを取り付けた。

さぁ、残りはあと2つ。
俺のここでの仕事もこれで終わりか、なんて軽く考えていたのだったが。。

第3話 【学生寮】に続く。






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