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すべりだい 4.9

目が覚めた。
今、朝の7時2分。
寝たのは3時ごろだったから、あまり寝た気がしない。
美人な彼女の恵美ちゃんに、絵里ちゃんって呼んでしまった件で、メールから電話に代わって、その後2時間ほど詰められたことになる。
内容はよく覚えていない。
眠かったし。苦笑

「朝、そっち行くから!7時に!」

「いやまぁ、朝、ではあるけど、7時はほら。早いでしょ。」

「浮気とかするから寝る時間もないんでしょ!!行くったら行く!!」

「来てもいいけどさ、お話したあと、ドライブとか行きたいって言ってたよね?寝不足だったら、事故るよ?危ないよね?」

「そりゃ、あっきーしか運転できないし・・・
 ドライブは楽しみにしてたし・・・
 じゃ、8時!」

それでも早えよ。。
でもまぁ、1時間は伸びたから良しとして、寝させてもらえた。
約束の時間まであと少しあるから、もうひと眠りするか・・。
そう思って寝返りを打った時に、顔に髪の毛が一本くっついた。
指でつかんで、つまみ上げると、ふんわりパーマがかかっていて、ブリーチしている綺麗な金色の髪の毛だった。
甘くいい匂いがする。

俺は生来の黒髪である。
美人子も超真面目子で、生まれてこの方髪など染めたこともないらしい。
となるとこれは・・・

キララちゃんのか!

2日前の木曜日、疲れて家に帰ってきて、そのままベッドに倒れこんだら、妙にマットレスが柔らかい。
ぷにぷにしている。
もしやと思ってめくってみると、キララちゃんがベッドでスヤスヤ寝てやがった。
しかも裸で。
俺を驚かせてやるつもりだったらしいが、帰ってくるのが遅かったのでそのまま寝てしまったとのこと。

「だってさー、帰ってくるの遅いしさー。
 あっくんのベッド潜り込んでじっとしてたら、
 あっくんの匂いがしてさー。
 安心して寝ちゃってたの。」

「もう、お前のことでとやかく言うのはやめた。
 好きにしろ。笑」

「で、今何時?」

「ん?22時過ぎやな。」

「え、やばっ!京セラドーム貸し切りで
 職場のみんなで野球するのん、
 23時集合やった!
 ちょっと行ってくる!!」

「おいおい、これから野球かよ。
 体育学生は元気やのぅ。
 で、俺はお前の裸を見せられてお預けってか?」

「え?お疲れ気味やけど、そんな元気あるの?笑
 あるんならさー、あとで車で迎えに
 来てほしいなー。
 もう終電なくなってるしさー。
 続き、しよ?笑」

急いで着替えたあと、キララちゃんは俺に濃厚なキスをしてから、嵐のように去っていった。
その時に落ちた髪の毛だろう。
その夜は一端俺も仮眠をして、車でキララちゃんを大正の京セラドームまで迎えに行ったあと、愛車のbBの後部座席で朝まで愛し合った。
そうだ、車の中にもいろいろ物的証拠が落ちているかもしれない。
やばいやばいやばい!!
寝てる暇なんかねぇ!!!

そこからパジャマのままで、お部屋の掃除に勤しんだ。
案の定、金色の綺麗な髪が何本も落ちていた。
掃除機をかけた後、粘着クリーナーのコロコロも念入りにかけた。
そのあと駐車場に向かい、車の中も確認した。
靴下落ちてる!!
さらに謎の正方形のプラゴミがシートの間に挟まってる!!
絶対、これはキララちゃんの仕業だ!!
ケタケタ笑い転げてるやつの顔が思い浮かぶ。。
髪の毛どころじゃねー!!笑

鬼の形相で片づけて同じようにコロコロかけて、ゴミ袋に全部詰め込んでポイー!したところで、7時40分。
間に合った!
そう思ったときに、後ろから声かけられて変な声が出た。

「おはよう!今日、ゴミの日やった?
 朝からえらいね。」

美人子だった。
うん、がんばったよ、俺。。
ってか8時だよ、約束の時間・・。

「え、そうなの?
 ほら、母校のルールであったじゃない?
 15分前行動を心がけましょうって。
 あっきーは私の5歳先輩やけど、
 そのころからあったよね?微笑」

確かにそんな校則っぽいものがあった気がするが、緊急事態には不適用願いたい・・。

俺「あぁ、あった、かな。
  ちょっと、着のみ着のままやから、
  部屋戻ってから、
  シャワー浴びてもいいかな?」

美人子「そやね。朝ごはんまだでしょ?
    用意しておくね。」

俺「うん、よろしく・・・。」

そういって連れだって部屋に戻った。
朝ごはんを用意する?料理できない美人子が?
一抹の不安を覚えつつ、ゆっくりシャワーを浴びてから着替えてダイニングに戻ってきたら、美人子が机に座ったまま、こちらを見ていた。

美人子「朝ごはん用意しようと思ったんやけど、
    何も持ってきてなかったんだった。笑
    とりあえず、包丁持っちゃったから、
    手持ち無沙汰だし、
    ここに置いておくね。」

よく見ると机の上にそのまま包丁が置かれている。
手持ち無沙汰だったら、なおそうよ。。

美人子「昨日の続き、やけど、絵里ちゃんって
    どんな子?
    お仕事の関係って言ってたけど、
    どこの会社?
    どういうお付き合いをしているの?
    何歳?どんな顔してる?
    趣味は何?
    髪型は?
    好きなタイプとかどんなのかな。」

おっと、これは何から答えたら正解なのかな・・。

「どういう仲って、毎日顔を合わせるし、一度お客さんのとこに同行して、ご飯食べてから仲良くなったくらいやよ。」

うん、まだ大丈夫。
何もバレてない。
自慢ではないが、即興でお話を作るのは慣れている。
そこから絵里ちゃんがどんな子なのか、虚実入り交えて説明した。
美人子の性格だと正確に言ってしまうと、絵里ちゃんの会社とかに凸しかねないからだ。

「そうなの。じゃあ、仕事で仲いいお友達で何もないのね。」

「うん、何もないよ。」

「でも、毎日あっきーに会えるのはズルいなぁ。
 名前で呼んでるのも、嫉妬しちゃう。」

「そうやよね。うん。
 いくら親しくても、名前はマズいよね。
 改めます。」

「そうして。絶対に。
 わかった。じゃあ、言い間違えの件は
 許してあげる。」

「うん、ごめんね。」

助かった。。

「で、これ作ったのも絵里ちゃんなのかな。」

美人子がずっと膝に置いていたであろう、紙のケーキボックスを机の上に置いた。

「とても綺麗に作ってあるケーキだし、
 マジパンも手が込んでる。
 チョコレートで「お疲れのあきくんへ」
 って描いてるのも上手すぎる。
 銀行に勤めてる女性が、
 こんなの作れる?
 趣味も読書だってさっき言ってた
 よね?」

はいそれ、パティ子作ですー!!!
昨日の夜にお土産でもらってきた、彼女の新作ですぅぅ。

「うーん、それはね、違うね!」

ここは事実だけを淡々と話そう。
少しずつ、小出しにして、逃げ道を探そう。

「あぁ、また別の女の子がいるのね。」

「いや、女の子と決まったわけじゃ・・」

「お疲れのあきくんへ、なんて
 男が書くか!!!」

美人子は見た目おとなしいが、キレると怖い。

「女やからわかるねん!
 これは愛情こもったケーキや!!
 なんや、私が料理でけへんことに対する
 当てつけか!!!」

そう言って、美人子はパティ子が愛情込めて俺に作ってくれたケーキを手づかみにしてから投げつけてきた。
ちょうど口元でキャッチしたので、少しだけケーキの味を堪能できた。
ダークチェリーが入ってて、ラム酒が効いてて俺好みだ。

「なに舌でくちびる舐めとんねん!
 味わうな!!」

バレてた。
それからパティ子のことも詳細に尋ねられる。
髪型から趣味、身長、口癖に至るまで、事細かに。
これまた虚実入り交えて、誠実に話す。
誠実に、はおかしいか。

「いや、これはですね。話すと長くなるので、今度また別日にお時間を頂くことにしましてですね。」

「そう?そうやね。昨日の夜からいろいろありすぎて、もうわけがわからんわ。」

「ごめんね、いろいろ・・
 でも、会場見学の時間もあるし、
 そろそろドライブに行かへん?」

「え、今何時?もう9時半?
 10時半に予約してるんやもんね!
 いこいこ!」

あれ、意外とすんなりいった。
ここからドライブに行って、ゼクシィに乗ってた結婚式場を何件か周って、夜景がきれいなレストランに行けば何とかなる!!
そう思った矢先だった。

「ドライブといえばさ、さっきあっきー、
 掃除してたけどさ。
 これ、何?」

机の上にゴミ袋の中身をぶちまけられる。
シャワー浴びてる間に、ゴミ捨て場行き来したの?!
音もなく?!
運動神経0なのに、どうやって?!
さすがにキョドってしまった。

「えっと、最近仕事でも使ってて、
 汚いからドライブの前に
 掃除しようと思って・・」

「へぇ、仕事でコンドームなんて、
 使うんだ。」

謎の正方形の形をしたプラゴミを摘まみながら指摘してくる。
さすがに使用済みはキララちゃんがご対応してくれてたことに、感謝した。

「それは、うちのさ、ほら知ってるやん、
 浅澤さん!
 ちょけてる先輩!
 その人がイタズラしたみたい!
 悪質だよね!シャレにならないよね!」

精一杯の抵抗だった。

「ふーん、浅澤さんって、
 金髪でパーマかけてたっけ?」

使用済みのコロコロを剥がして、くちゃくちゃになっているのを元に戻して、一本一本、机に並べ始めている。
そぉっと、美人子の顔を覗いてみたが、鬼のような形相になっている。
いや、鬼そのものになろうとしている。。

「藤木さんもパティ子ちゃんも、
 黒髪だったよねぇ。
 じゃあ、これは・・・
 また別の人なのかなぁあああああ!!!」

「あ、はい。」

鬼の形相に負けて、ついほんとのことを言ってしまった。

「あ、はいじゃねーよ!!!
 もういいわ。ないわ、ほんまに。
 死ね!!」

そう言うや否や、机に置いていた包丁を握りしめたかと思うと、立ち上がってこちらに寄ってきて、思い切り斜めに薙いだ。
とっさに左手を出してしまった。
スパっと切れた。
左手の手相の線が増えてしもたやん。。
なんてことを考える暇もなく、激痛が走る。

いってぇえっぇえぇぇぇぇlっぇぇえぇ!!!

血が出てきた。とめどなく出てくる。
赤かった。4股してても俺、人間みたい。

とりあえず止血のために、コロコロのゴミくずを押し当ててみるけど、止まるわけもない。

「痛いよね!私もあっきーが痛いのを
 見てたら痛いのよ!
 でも、心の傷はもっと痛いの!!」

今度は包丁を腰だめにして、突っ込んできた。
避けきれなかった。
いや、美人子に申し訳ない気持ちがあったので、避けなかったのだと思う。
まともに脇腹に100均で買った安物の包丁が刺さる。
安物だけど、俺が砥石で毎週研いでるからアホほど切れる。
さっき、手を切られた痛みどころじゃない痛みが、脇腹から背骨を伝い、脳みそへ駆け上がってくる。

うわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあああ!!

俺は叫びながら、前のめりに倒れた。
包丁は脇腹に刺さったままだ。
美人子が背中の上に乗ってきて、包丁を一気に抜き去った。
意識が飛びかけた。
やめて、もうやめて。

懇願するように美人子をみたが、彼女は抜き去った包丁を逆手にもって、まさに俺の背中に突きつけようとしていた。

「悪かった!!ごめん!ほんまごめん!!
 許してくれ!!」

俺は絶叫した。
美人子は少し悲しそうな顔をしたあと、無表情で包丁を背中に突き刺した。


うわぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあああ!!
また絶叫した。
しかし、さっきまでの痛みはない。
あぁ俺は死んだのか。
そう思いながら、ゆっくりと部屋の中を見渡す。
さっきまで居たダイニングではない。
寝室だった。
ひどく汗をかいている。
なんだ・・夢か。
えらくリアリティのある夢だった。
目覚まし時計を見る。
午前7時2分。
まだ約束の8時まで1時間弱ある。
最悪、寝起きで美人子を出迎えても、彼女なら怒らないだろう。
もう一眠りでもしよう。
・・彼女が怒る?浮気がバレる?
夢の中で起こったことが瞬時にフラッシュバックした。

金色の髪の毛。
正方形のプラごみ。脱いで丸まった靴下。
ダークチェリーのケーキ。。

全部まだ残ってるじゃねーか!!!!

やべぇやべぇやべぇ!!
あれは予知夢だ!
あと1時間で俺は刺される!

俺はそれから夢の中でやったのと同じように、掃除機をかけ、コロコロをかけまくった。
終わると、冷蔵庫の中にあるパティ子が作ってくれた手作りケーキを捨て、ることは忍びなかったので手づかみで貪り食い(ラム酒が効いててほんとにおいしかった)、紙のケースをつぶしてゴミ袋に入れ、駐車場へと飛んで行った。
夢では美人子が予定よりも15分は早く着いていた。
もしかすると、実はもっと早く着いて、俺の様子をずっと観察してたのかもしれない。
彼女ならしかねない。

駐車場に着くと、まず四方を確認し、まだ美人子が来ていないことを確認した。
7時20分。まだ彼女は来ていない。
そこから車の中の謎の正方形のプラごみ、キララちゃんの脱いだ靴下、金色の髪の毛を処理し、素早くゴミ袋に入れて、そのゴミ袋をゴミ置き場に放りこんだ。

夢の中で左手を包丁で切られ、わき腹と背中を刺された上に朝から急激に身体を動かしたせいか、とてつもなく疲労感に襲われた。
エレなし4階の自室まで登る階段の途中で俺はうずくまってしまった。
ケータイを確認する。7時35分。
まだ彼女は来ない。ゆっくりと部屋に戻ろう。
これで刺されないはずだ・・。
刺される・・・
そうだ、包丁がまだ残ってた!!!

念には念を入れよう!
悲鳴をあげてる身体に鞭打って、残りの階段を駆けのぼる。
ドアを体当たりで開けて、土足のままキッチンに行き、扉の内側に差している包丁を抜き去って、クローゼットの奥に隠した瞬間、

「ピンポーン♪」

美人子がきた。
時間を見る。
7時45分。
15分前行動に徹している。

間に合った。
これでもう大丈夫だ。。

ほっとひと安心、はーい!と大声で返事してから、ゆっくりと玄関に近づいていく。
俺はニコニコ顔を作って、ドアを開けた。
履いてた靴をそっと脱ぎながら。。

「恵美、おはよう。今日はいい朝やな!」

なぜか汗だくでパジャマのままな俺に、小首をかしげつつも、美人子はにこやかに微笑みながら、こう言った。

「おはよう、あっきー!
 浮気してたんやなお前!!」

思い切り振りかぶったストレートが飛んできた。
朝からの『お片付け』で疲れ切っていたし、まさか出会って5秒でパンチが飛んでくるとは予想してなかったので、もろに食らって膝から落ちた。
美人子はすでにアクセル全開で怒りまくっていたのだった。


続く

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