眠らない街

1,ある女子高生の一日


まず始めに私たちの睡眠時間がなくなった。

〇月〇日、この日を境にしてこの街の誰一人として自身が「眠る」という行為を認識できなくなった。
そうして一週間がたった。
そもそも睡眠中は意識していないからこれといって不便じゃない、というのが私の感想だ。
デメリットとしては夢が見れなくなる、正確に言えば見たことを意識することができないのだけど、
もともと夢をあまり見ない私にとってたいしたデメリットではない。
よく夢を見る人にとっても、むしろ悪夢を見て飛び起きることがなくなる分、メリットの方が大きいのかもしれない。
そんなわけで世間では賛否両論の今回の政策に対して、私はそれほど関心を示していなかった。
漠然と、仕方のないことなのだと思っていた。

授業が終わり校門を出るとちょうど西の空に「夕日」が描かれていて、
今日はどうやら「晴れ」という設定のようだった。
私はあまり「晴れ」の日が好きじゃない。
別にそんなふうに人工的に空を作り上げなくても、灰色の天井でいいじゃないかと思う。
生まれたときからこの街にいる私にとっては、そのほうが自然だった。
でもこの街を管理する大人たちにとっては「晴れ」の日があって「曇り」と「雨」の日があるほうが精神的安定を保てるらしい、まったくばかげている。
そんなことにエネルギーを使うくらいなら他にも使い道があるのにな、なんて思った。
もっともただの高校生の私の意見なんて当然反映されないけど。

環境汚染によって外の世界で住むことができなくなった私たちは各都市に人工的な街を作り上げた。
巨大なドーム状の「街」は全てが管理されていて、街の天気や空気、食物など全てが管理上のものだった。
そのことで人類はまだ地球で生き延びることができているけど、「街」の維持には莫大なエネルギーが必要だった。
特に外の世界の大気汚染によって太陽光から得られるエネルギー源が減少してきていて、
どうやらこのままでは街の維持ができなくなるところだったらしい。

私が小学生の頃に科学者たちがある技術を発明した。
それは人々の意識をエネルギーに変えるという方法だった。
私たちの脳は一日行動するだけでかなりのエネルギーを使用している。
思考することによってもちろんエネルギーは消費されていく。
私には詳しい理論はわからないけど、科学者が発明したその技術は人々の意識と引き換えにその分のエネルギーを取り出すということだった。
もちろん人一人から得られるエネルギーはたいしたことはないけど、
全員に徹底させればかなりのエネルギーになる。
だからこの発明はたった一つの点を除いてエネルギー不足を解消する最善の理論だと思う。

もちろんその一つの点は人々の人権だ。
「意識している時間」を奪うという非人権的行為を義務つけることは世論の働きもあってなかなか実現に結びつかず、
私が高校生に上がるときにようやくこの技術が導入されることになった。

私は帰宅して二階の自分の部屋に入った。なんてことはない四畳半の部屋にベッドと机と本棚が置いてある。
本棚にはいくつかの本と大量の漫画、あまり年頃の女の子らしい部屋ではないと自分でも感じる。
だらだらと漫画を読んでいたら母が夕飯ができたと呼んできた。
夕飯は私の好きなカニクリームコロッケで、デザートに父が会社帰りに買ってきたプリンを食べた。
この春中学校にあがった弟はどうやら楽しくやれてるようで和気藹々と家族で話をした。
父に実力テストの結果が良かったら新作のゲームを買ってもらうよう約束してもらった。
団欒も終わり、順番にお風呂に入ってまた私は部屋に篭り、少し学校の課題をした。
あまりはかどらずに携帯をいじっていたらねむくなってきたので歯を磨いて寝る用意をした。
私は首輪を取り出してつけた。柔らかい質感でちょうど私の首にフィットするように作られている。
この首輪みたいな機械のスイッチを入れると私の「意思」は失われその分エネルギーがこの首輪に溜まっていく、いわば人間で充電できる電池である。
一方、首輪によって「意思」を失った私はというと今までの経験による行動をロボットのように繰り返すだけだ。
つまり考えるという行為を放棄し、いつもと同じこと(今の場合は布団に入って眠る)だけができる。
その間の記憶はもちろん保持されない。ちなみにこいつにはタイマーがつけられていて一時間間隔で設定できる。
ただ最長連続六時間で自動的にスイッチが切れるようになってる。
これは政府から課せられたノルマは一日六時間だからだ。
一日六時間分のエネルギーを溜めていないとその分だけ罰金が課せられる。
逆に一日に六時間以上この装置にエネルギー提供する人はわずかだが報酬をもらえる。
もっとも私の場合は親にいくわけだけど。そういうわけで私は首輪のスイッチを入れた。
さよなら私、また六時間後に。

2,ある漫画家の最後

その次に食事の時間がなくなった。
政府は10歳以上の全ての人々に対して食事の時間30分の間首輪をつけることを義務付けた。
したがって人々は食事を目の前にすることはあってもその時点で「意識」は消えそれを食べた記憶などは全て残っておらず次に認識できるのは空の皿とそして満腹感だけであった。
これには当然反発が出たがエネルギー事情を考えると仕方のないことであった。
首輪をつけている間、つまり「意識」のない間に人々ができるのはあくまでもそれまでの経験により思考することなく行動できるものに限るため、
状況に応じて行動を変えなければならない仕事や新しいことを覚える勉強などはできない。
そのためこのとき人々はまだ一日の半分以上は「意識」を持っていられた。
しかし食事に加え風呂や歯磨きなど一日のルーティーンワークは徐々に失われていった。


その男は途方にくれていた。彼はかつて漫画家であったが、政府によりその職が失われた。
漫画や本など全ての娯楽はもうこの街にはなかった。
意識が失われた時間の分だけエネルギーになるということは、時間が資源であると言い換えられる。
誰でも等しくそれぞれ時間という資源を持っているため、それを無為に消費する「娯楽」は全て悪と捕らえられるようになった。
時間資源主義となった社会において全ての娯楽は失われていった。
彼は小さな頃から漫画家になるという夢があり、彼は努力によってその夢を叶えた。
彼は漫画を描くことでたくさんの人に向けて伝えたいことがありそれができるという自信があった。
しかし彼の作品は政府によって全て外の世界へと廃棄されてしまった。
彼は政府に対して抗議したが当然聞き入れられることはなかった。
憤慨した彼は同じ考えをもつ仲間を集めデモを行った。
時間資源第一主義の社会において非生産的なデモは当然、大罪となる。
彼と彼の仲間は全員捕まえられた。そして彼らは首輪を付けさせられた。

チクタクチクタク……
無機質な時計の音がやけに大きく聞こえる部屋で漫画家の彼は
「全く嫌になるね、これじゃあまるで家畜のようじゃないか。
 これからエネルギー不足の解消に貢献する貴重な人材をもっと丁重に扱おうと思わないのか」
と、自分に付けられたタイマーの付いていない首輪を触りながら皮肉たっぷりにそう言った。
それに対して、これから彼の意識を永久に奪うことになる執行人の男は無機質な声でこう返した。

「君は本当に、この首輪の目的がエネルギー解消のためと思っているのかい?」
「他に何があるというんだ?」

「もちろんエネルギー不足解消も目的の一つさ、ただし政府の発表程の効力はない。せいぜいレジ袋をエコバッグに変える程度のもんだよ」
 執行人はまるで独り言のように淡々と話していく。

「人の意識から生まれるエネルギーってことは、そもそも人が摂取した以上のエネルギー量を取り出すことはできないだろ。
 太陽光みたいな街の外部のエネルギーじゃないから、街全体のエネルギーの総量が増えたわけじゃない」

「それでも無意味ではないんだろ?」

「ああ、もちろんさ。首輪をつけたやつらは普通の人よりエネルギー消費が少ない、いわゆるエコ人間ってわけだ」

エコ人間、そのなんとも言えない響きを確かめるようにもう一度小さく呟いた。
つまりはそういうことなのだ、逮捕されて牢屋に入ってから毎日のように同じ時間に単純労働をさせられたのは。
そして、これは、いつの日か俺のように捕まった人たちだけのことではなくなるだろう。それこそが今回の政策の真の意図だということだ。

彼は諦めたように執行人に言った。

「お前の言いたいことがわかってきたよ」

「そうかい、それは説明の手間が省けて何よりだ」

執行人のやけに芝居かかった話し方を聞いているうちに、
彼はふとあることに思い立った。
「もしかして、お前も――」
言いかけている途中で、時計の長針がちょうど真上にきた。
まるで彼の存在など意識していないかのように執行人は機械的に首輪のスイッチを押した。

 そこで「彼」は消えてなくなった。


3,ある父親の日記

○月×日
今日の朝は気づけば会社にいた。タイマーを出勤時間にしてみたのだが無事会社にいけたようだ。
それもそのはず20年勤務した会社に行くことなんてルーティーンワークでしかない。
そんな無駄な時間を過ごすくらいならエネルギーにしたほうが社会のためである。
会社の仕事は順調だった。思えば私が意識できる時間は今では仕事中だけだが不思議とストレスや疲れはたまっていない。
これは無意識の間にしっかり身体を休めることができているからであろう。
夕飯がハンバーグだった。

○月△日
今日も同じように会社にいたとこから意識は始まった。
今日は会社で同僚にミスがあり残業だった。あの同僚はいつも同じようなミスをしているため今日みたいな残業は定期的に起こる。
おそらくこれは私の推測であるがあの男は全ての時間首輪のスイッチを入れているのだろう。
まったく政府もなぜ外からスイッチが入ってるかどうかを確認できるようにしなかったのだと思う。そこはやはり個人情報に入るのだろうか。
私の同僚のように自分の「意思」を引き換えにする男は今の社会珍しくない。そうすることによって政府から補助金がでる。
つまり「自分」と引き換えに家族への金銭的援助を行うということだ。幸い私はそうせざるを得ないほど経済的に困ってはいない。
もっとも皆が皆、そうした場合仕事が成り立たなくなるのだが...。

○月□日
今日もまたあいつのせいで残業だった。
最近思考を手放す人が増えてきている。そのせいで同じようなミスばかり目立つ。
まったく腹が立つことだ。今日は妻が寝坊していたようでそのせいで子どもたちが学校に遅れたらしい。
帰宅して夕飯を食べた。今日はオムライスだった。

△月○日
今日は会社でこんなことを考えていた。そういえば私がまだ家で意識を保っていたとき日記を付けていたはずである。
その日記は私が10年前から書いているものであるから私の脳はそれを「毎日すること」と言う風に記憶しているはずだ。
内容も今日考えたことと起こったことを三行以上で書くという風に決めているから。きっと今も私は「意識」せずとも日記を書いているのだろうな。
しかしどうやって「意識」がある状態で読めばいいのだろう…。まぁ読めなくてもいいか。

△月×日
今日はまた残業だった。また意識のない人のミスのせいだ。
昨日は「意識」がなくても日記が書けるかについて考えていたが、もし私も意識が完全になくなったら日記はどうなるのだろうか、ということについて考えていた。
おそらくその場合、思考した記憶がないため事実だけを三行以上書き続けるのであろう。今日の夕飯は生姜焼きだった。

□月○日
今日は朝起きてご飯を食べた。今日は会社の仕事のうち書類整理は首輪のスイッチを入れることにしてみたが思ったよりはかどった、というかめんどくさい仕事は一瞬で片付いたように思えるこの方がいいのかもしれない。
帰宅したら妻の機嫌がよかった。長男のテストの点が良かったらしい。

□月×日
今日は朝起きてご飯を食べた。会社に出勤して残業をした。
いまやほとんどの仕事を首輪のスイッチを入れて行えるようになった。
今意識のある人はどれくらいいるのかと思った。だいぶ遅くなってしまったため妻に怒られた。

□月△日
今日は朝起きてご飯を食べた。会社に出勤して残業をした。
会社の仕事は順調で私にはミスはなかった。帰宅途中で数年ぶりに高校の同級生と会った。
帰宅すると夕飯が出来ていた。カニクリームコロッケだった。風呂に入って寝た

□月□日
今日は朝起きてご飯を食べた。会社に出勤して残業をした。
会社の仕事は順調で私にはミスはなかった。帰宅するときに人工的に映し出された星が見えた。
帰宅すると夕飯が出来ていた。今日はカレーライスだった。風呂に入って寝た。

×月○日
今日は朝起きてご飯を食べた。会社に出勤して残業をした。
会社の仕事は順調で私にはミスはなかった。帰宅するときに人工的に映し出された星が見えた。
帰宅すると夕飯が出来ていた。そして風呂に入って寝た。

×月×日
今日は朝起きてご飯を食べた。会社に出勤して残業をした。
会社の仕事は順調で私にはミスはなかった。帰宅するときに人工的に映し出された星が見えた。
帰宅すると夕飯が出来ていた。そして風呂に入って寝た。

×月△日
今日は朝起きてご飯を食べた。会社に出勤して残業をした。
会社の仕事は順調で私にはミスはなかった。帰宅するときに人工的に映し出された星が見えた。
帰宅すると夕飯が出来ていた。そして風呂に入って寝た。

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