いのちの授業を始めます

「我々はこれまで幾多の苦渋を味わい続け、また、辛酸も舐め続けてきた。

振り返ってみようではないか。

我々が“良い人”のレッテルを重んじ、人に優しく、人に誠実であり、明朗な人格を形成することで高みへと昇華しようとしている時。

開き直ったアホどもが次から次へと新鮮な、あるいは熟れた果実を颯爽とかっさらっていった現実

我々はそれを、指をくわえ見守るしかなかった。

出会いを求めて街コンに参加し、合コンに参加し、何かの会議では興味のないフリをし、そこでなぜか同じ参加者の男性との友達の輪がどんどん広がっていく。大いに結構!

だがいつの間にか脅えるようになってしまってはいないだろうか?

噂が立つことを恐れ、女性たちからの『あの人は他の男たちとは違うよ。紳士で誠実だよ』という点数の無い高評価を欲することに躍起になっていたのではないか。

大いに結構である。


だが諸君!

今一度、今一度思い出していただきたい!

我々は、なんのためにオシャレをしているのか!

なんのために街コンに行くのか!

なんのためにマッチングアプリに登録しているのか!

露出した大きな胸の谷間を紳士的に敢えて見ないふりをして内心悔しがるのが漢であるといえるのか!

そこに大きな旨があれば、無我夢中でむしゃぶりつく。

それこそが我々の真の正義ではなかろうか!


本来制御役でしかないはずの“理性”が欲望や本能を押し潰し、振り回し役になってしまっている現状に泣く哀しきロールキャベツ達よ立ち上がれ。

そして思い出せ。

我々が駆られたあの高校2年生くらいから大学3年生くらいまでの衝動を!


我こそは!

ここに!初期衝動の理性越え!全男性たちの自己改革、自己革命を提言する者である!


さあ諸君。共に歩もうではないか。


ヤるか。ヤらないか。


諸君の得意な“選択”の時間である!」

×××

先日の飲み会は楽しかった。

私達“敗者”は突発で飲み会を開き、それに参加してくれた方々と大いに飲んだ。

あのとき、私達の言葉はアルコールでできていた。


私達は何度も初期衝動について話し、原点回帰を誓いあった。


楽しかった。そしてアツかった。


私とケンイチくんは互いの今後の健闘を祈りあい、マティーニをペロリと舐めた。


いまの自分たちなら何でもできる。


そう。世界だって変えられる。


楽しい宴を終えた僕は家路へとつき、深い眠りへと堕ちた。


幸い翌日は休みだったので目覚まし時計をかける必要もなかった。


楽しい1日だった。アツい1日だった。

きっと次の日から世界は変わっているはずだ。

×××

翌朝目覚めた私は何も変わっていない世界に向き合った。

結局私の身には何の変化も訪れず、残っていたのは居酒屋のレシートとひどい頭痛だけだった。


ミント味の歯磨き粉で歯を磨きながら寝惚け眼をこすり、私は回想に耽った。


昨夜はいったいどれくらい飲んだのだろう。


次々と血気盛んとなった男性たちが夜の街に消えたのは覚えている。

そのあと私は酔っ払ったケンイチくんをハプニングバーへと叩きこみ、自分は踵を返してドリームジェット(中央線)に乗るために急いだ。

そこで私の記憶はプツリと途絶えている。

我ながらよく家まで無事たどり着けたものだ。

まったく。
私の終電にかける執念には自分のことながら驚かされる。


そしてラインを開いたときに表示されていた画面をみてそれは確認されたのだった。

そこにあったのは私の送信メッセージである。


【やあ。今日はありがとうございました。デートしようと誘いながら、こういう会に引きずりこんでしまって申し訳ない。

キミがいてくれてよかった。

次は本当にデートをしよう。僕はキミが好きだ。僕が生きるそれ以上の意味はなくたっていい。

キミとキスがしたい。それはちゅっでもちゅーでもなければ生易しいものではない。本当のキスだ。本当のキスを、キミとしたい】

なんだこのラインは・・・


そう。
昨夜私はたしかに女性を唐突に呼出し、皆で共に酒を飲んだ。

そしてたしか途中まで一緒に帰った。


しかしこのラインは・・・うーむ。

これが初期衝動の賜物か。

あるいは酒か。

70%酒のせいであろう。

しかしながらこのライン、意識が途切れ途切れにしては我ながら良い出来だ。

デートとキスという、本来まわりくどく何回もラリーを重ねなくてはならいくだりを簡潔にまとめている点が好感がもてる。

それにストレートで実直じゃないか。

ちゅーという表現とキスという表現を織り混ぜるだけでなく、そこに“君が好き”を同居させている部分も気がきいている。


すごいぞ初期衝動。

やれるぞ初期衝動。


×××


以上で、いのちの授業を終わります。

はい、ザワザワしないよ?
ザワザワしない!

…え、おじさん誰って?

いや別に誰でもないよ。いや、先生とかじゃないよ。

教員免許持ってないしそもそもおじさんは童貞だよ。

いやだから、おじさんはあれだよ。いのちの授業をしにきた人だよ。

え?先生?

先生はいるよ。

分かんないけどzoomかなんかで身内で酒飲みながら出る杭打ってるんじゃない?

それにうんざりしたんでしょ?

あれはこういう理由でできない。それはこういう理由でできない。

なんなんだろうなあってなってるんでしょ。

だからみんな生きてることを実感したいんでしょ?

どんなに幸せを感じても、どんなに理不尽に思っても

結局自分がなんで生きてるのか、自問自答するんでしょ?

その“いのち”、満たされるときなんてひとつでしょ?

みーんな、チヤホヤされてるときが輝いてるときでしょ?いのち。

そのためには初期衝動を認めることでの原点回帰だよ。

つまり、恥かいても勝負するってことだよ。

それが“いのち”だよ。

「生きてるだけで!」なんて暗闇だ。

光を探そう。輝いてなんぼだよ。

そのための勝負だよ。

そのために選択するんだよ。

ヤるかヤらないか。

わかるでしょ?

ずっと選択してきたじゃんこれまで。

ずっとチヤホヤされようと、モテようとしてきたじゃんこれまで。

え?先生はモテるのかって。

だからさっき言ったでしょ?“敗者”だって。

でも良い人ぶって家でオナニーして手を洗わないで敗者に触る奴よりは清潔でしょ?


あ、ちょっと!痛い痛い!

急に何すんだよ!蹴るなってほら!座れよ、、座れって!ちょっとなんだよお前ら寄ってたかって、、やめろよ!おい!

お嬢様学校の女生徒がそんなことじゃダメだろ!

…ぐ、ぐ、ぐわああああ!でもあれだ!悪くない!むしろ良い!おじさん、女王様から出禁くらうぐらいのマゾだから!こういうの全然、嬉しい!!もっと欲しい!!もっと蹴ってくれ!


え?クソみたいなオチやめろって?


大丈夫だよ。

このオチ書いてる奴は先生じゃないから。


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