メロンに生ハムを

『松岡さんは結婚とか考えてないんですか?』


今井の彼女は私にそう訊ねた。


せっかくの日曜日を会社の従業員の交流食事会の引率のために潰され、ただでさえ不機嫌な私に、同じく引率係だった今井の彼女はそう訊ねたのだ。生ハムを頬張りながら。

「はあ・・・いやー・・・」

『私ってまだ入社して二ヶ月なんですけど、いきなり社内結婚したら、さすがに色んな人に怒られますよねw』


いや知らんけど・・・


今井に彼女ができたのは先月頭のことだ。

順調に愛を育んだ、というわけではなくわりと紆余曲折を乗り越える型の大恋愛の末(とは言っても2週間くらいで)、晴れて社内カップルとなった今井と今井彼女。

正直私はかなり今井の相談がうざかった。

ツッコミどころも満載だ。


・今年に入って告白されたの三回目だわ!←はいはい。
・マンガ喫茶で耳なめたらマジでかい喘ぎ声あげてさあ。周りに“おっ!あいつら何かしてんのか?”って思われないか焦ったわ。←高校一年生かお前は。
・顔が全然タイプじゃないんだよなあ。あの顔無理っしょ?←無理です。
・なんか彼女さ、似てる芸能人とかにカテゴライズされない顔じゃん←いや、青島元都知事に似てますよ。
・今日もエッチしちゃったwドピュってw子供できちゃったらどうしよ←←ちょっ・・・なにこれ聞いてるだけなのにすげえ俺が恥ずかしい///


とにもかくにも気持ち悪いのだ。


そんな男の彼女が、日曜日の昼下がりに、ヒルトンホテルのビュッフェで、私の目の前でローストビーフを食べている。

それはそれは大きく口を開けて。

×××

いじわるばあちゃんみたいな顔だ。

っていうか髪型だ。


何が原因なのかはわからないが、彼女のひとつひとつの仕種が私をイライラさせた。


彼女が話をしている間、私は椅子の背もたれいっぱいに腰をかけ、足を組み、腕を組み、時折とってきたシーザーサラダをつついた。

こいつが酒を飲めないというので、現場従業員の注ぐビールを一手に引き受けた結果、わずか一時間足らずでビン6本分のアルコールを服用してしまった。

グラスを一杯空ける度に、今井彼女は『大丈夫ですか?』と訊いてきて、それがより一層私を苛立たせた。

今井から私は酒癖が悪いとでもきかされているのだろうか?


仮に私の酒癖が悪かったとしてもあんたの彼氏のサブい酔い方よりは遥かにマシだ。

『松岡さんって最低なんですよね?』

「僕ですか?いや別に・・・」

『毎日のようにガールズバーとかキャバクラとかそういうお店行って、遊んでるんですよね?』

「いや毎日ではないですけど・・・」

『お金にものを言わせて片っ端から女性を口説くのはダメですよ』

「いやそんなつもりはないですが。嫌なことが多いので金を払って酒と女性に逃げているだけですので」

『お金がもったいないじゃないですか!時間だってもったいないし』

「はい」

『そういうことをする暇を、大切な人のために費やすべきです。そのほうが全然幸せですよ!』

「やっぱりそういうことするほうが正解なんですかね」

『少なくとも間違いではないですよ』

ムカつくわー。
こいつムカつくわー。

実にバカげた思考である。

っていうか貴様は恋愛より仕事をしろ。


潜在的に性善説に心酔し、バカげた正義を説くようなタイプに違いあるまい。

コイツは純愛を育むことによって心を満たす。

私は不貞を重ねることで性欲を満たす。

そこにどれほどの違いがあるのだろうか。


今井彼女は自身の行為によって大切な誰かを幸せにするかもしれない。

しかしそれは、私が稼いだ金を浪費して資本主義経済を潤すことと何ら変わりはないではないか。

正義や愛で解決しないことがないよう、金で解決しないこともないのだ。

もっとも、私の資金源は底をつき、何ひとつない無力さに溺れ続ける現状ではあるが。

×××

上司が脳内出血で倒れ、また、その代わりの上司は病気で緊急入院することになった。

先輩は先輩でこの大変な時期にあろうことが旅行に出かけたり、再就職活動に出たりで休みがちである。

追随して来期予算の作成も始まり、今や私はパンク寸前のファンクである。

ならばこんな記録書いてないで仕事しろ!という意見もあるだろう。

だが理解していただきたい。

これだけ追い込まれても仕事する気がまったくおきないのだ。

白羽の矢なんてものは常に残酷に立つものだ。

故事の物語でもそうだ。

あれは華々しい抜擢を表向きに、残酷な運命に向き合う諺だ。

私の場合、残酷どころか無気力だ。

明日も定時より早く家に帰ろう。


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