Squeethを用いたarbitrageとその利回りの計算

こんにちは、ホライゾンです。Squeethというデリバティブがあるよ、という記事をcoinrunさんで見つけました(https://twitter.com/coinrun_net/status/1490341137579933700)。かなり驚いたと同時に、これは面白そうだということで、今回はsqueethを用いたarbitrageについて書いてみたいと思います。物理学者らしく、簡単な数式も交えて、諸量を計算していきます。​

1.Squeethとはなにか、どこが面白いのか

Squeeth(https://squeeth.opyn.co/)とは、ETHの価格の2乗に連動するように設計された、Defi上のデリバティブです。どれくらい厳密に連動しているか等の詳しいことはわからないのですが、今回はこれを認めて議論していきましょう。

価格の2乗に比例することの何が面白いのかと疑問に思うでしょうが、これはETHの価格が上昇すれば、通常の無期限先物でのETHロングよりも大きな利益となり、下降した場合でも小さな損失に抑えられるという性質があり、無条件にロンガーにとって有利な商品になっています。具体的には、ETHの現在価格を$${X}$$、ロングポジションを持ったときの価格を$${X_0}$$とおくと、Squeethを1枚ロングしたときの利益(損失)$${P}$$は


$$
P=aX^2-aX_0^2 \tag{1.1}
$$

となります(ただし$${a}$$は定数)。一方で、無期限先物で$${n}$$枚ポジションを持った場合、利益は$${P_{\rm Future}=n(X-X_0)}$$となります。$${n=2aX_0}$$の場合、これをSqueethの利益と比較すると

$$
P-P_{\mathrm{Future},n=2aX_0}=a(X-X_0)^2>0 \tag{1.2}
$$

となり、常にSqueethの利益が無期限先物の$${2aX_0}$$枚ロングを上回ることになります。この式は言い換えれば、Squeethを1枚ロングしつつ、先物で$${2aX_0}$$枚ショートすれば、どのような価格変動に対しても必ず利益を出せるということを意味します。

$$
P+P_{\mathrm{Future},n=-2aX_0}=a(X-X_0)^2>0 \tag{1.3}
$$

このようなアービトラージが考えられるので、価格の2乗に比例するようなデリバティブがあると聞いたときに、僕は非常に奇妙だと思ったわけです。

ちなみにここまでの議論は、価格の2乗に限った話ではなく、価格の関数$${f(X)}$$に連動するデリバティブで、$${f(X)}$$が下凸関数になっているもの全般に共通する性質です。具体的には、連動デリバティブ1枚ロングに対して、$${f'(X_0)}$$枚ショートすることで、アービトラージを構成できます。

$$
P+P_{\mathrm{Future},n=-f'(X_0)}=f(X)-f'(X_0)(X-X_0)>0 \tag{1.4}
$$

価格の変動によらず利益が出るのは、Defiに触れている人なら皆聞いたことがあるであろう、Impermanent lossと同様の理由です。DEXにETHとUSDを流動性提供した際の資産価値は、今回の場合とは逆に価格$${X}$$の上凸関数(ETHが高くなるとETHの枚数が減り、逆に安くなると枚数が増えるので。)ですから、上の不等式は逆転し、どのような価格変動に対しても損失が出ることになります。

2. アービトラージの利回り期待値

次に、この戦略の利回りを計算してみます。$${f(X)}$$が2次関数ではなく一般の場合は、$${f(X)\simeq f(X_0)+f'(X_0)+\frac{f''(X_0)}{2}(X-X_0)^2}$$と2次近似して、以下の議論を進めてください。この近似は、現在価格$${X}$$がポジションを持った時の値$${X_0}$$とそこまで変わらないうちは有効です。

今、ETHの価格$${X(t)}$$が完全にランダムに、単位時間あたり変動率$${σ}$$で確率的に変化すると考えます。より数学的に言えば、ポジションを持った時刻を$${t=0}$$、現在時刻を$${t}$$としたとき、$${X(t)}$$は幾何ブラウン運動に従うということです。

$$
dX(t)=\sigma X(t)d W(t) \tag{2.1}
$$

ただし、$${X(t)}$$はウィーナー過程であり、ランダムな単位揺らぎを意味します。ここで、$${t}$$が小さいと思って$${X(t)\simeq X_0}$$と近似すると、$${X(t)}$$は無限小揺らぎ$${\sigma^2X_0^2}$$のウィーナー過程に従い、

$$
X(t)-X_0=N(0,X_0^2\sigma^2 t) \tag{2.2}
$$

が成り立ちます。ただし$${N(\mu,S^2)}$$は、平均$${\mu}$$分散$${S^2}$$の正規分布です。すると、アービトラージ利益$${(1.3)}$$の期待値は、

$$
\braket{P+P_{\rm Future}}=\braket{ a( X(t)-X_0)^2} = aX_0^2\sigma^2 t \tag{2.3}
$$

と与えられます。これにより、単位時間あたりの利回りは

$$
\mathrm{APY} =a X_0^2\sigma^2/X_0\tag{2.4}
$$

となることが求められました。現時点でSqueeth/ETHは$${0.29}$$、ETHの1日の価格変動率の標準偏差は5%程度(https://www.buybitcoinworldwide.com/ethereum-volatility/)なので、$${(2.2)}$$より

$$
aX_0^2/X_0=0.29, \sqrt{\sigma^2 \times \frac{1}{365}[\mathrm{years}]}=0.05,\tag{2.5}
$$

$$
\to \mathrm{APY} =a X_0^2\sigma^2/X_0 =0.91=91[\%/\mathrm{year} ]\tag{2.6}
$$


と、非常にsensationalな結果となりました。今すぐ全財産を動員してポジションを組みたいところです。

しかしノーリスクでこのような高利回りが得られるのは、市場原理の観点からも想定しづらいことが予想されます。実際、市場参加者がみなこの戦略に従ってSqueethロングETHショートを行うと、Squeethは目指すべき価格$${aX^2}$$から大きく上に乖離していきます。それゆえSqueethをきちんとペグするためには、多くの資金調達率がロンガーから徴収されるでしょう。実際、直近の資金調達率を調べると、Squeethは$${0.18\%/\mathrm{day}}$$となっており、無期限先物を$${0.01\%/\mathrm{8hour}}$$とすると、$${(2.5)}$$と組み合わせれば

$$
\mathrm{FR} = (0.18\%-0.01\%\times 3 \times 2aX_0)\times365 = 59[\%/\mathrm{year} ]\tag{2.7}
$$

がポジション維持にかかる手数料です。なかなか高額ですね。これを$${(2.6)}$$から引いたのが実質の利回りとなります。

市場が最適化された状態では、Squeethのロングと2枚ETHショートで支払う資金調達率が、ちょうど上で求めたAPYと一致することが期待されます。逆にこれらがまだ乖離しているのなら、手つかずの聖杯がそこに残っているかもしれませんよ。

(追記)

一日経った現在、資金調達率はSqueathが$${0.26\%/\mathrm{day}}$$、無期限先物が$${-0.005\%/\mathrm{8hour}}$$となっており、あらためて合計を計算すると

$$
\mathrm{FR} = (0.26\%-0.005\times 3\%\times 2aX_0)\times365 = 98[\%/\mathrm{year} ]\tag{2.7}
$$

が得られました。これは$${(2.5)}$$と非常に近い値で、理論が現象をよく説明していることが分かります。今後も、注意深く値を追っていこうと思います。

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