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ぼくは人生の半分を損しているという話

食べ物の好き嫌いが多いという自覚はない。
生魚・生肉・臓物類・貝類。
絶対に無理なのはこれくらいなのだが、人に言わせるとこれでも十分好き嫌いが多いことになるらしい。

たしかに、刺身(要するに生魚)が食べられないとなると、いろいろと困るのも事実だ。それなりにちゃんとした和食を食べに行けば、必ず出てくるお造り盛り合わせ。アレが食べられないってだけで、なんだか「ダメなヤツ」「お子さま」感が半端じゃない。おまけに、たとえキレイなおねえさんと仲良くなっても「こんどいっぺん新地で寿司でもどや? デヘヘ」というエロオヤジみたいなこともできない。
それはたしかに、ちょっと悔しいような気もする。

しかしそんなことより腹立たしいのは、ぼくが「刺身が食べられません」というと、

「あー。人生、半分損してるね」

などと、妙なしたり顔でいう人がいることである。
なんでやねん。
お前の人生の楽しみや喜びの半分は刺身なのか。
そうなのか。ん? 何とか言ってみろ。

今よりももっと若かりし頃、職場の同僚数名の飲み会でこんなことがあった。
すでに飲み始めてから2時間近くが経って酔いも回り、テーブルの上のつまみもあらかた片付きかけたころ。みんなすでにおなかもいっぱいになり、「どうする? 二軒目行く?」という雰囲気のところに、打ち合わせが長引いていたF氏が遅れて店にやってきた。
彼は席に着くなり刺身盛り合わせをオーダーした。
「えっ、このタイミングで刺身盛り合わせ・・・」という空気になったが、仕事から解放されてはしゃいでいるF氏の「カンパーイ!」の声に、まあ腰を据えて飲むか、ということになった。

やたら豪勢な刺身盛り合わせが登場した。
「ここの刺身は新鮮でうまいんやで。みんなも食べてや!」とF氏。とはいえ、みんなすでに満腹でほとんど手を付けない。
「なんや、みんなおなかいっぱいなんか・・・」と残念がるF氏。と、「きみも食べへんの?」と、ぼくに訊ねてきた。

私「あ、ぼくはお刺身ダメなんですよ」
F「えっ! なんで? アレルギーとか?」
私「いえ、単なる好き嫌いです(笑)」
F「この店のは美味しいからきっといけるって。食べてみ」
私「いや、無理なんで・・・」
F「なんや・・・もったいないなー。
  きみ、人生半分損してるで」

はい、いただきました!
「人生半分損してる」。


前述のとおり、この時は今よりもっと若い時分の話なので、ぼくももう少しばかり血の気が多かった(笑)。なので、F氏の発言にカチンときたのだ。

私「なんすかそれ。人生の半分?
  じゃあ、Fさんの人生の楽しみの半分は刺身なんすか?」
F「え? い、いや、そんなことあらへんけど・・・」
私「Fさんは、刺身のほかに好きなもの、
  例えば、趣味とかそういうのは何かあるんですか」
F「しゅ、趣味・・・それは・・・ゴルフ、かな・・・」
私「へー。じゃあFさんの人生、
  刺身以外の残り半分はゴルフなんですね」
F「そ、そんなこと・・・」
私「刺身とゴルフかー。
  Fさんの人生は半分が刺身、半分がゴルフ!
  人生、刺身&ゴルフかー! あはははは!」

当然だけど、この発言で致命的に場がシラけてしまった。
気の抜けたビールやチューハイのジョッキをぼんやりと眺めるだけの置物と化した私たちは、気まずい雰囲気に耐え切れず、早々に会計を済ませ、店を出ると蜘蛛の子を散らすように別れた。

こうして思い出すと、ぼくも悪い(笑)。ごめん。
今のぼくなら、よっぽど虫の居所が悪くても、こんなことは言わない。

好意的に推測するならば、「人生の半分損してる」発言をする人は、もしかすると相手のことを思って「こんなに美味しいんだもん、ぜひとも食べてみてほしい!」「こんなに楽しいこと、やってもらいたい」という心優しい人なのかもしれないし、「この美味しさ、この楽しさ、この喜びを、あなたと一緒に分かち合いたいんだ!」と思っている熱いハートの持ち主なのかもしれない。

どうなんだろう・・・。
違うかもしれない(笑)。

とにかく。
人にはそれぞれ、好き嫌いもあるし、アレルギーだってあるし、どうしてもできないこともあれば、乗り越えられない壁もある。
ぼくだって、人が新鮮な刺身を食べているのを見ると「うわあ、美味そうだな・・・」と心底思う。で、実際、食べてみたことも何度もある。
でも、やっぱりダメなのだ。どうしても無理なのだ。
だから、食べられる人が羨ましいし、食べられない自分が情けなく、恥ずかしいという気持ちさえある。

そういうことをすっ飛ばして、「おまえは人生の半分(の喜び・楽しみ)を(知らないから)損してる」という言葉を投げかけるのは、ものすごく失礼で残酷なことだと思うのだ。
まあ、わかってもらえる人だけにこの気持ちが伝われば、それでいい。

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