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昆布茶とおじいちゃん社長の話


仕事の手を休めて昆布茶を飲んでいます。
昆布茶を飲むたびに思い出すことがあるのです。

昔むかし、ぼくが就職したばかりの頃(おおかた30年前)、さっぱりダメな営業マンだったぼくは、毎日の仕事が苦痛で仕方がなかった。後先のことなんか、これっぽっちも考えずに、会社を辞めることしか考えていなかった。月曜日の朝はジャンプで連載中のドラゴンボールを読むことだけを唯一のモチベーションにして会社に向かう、そんなクズサラリーマンだった。

そんな時に先輩から、ある会社の担当を引き継いだ。
もはや社名も忘れてしまったんだけど(ごめんなさい…)、住之江とか南港とか、あのあたりにある会社だったと思う(記憶が曖昧)。すべり台やシーソー、ブランコとか、そういう、公園や校庭の遊具のメーカーだった(はず)。その会社の総合カタログをつくる仕事。
つまんない仕事だった。基本的には前年のものの改訂だし、撮影があるわけでもなければ、デザインだって全然イケてない。楽な仕事と言えば、楽だったんだけどね。
すごく小さな会社だったので、広報の担当者がいるわけでもなく、打合せの相手はその会社の社長。もう結構な年配の、おじいちゃんですよ。校正をしてくれるのはその奥さん、そんな感じ。まぁとにかく、そんな仕事だったので、ぼくはすごーく適当にやってたのね。

ある日、そのおじいちゃん社長が電話をかけてきた。
校正が終わったから引き取りに来てほしい、と。PDFとか、メールなんかない時代だよ。いや、インターネットがない時代ね。Windowsはもちろんないし、MacはⅡciとかぐらいかな? 版下台紙をコピーした校正紙の束を引き取りに行くわけ。

時間は夕方の6時過ぎ。季節は12月の半ば頃で、すごく寒かった。その日の午後、ちょっとしたミスをやらかして、別のお客さんのところでこっぴどく怒られていたぼくは、もう一秒でも早く帰りたかったんだよ。それなのに、こんなどうでもいい仕事の校正を、なんでこの寒い中、こんな時間に引き取りに行かなアカンねん・・・と思ったよ。
でも、おじいちゃん社長が、どうしても今日来てほしい、そう言ってきかないので、イヤイヤ向かいましたよ。営業車のミラをぶっ飛ばしてさ。

車を停めて事務所に入っていくと、おじいちゃん社長が校正紙の束と共に待っていた。
おおご苦労さん、すまんなあ。
そう言って校正紙を、どこかの百貨店の紙袋に入れてくれた。それを受け取って挨拶もそこそこに引き揚げようとするぼくに、社長の奥さん(もちろん、おばあちゃんです)が、寒いのにご苦労さま、ごめんなさいねえ無理言って、そう言いながら昆布茶を出してくれた。本当はもうそんなのどうでもいいよ、って気持ちだったんだけど、さすがにそういうわけにもいかず、小さな応接スペースのスプリングのくたびれたソファにもう一度座りなおして、その昆布茶を頂いたのね。

これが、なんだかめちゃくちゃ旨かったんだよなあ。
人生で飲んだ昆布茶の中では間違いなく一番旨かった。
気の利いた世間話をするわけでもなく、ただぼーっと昆布茶をすすっていると、社長がボソッと、
わし、明日から入院することになってしもたんや、
って言ったのね。
言ってる意味が呑み込めなくて、ぼくは、へ?とか間抜けな声を出しただけだったと思う。

社長の奥さんの話によると、数日前の夜に社長の具合が悪くなって救急病院に運ばれ、検査の結果なるべく早く入院が必要、ということになってしまったらしい。でも社長は、どうしてもカタログの校正を済ませるまでは入院しない、そう言い張って、なんとか入院の日をずらしていたんだって。

まあ、そういうわけやから、あとは頼むで!
社長はそう言って校正紙の入った紙袋をバンっと叩いた。
よろしくお願いしますね、と奥さんに頭を下げられながら、ぼくはその紙袋を抱えてミラに乗り込んだのでした。

ぼくは、入院の予定をずらしてまで、責任を持って校正してくれた社長の心意気に応えねば、そう心に誓ったのでした・・・

・・・が、しかし、心に誓ったあの思いはどこへやら、結局そのカタログ、できあがってみたら数か所誤植があって、訂正シール貼り対応するという無様な結果になりました。

要するに、ぼくが昔、いかにダメな人間だったかというお話し。
昆布茶を飲むといつも、この出来事を思い出すのです。
そして、ちゃんとしなくちゃ、って思うんだよね。

(2012年にFBに投稿したものを加筆修正して再掲)

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