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昔の自分が作った曲が送られてきた

blue sketchのボーカルがLINEでUnbrokenみたいなイントロの謎の曲を送ってきた。
よくよく聴いたら俺が昔作った曲だった。
blue sketchのシングル「懊悩の魍魎」と現在フィジカル制作中のアルバムの間に制作した多数の曲があって、それらは全部ボツになったんだけど、そのボツの曲の1曲だった。
我ながら、過去の自分は随分とカッコいい曲を作ったんだなと驚いた。

この曲を聴いて、明確に話し合ったわけではないけど俺とボーカルの間には無言の共通認識というのがあるなと思った。
俺の作る曲には明確なモッシュパートはない。
何故なら、それは用意されたパートだから。
我々「エモ」を根底にしているバンドにとって必要なのは感情の発露であって、用意されたダンスではない。
首振りの地蔵を如何に暴れさせるか。
そのためには感情を爆発させるしかない。
だから、暴れる必要はなく、大声を出させるのでも、手を突き上げさせるのでもいい。
体を動かさずにはいられなかった、そういうのが欲しい。

前にも書いたけど、幸せとは狂う事で、常に好きな事を考えている状態のこと。
だから、人を幸せにしたい(=狂わせたい)のである。

そのために曲構成は重要で、その核心となるパートへ如何に持っていき、その核心となるパートを如何に聴かせるか。

先日、とあるバンドのライブ映像を観た。
オープニングのSEからMCに入り、タイミングよく曲が始まる。
決まりきった演出、決まりきったパート、決まりきった煽り、言い方が悪いけどこれでは盆踊りである。
ここに感情の入る余地はないと思った。

ちなみに、bule sketchのボーカルは「感情の発露担当」。
今でこそ多少まともになったけど、昔は酷かった。
我を忘れて歌っているから、暴れた勢いで俺のエフェクターを踏むことがよくあった。
演者が感情を爆発させないと観るものも感情を爆発できない。
ここに決まりきった煽りなど存在しない。

モッシュパートも決まりきった演出も悪いわけではない。
目指すものが違うということ。
結局、自分がやりたいのはそういう「エモ」なんだと思う。

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