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東京オリンピックをめぐる「組織の不条理」とその回避(練習用)


                                                                                   慶応義塾大学教授 菊澤研宗
 
コロナウイルス問題が発生したため、今年、東京オリンピックは延期となった。しかし、来年も開催できるかわからない。再び延期となるのかどうか。延期されればされるほど、コストは増加し、日本は泥沼状況に陥る。


ところで、このような泥沼状況は、ガダルカナル戦での日本陸軍と似ている。近代兵器を具備した米軍に対して、白兵突撃戦術で挑んだ日本陸軍はこの戦術を中止せず、同じ戦術を取り続けた。一見、異なる現象のように思えるが、実はそこに共通のメカニズムがある。

最新の理論の一つである取引コスト理論では、人間は不完全で限定合理的であり、スキがあれば利己的利益を追求する機会主義的な存在と仮定される。それゆえ、見知らぬ者同士で取引する場合、だまされないように相互に多様な駆け引きが起こる。この人間関係上の無駄のことを「取引コスト」という。


この取引コストの存在を考慮すると、不条理な現象が発生する。たとえ、現状が非効率的あるいは不正であっても変化しないで維持・隠蔽した方が合理的という現象である。というのも、変化する場合、現状に利害をもつ多くの人々を説得する必要があり、その取引コストがあまりにも大きいからである。したがって、たとえ現状が非効率的で不正であっても、それを維持・隠蔽した方が合理的になるという不条理現象が発生する。

このような不条理に陥った事例の一つが、白兵突撃に固執したダルカナル戦での日本軍である。日露戦争での成功体験のもとに、日本陸軍は白兵突撃戦術パラダイムを長い年月と多大なコストをかけて洗練化してきた。それゆえ、白兵突撃戦術めぐって多くの利害関係者が存在し、この戦術を一夜にして変更・放棄するにはあまりにも取引コストが大きかったのである。
この高い取引コストを考慮にいれると、この非効率的な戦術を中止することは困難だった。むしろ、かすかな勝利の可能性さえあれば、たとえ非効率な戦術であっても、それを繰り返す方が合理的だったのである。

 この同じ不条理が東京オリンピック開催をめぐって起こる可能性がある。急速に拡大するコロナウイルス問題のもと、東京オリンピックは中止ではなく、延期となった。というのも、中止する場合、これまでオリンピックに投資した多額の資金は回収できず、それにかかわる多くの利害関係者を説得する必要があり、その取引コストがあまりにも高いために、中止ではなく、延期することが合理的だったのだろう。

しかし、延期となったオリンピックが、来年も開催できる保証はない。すでに、再び延期のうわさもでてきている。まさに、合理的に中止できないという不条理に陥っているように思える。

この同じ不条理な状況にあったのは、イージス・アショア計画であった。この計画は、国会で承認され、すでに多額の資金が投入されていた。それゆえ、これを中止すると、これまでの多額の投資がすべて埋没コストになる。さらに、その埋没コストや計画をめぐる多くの利害関係者が存在し、彼らを説得する必要があり、その取引コストも大きい。それゆえ、中止できず、合理的に失敗するという不条理に陥る可能性があった。しかし、河野太郎防衛省大臣がこれを中止した。その決断の本当の理由はわからない。しかし、この意思決定に、不条理を回避するヒントがあるように思える。

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