【お話09 チームとお昼ご飯

長テーブルの端と端に座って、2人は黙々と栄養を補給する。高瀬は自分で握ったおにぎりの味気なさを噛み締めて、塩っ辛い味噌汁で飲み込んでいく。反対側の端から、野菜ジュースをズズっと音が聞こえた。
「…高瀬さん、昨日のLINEのことで、俺考えたんですが…」
低く、小さい声で、柳が話しかけてくる。高瀬には聞こえているが、休憩室からは漏れることがないであろう声量だった。
「もう少し、高瀬さんがうちのチームと絡む時間が増えれば、解決すると思うんですよね」
柳は野菜ジュースのパックを潰し、一口だけ残っていたサンドイッチを口に放り込む。
もぐもぐと口を動かしながら、マスクをつけた。
手をウェットティッシュで拭き、スマホを手にする。傷だらけなのに、なんのカバーもつけていない。でもそのスマホは身軽そうだった。

高瀬は、おにぎりにガブリ、と噛みつく。もごもごと口を動かした。
時間が解決する。そういう問題なのだろうか。
あのチームと関わりだしてから、もう1ヶ月は経過している。もちろん、チームで絡む時間は、柳とは比べ物にならないほど短い。チームメンバーのことは柳のほうが圧倒的に詳しいに決まっている。
「そうだな…」
いまよりももっと、柳のチームに関わるようにする。考えてみれば、全くできないことはないと思うが、それで意味がなかった時に、時間の無駄だったと落胆するのが怖い。
「高瀬さんが加わってくれて、俺らのチーム本当に助かってるんです。今までなかった意見が聞けて、勉強させてもらってます」
「大げさだよ。俺だって、柳のチームに入れてもらって、随分いい経験させてもらってる」
マスクをつけていても、柳が笑ったのが分かる。こういうやつだから、無下に断れないのだ。

ガサガサとビニールの袋が擦れる音がする。高瀬と柳はさっと目線を交わし合い、黙りこんだ。
手元に残っていたおにぎりの最後の一口を放り込み、マスクをつける。
「あれ、高瀬くんと柳くんじゃん。お疲れ様」
「お疲れ様です。佐野さん」
「お疲れさんです」
入ってきたのは、高瀬と同期の女性社員、佐野だった。コンビニの袋と片手にはカフェラテのカップを持っている。
佐野は長テーブルのちょうど真ん中に座った。高瀬とも柳とも距離が取れている。片手でメガネを直しながら、佐野はウェットティッシュで自分の使う周辺を拭いた。
「2人ともテレワークどうよ?」
「まぁ、俺は別に家でも問題なく働けてるかな。一人暮らしだし」
自分が先に口火を切る。一人暮らしである、ということを強調した話し方をする。
上司の中には、家には小さな子どもがいる人もいる。会議の度に、自家用車から参加する姿を見ていれば、一人暮らしであるメリットは強調してもいいところだ。
「俺も、特に不便は感じてませんよ。大学の卒業式だって、オンラインでしたから」
「そっかぁ、柳くんはそういう年齢なんだよね」
しみじみと相槌を打ちながら、佐野が座る。高瀬もスマホを片手に持ち直しながら、改めて1歳しか違わないのに、大きな隔たりがあることを感じる。
休憩室は定員オーバーになった。二年前まで、この狭い休憩室が、弁当の匂いで充満していたことを、高瀬は少しだけ思い出す。
「柳くんは分からないことあったら、高瀬くんとか私に気軽にLINEしてね。抱え込まなくていいから」
「ありがとうございます」
佐野は柳への真面目なフォローを入れて、マスクを外す。カフェラテのストローを口にして、うつろな瞳で飲んでいる。

スマホに目を落とす。6.1インチの画面に、アイコンが所狭しと埋められている。
一番開きやすいようにしているツイッターを、何気なく開いた。
「んっ!」
同じようにスマホを見ていた柳が、咳払いとも言えない、なんとも不思議な声を漏らす。
その声に驚いて高瀬が顔を上げると、マスクをつけた柳が目をキラキラさせてこちらを見ていた。
「高瀬さんっ!今度のメンテナンスからスタートするイベントの情報!公式が呟いてます!!」
見えもしない遠いその位置から、スマホの画面を高瀬に向けた。思わず、自分も立ち上がる。
「まじか!報酬なに系?」
「武器強化っすね!あーでもガチャです」
「ガチャかぁ…きちぃなぁ」
「高瀬さんが、うちのチーム加入してくれたおかげで、イベントは走りやすくなると思うんすけど…ガチャはどうにも…」
色々と分かり合えた二人は、机の真ん中でカフェラテを飲んでいた存在をようやく思い出す。
ついさっき、目配せをしてゲームの話題は止めようと合図を送り合っていたにも関わらず、やってしまった。
「もしかして…そのゲームって、」
控え目な声で、佐野がスマホを操作する。カチリとスイッチを入れた瞬間、耳に馴染んだアプリの起動音が聞こえてきた。
「佐野さん…やってたんですか?」
「結局、こんな時に遊べるのって、オンラインゲームが一番だよね」
「いや、佐野さん。PCからのガチ勢でしょ。さっきのイベントの話、PC版限定だよ」
「あ、そっか」
佐野はメガネを触り、ため息を吐いた。観念したらしい。
その後、三人でフレンド登録をした。
これで次のイベントはより走りやすくなった。
高瀬だけじゃなく、柳も佐野もどうせ同じことを考えているだろう。その思考が、手に取るように分かる。
マスク越しに、三人で笑った。

お前はもっとできると、教えてください。