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家族ってダサいと思ってた

来年の春、私にとって初めての子供が生まれる予定だ。

結婚して数年がたつけれど、夫も私も、お互い独身時代とほとんど変わらない感覚で生活していたので、子供が生まれるといよいよ「家族」になるのだなという感じがある。

男の子だろうか、女の子だろうか。子供が生まれたら、どんなふうに一緒に遊ぼうか、どこに連れて行ってあげようか。かわいらしい子供服を選んだりするのだろうか。

エコー写真を見てもまだ自分が親になるという実感がわかず、思い浮かぶのは漠然としたイメージだけ。まだ無事に生まれてくれるかどうかはわからないくらいの段階だが、それでも、楽しそうなイメージが先に出てくるのは、マタニティハイという言葉があるように、私も知らず知らずハイになっているのかもしれない。


家族が増えるっていいなあ。家族っていいものだなあ。なんて気持ちをじんわりと感じていたが、昔は、家族ってダサいと思っていた。

思春期の入り口に立った子供が一度は通る道だろう。小学校の高学年くらいになると、お出かけをするにも両親がついてくるのは恥ずかしいから、友達同士だけで出かけたかったし、母親が作ってくれるお菓子とか、上履き袋とか、そういうのがどうしようもなくかっこ悪く思えた。

とにかく、両親の関与しないところで動きたかった。自分の成果は、親ではなく友人や先生に認めてもらいたかった。親が評価してくれたからって、そんなの何の価値も無いじゃないか、だって身内なんだから。そう思えたのは、両親は私のすることを認めてくれるのが当たり前と思える環境だったということの裏返しでもあるのだけど。


いつか私も、お母さんダサい、一緒についてこようとしないで、なんて言われる日が来るんだろう。私が買ってきた洋服に、自分で選ぶから余計なことしないでよ、なんて言われてしまうんだろう。でも、それでもいい。そういうことを言えるくらい、私が子供のことをいつも考えていて、認めているのが当たり前だと思っていてほしいから。

おなかが冷えるといけないから、と、キャラクターがプリントされたキルティング素材のパジャマの裾を、ズボンにめっちゃインしている私の写真。そのダサさが、当時の母の思いが、今はとてもいとおしいのだった。


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