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【アニメウマ娘3期】矢野妃菜喜の歌がスゴかった第1話【感想】

待ちに待ったアニメ「ウマ娘 プリティーダービー」Season 3は、ゲームシナリオではその名前を見ることが出来なかったドゥラメンテの登場というサプライズからスタートした。
その驚きのまま、史実通りに皐月賞はドゥラメンテが優勝。キタサンブラックの敗北から物語は始まる。

キタサンブラック「負けちゃったぁ~!」

Aパートは「お助け大将」や幼馴染で親友のサトノダイヤモンド、憧れの先輩トウカイテイオーなど、キタサンブラックの人物像と人間関係が描かれた。
キタサンブラックは皐月賞の敗北に腐らず、日本ダービーを目指してトレーニングを続けている。

「あのカッコよく走っていたテイオーさんのように……!」

日本ダービー。
憧れのトウカイテイオーが勝ったレースだ。キタサンブラックは、目の前の目標に憧れを重ねる。
この描写は、実に丁寧な布石だ。
我々は、この先の展開を知っている。キタサンブラックは日本ダービーで再びドゥラメンテに敗れ、秋ではドゥラメンテのいない菊花賞を勝つ。
2冠の後、怪我で菊花賞を断念したトウカイテイオーの軌跡をなぞるのは、キタサンブラックではなく、ドゥラメンテだ。
ここでキタサンブラックが憧れに自分を重ねようとするのは、後のドラマのためだ。憧れの背中を追いかけるほど、うまくいかない現実に辛くなる。

Bパート、お祭りのシーンでキタサンブラックはサトノダイヤモンドに背中を押され、日本ダービーへの覚悟を決める。

サトノダイヤモンド「キタちゃん、ダービーが怖いんだね」

大きな不安を抱いているとき、隣に座って応援するのは、親友の役割だ。
この先の挫折で励ましてくれるのは、きっと憧れの。

キタサンブラックはトウカイテイオーが勝った皐月賞も日本ダービーも勝てなかったが、逆にトウカイテイオーが勝てなかった菊花賞を勝つことになる。
日本ダービーにトウカイテイオーを重ねた上での敗北は、キタサンブラックがトウカイテイオーに励まされるなかで、彼女の「夢の続き」を託されるような展開を予感させる。


そして第1話のクライマックス、日本ダービーのレースシーン。
最終直線、全力で走るキタサンブラックだが、バックで不穏なイントロが流れはじめる。キタサンブラック(CV.矢野妃菜喜)のオンボーカル。
一人、また一人と、キタサンブラックは後続のウマ娘に抜かされていく。

「まだ……!まだゴールは……!!!」

そして曲がサビに入ると、実況もカメラも、ドゥラメンテしか追いかけない。
後ろで流れる歌だけが、キタサンブラックの心情を痛切に表す。

「負け……ちゃった……」

皐月賞の驚き混じるコミカルな「負けちゃった」から一転、悔しさのにじむ「負けちゃった」。
台詞のニュアンスの違いでも、感情を丁寧に表現してくる。

そしてラスサビ、黒背景スタッフロール……。
キタサンブラックの表情はほとんど見えない。なのに、こんなにも彼女の心の内が伝わってくる。
心情描写を、ほんの少しの台詞と歌唱だけに託した演出。それを矢野妃菜喜は見事に成功させた。
これは、彼女の歌だから出来たことだ。誰にでも出来ることじゃない。

過去にもあった矢野妃菜喜の歌が光る演技

私がこのシーンを観て思い出していたのは、アニメ「SELECTION PROJECT」(2021)第1話のラストシーンだ。

矢野妃菜喜が演じる主人公の美山鈴音は、夢見ていたアイドルのオーディションに敗退し、失意のなか帰路につく。

「SELECTION PROJECT」第1話より

都会の喧騒から離れ、郊外の住宅街をキャリーケースを引いて歩く。静かな橋の上にさしかかったとき、鈴音はオーディションの課題曲「Only one yell」をぽつぽつと歌いはじめる。
名前の通り、鈴の音のような。だけど、か細くて、今にも泣きそうな。
その歌声は、彼女の悔しさを繊細に表現していた。
1話切りしてもおかしくない、目立って面白くもなかった第1話の最後で、私を繋ぎ止めたのは彼女の、矢野妃菜喜の歌の演技だった。

矢野妃菜喜の歌は、卓越した技術があるわけではないけれど、まっすぐで、心を打つ力がある。
それは私が昨年Dusty Fruits Club(矢野妃菜喜がボーカルを務めるバンド)のライブを観たときに強く感じたことであり、今回こうしてアニメの演出の一部として受け取っても、揺らぐことのない実感だ。

彼女の歌を演出に使おうと決めたアニメ制作陣、そしてその期待に応えてみせた矢野妃菜喜さん、彼らの素晴らしい仕事に大きな拍手を送りたい。
(おわり)

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