Randy Newman "Sail away"

『トイストーリー』シリーズなどで作曲を手掛けているランディ・ニューマンというミュージシャンがいる。名曲「君はともだち」など、日本でも知名度があるので僕が紹介するまでもないけれど、映画音楽を手がける以前の彼は、かなりシニカルな作風で知られていたらしい。

 “Sail away”という曲は、シニカルなランディ・ニューマンの真骨頂とも言える曲だ。歌い出しはこのように始まる。

In America you'll get food to eat
Won't have to run through the jungle
And scuff up your feet
You'll just sing about Jesus and drink wine all day
It’s great to be American

 アメリカではジャングルと違って食べ物はあるし、ワインもあるし、アメリカ人になるって素晴らしい!といった歌詞であるが、当然、額面通りの意味ではない。続く箇所では、誰がこの言葉を発しているのかが見えてくる。

Ain't no lions or tigers, ain't no mamba snake
Just the sweet watermelon and the buckwheat cake
Everybody is as happy as a man can be
Climb aboard, little wog, sail away with me

 ここでも冒頭と似たようなことを言っているが、最後の部分でClimb aboard, little wog, sail away with me(ちびくろよ、私と船へ乗って行こう)と、はっきりと差別意識の表出が歌われる。続いて、サビ。

Sail away, sail away
We will cross the mighty ocean into Charleston Bay

海を渡ってチャールストン港へ、とニューマンは歌う。ここで、物語の全容が見えて来る。チャールストン港は、かつての奴隷売買の中心地である。つまり、この歌はアフリカからチャールストン港へ奴隷を運ぶ奴隷商人の目線から歌われているのだ。
 美しい旋律が、古きアメリカへの郷愁を誘い、厳かなオーケストラの演奏が、航海の雄大さを表現している。しかし、ニューマンが弾くピアノからは、隠しきれないメランコリーが聴こえてくる。

 この曲中の奴隷商人が使う言葉は、有用性に従事している。彼は、アフリカの人々に船に乗って欲しい。なぜ乗って欲しいのか?アメリカへ奴隷として連れていくために。なぜアメリカへ連れていくのか?売買して金を稼ぐため。
 商人の言葉は、一貫して卑近な目的のためにのみ発せられている。それだけではとても詩となり得ないような、詐欺師の言葉である。しかし、メロディが乗った瞬間、その言葉は詩性を帯びる。あまり詳しくないけど、映画における対位法(場面で表現される感情とは対照的な音楽をバックで流し、逆にその感情表現を増幅させる手法。黒澤明がよく使うらしい)のような効果が用いられているような気がする。(そう考えると、かニューマンが映画音楽で活躍することは必然だったように思える)
 歌詞とは対照的に、旋律や歌唱は気怠く、メランコリックだ。(リンクの公式の動画より、非公式であげられている若い頃のライブの方が気怠さが伝わる)

「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」というアドルノの有名な言葉がある(「文化批判と社会」『プリズメン』ちくま学芸文庫 p.36)。ジェノサイドは、人々をものとして扱う産業的合理性から導かれる「合理的」帰結だったわけだが、奴隷貿易はそうした態度の悪しき先駆と言えるだろう。

 奴隷制は南部の「文化」だった。そうした文化へ、美しい詩をもって対抗しようとすることは、アドルノ風に見れば、野蛮の謗りを免れない。美しい詩は商品として流通し、文化として定着する。奴隷制も、詩作品ないし他の文化産業も、似たような構造を共有しているのだ。
 僕はアドルノと違って、そこまで厳しく文化産業を批判できないが、ニューマンが“Sail away”を書いた時、おそらくアドルノと似たようなことを感じていたのだろう。奴隷を商品として流通させた白人の商人の目線を、同じく白人のニューマンが歌う。詩を書くことがもはや野蛮であるなら、野蛮の辺際まで降りて行こう、というような態度がここにある。そうしたものに触れる時、野蛮は、自分自身の問題として立ち現れてくる。

 “Short people”など、ほかの曲も切れ味が鋭い。鋭すぎて誤解されることもあるようだ。そう言えば、最近プーチンという曲も発表していた。PVが笑える。

 現代アメリカが誇る、のか誇れないのかわからないが、偉大なミュージシャン、ランディ・ニューマンについてでした。

 

 

 

 



 


 

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