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母との時間② 京都へ 〜その1

母を連れて、一泊の京都旅行へ。

母が大好きな歌の先生が、京都のホテルでワインと歌のイベントを開催するというので、いい機会だと思って連れ出した。

コロナのせいもあり、ここ数年は旅行どころか週3回のデイサービス通いがせいぜいという生活を続けていたので、この企画に本人は大喜び。

とはいえ、すぐに忘れて「どうして京都?」を連発し、そのたびに説明すると、「わー、それは楽しみ!」と大喜び…をエンドレスに繰り返しつつ迎えた当日である。

最初から不安しかない。

当然、準備からして大騒ぎ。
なんかこの慌ただしさは既視感あるなと思ったら、これはもうアレだ、子連れ旅行のバタバタ感だ。
準備時間の8割を自分のこと以外に費やさなきゃいけないヤツだ。

もうその時点で覚悟はできたので、全てにおいて通常の倍の時間がかかることを想定し、スケジュールには余裕と柔軟性をもたせておいた。

ところが実際にでかけてみると、足腰が丈夫で歩くことが苦にならない母は、電車の乗り換えや人混みをものともせずに歩き回った。
京都タワーをバックにピースで写真を撮り、京都駅の屋上まであがって眺めを満喫し、ホテルまでタクシーを取ろうとしたら「バスで行ったほうが景色が眺められていい」と市営バスに乗り込む。

ホテルについて一休みし、夕方からお目当てのイベントに出席。
大好きな先生の歌声に涙目になりながら感動し、出されたおつまみも完食し、(ワインは私が完飲し)、楽しげに記念写真を撮って意気揚々と部屋に戻った。

あーやっぱり連れてきてよかった。
これなら、これからもっといろいろなところに連れて行ってあげられるかもしれない。

と、思った矢先。

しばしの間、仕事の打ち合わせのために外に出てから部屋に戻ると、母は洋服のままベッドで横になっていた。
ぐったりした様子で、「なんだかとっても疲れてるんだけど、どうしてこんなに疲れているのかわからない」と言う。

直前のことを忘れるのはいつものことだし、単にハイテンションの子供が突然体力尽きてパッタリ倒れるパターンかなと思い、しばらく横になって休みなといって側に付いていたのだが、なんだか話の様子がいつもと違う。

「私はいまどこに住んでるんだっけ?」といって自然と自宅の住所を口にしながら、「〇〇市ってどこ…?」と自分が覚えている住所が理解ができない。
そして、「熊本県✗✗市は?」と自分が生まれ育った街の名前を口にする。

「〇〇市は熊本県…?」
「え?東京なの…?東京のどこ…?」
「でも私は
✗✗市にも住んでたのよ…◯◯市は✗✗市の近く…?」
「そして今は京都にいるのよね…?どうしてかしら…」

やばい。完全に位置関係がわからなくなっている。
時間的なことは忘れても、地理的なことがわからなくなったことは今まで一度もなかったのに。

とにかくゆっくりと話を聞き、根気強く同じことを答え、
時系列に写真を見せながら今日の出来事を何度も話す。
それでも納得いききらないのだが、体の疲れが勝ったのかそのまま黙って眠ってしまった。

うーーーーん。。。

やっぱり無理をしすぎたのかな。。
刺激が強すぎて、かえって症状を悪化させちゃったらどうしよう。。
辛い思いさせちゃったかな。。

母の寝顔を見ながら、いろんな想いが胸をよぎる。
やっぱり、これが最後の旅行になるかもしれない。

しばらくすると、母が目を覚ました。
一眠りして疲れが取れたのだろう。声に張りが戻って、発言もぐっと落ち着いている。
今日の出来事についてはあれこれ質問してくるものの、忘れ具合はいつもと同じ程度だ。さっきまでの錯乱に近いような混乱は、もう感じられない。

ここぞとばかりに、今日の写真を時系列で見せながら行きつ戻りつ何度も説明していく。
今回は、私の説明と自分の記憶の断片とをちゃんと繋げることができたようで、すんなり自分の現状を受け入れることができた。

そして、現状を受け入れるたびに母が発する言葉に、私は心から救われることになる。

「わー、私ってほんとにすごい経験したのね!」
「ほんっとに幸せだわ!」
「こんなに豊かな老後が待ってるなんて思ってなかった!」
「連れてきてくれてありがとう!」

ああ、連れてきてよかったんだ。間違ってなかったんだ。
たとえこの先全てを忘れてしまっても、母の心の奥底に、この幸せな想いだけは残っているに違いない。

旅行一日目にして、この慌ただしさ。この混乱。このどんでん。
二日目がどうなることか想像もつかないが、いまは一つだけ言えることがある。

「写真は大事」

自分が写っている写真、めちゃ大事。
記憶になくても否定できない、自分が行動したことの証。
それがどれだけ母の記憶の隙間を補い、心を落ち着かせたことか。

認知症に寄り添う皆さん、とにかく証拠写真を撮りましょう!

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