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ネタバレいっぱい海神再読第三十五回 七章5. 斡由は何故更夜に女官たち囚人を始末させたのか。

あらすじ:更夜は女官を地下牢に連れて行く。斡由と更夜を非難する女官を更夜は大きいのに喰わせる。悲鳴を聞きながら、更夜は初めて囚人を始末した時のことを思い出す。

●元州の普通の人々その2

女官やその友人は七章1の元州州師の兵たちに比べると州城内部に詳しい。しかし上層部ではない、そういう一般の元州諸官の意見を整理。

①(斡由が)起って公道を正すと聞いた。謀反だなんて聞いてない。
②(王師の数からして)勝敗は確定している。
③堤を切るのは民を虐げることだ。そうまでして戦う必要はない。
④(更夜に始末された友人の話として)元侯が不調になった時、斡由が権を握ったのは間違っていた。元を国府に返すべきだった。
⑤斡由は偽善者。聖人君子の皮を被った暴君。
⑥斡由はただ賛美が欲しかっただけ。できた令尹だと褒めそやされてみたかっただけ。

…ストレートな罵倒再び。女官は元魁と違って斡由が荒廃と戦った事を知ってる。知ってるから友人とぶつかっても斡由に仕えてきた。それがなんで斡由を全否定するに至ったか。
①はちょっとないと思う。牧伯を捕まえて台輔を誘拐して謀反とは思ってなかった、はないでしょう。
②なんだろうな、いまになって①のように言う理由。王師の圧倒的な数、王を支持する圧倒的な世論に怯んだ。
それと常世人の常識、王は正しい、の根強さ。
③で王師が築いた堤を切るのを民を苛む悪事とする時、そこに堤がなかったのは造らせなかった尚隆のせいだということは忘れられている。自分たちが水攻めで滅ぼされた後、元州の民は王の築いた堤に守られて幸せに暮らせると信じてたんだろうか。それくらい王の正しさを信じてたということか。水攻めのための堤を造った王が続けて治水をしてくれる、と考えられるのは、王が正しくあればいいと思ってるからなんだろうなあ。梟王が堤を壊したことも水攻めしたことも、尚隆の治水妨害も、忘れたいから忘れられた。
も一つ忘れられそうなのは、斡由が荒廃と戦ったこと。④は、斡由が不法に元を治めてたのが雁の荒廃の時代で、冢宰や他の州侯が正当に治めていた地域が折山の荒に見舞われてたことをなかったことにしている。荒廃に見舞われるということは民が苦しみ死ぬということ。斡由が荒廃と戦ったのはそれだけ民を生かしたということなんだ。女官は知らなかったわけじゃないんだよね。七章2の切なそうな様や友人を説得したことからして、女官は過去の斡由は支持してた。その斡由が今の苦境に元を導いたことが理解できず、混乱してたということもあるだろう。
⑤⑥は過去の斡由をも否定するための足掻きだ。どうせ褒められたいだけだろう偽善者め!というのはあらゆる善行を否定できる理屈だから。
実を言うと私はこの理屈が好きじゃない。善行を否定するなら善行そのものの中身を問えと思うし、善行をやった者が偽善者なら、やらない傍観者はなんなんだと思うから。他の州の地仙たちのように、女官も民を哀れみながら傍観してたかったのかというと…そうは思えないんだな。傍観したくなかったから斡由と共に荒廃と戦ったんでしょう。この時になって斡由に歯向かったのも、民ごと元が滅ぼされるのを傍観したくなかったからでしょう。

斡由はこの人を始末するべきではなかったな。一切褒められることないやり方で元を救って、この人の罵倒に答えるべきだったんだよ。
(ちなみに元魁の罵倒への答は荒廃と戦ったこと)

●斡由が更夜示唆連続殺人を開始したのは、最大限で何年前か。その頃おきた斡由にとって重大な、ある事件とはなにか。そのことから推察される犯行の動機は何か。

いよいよきました、斡由不人気の最大原因。
この連続殺人、一見、斡由が何故やったか解らない。ただ気に喰わない者を気分次第で殺しているようにみえる。屑のやったことにみえる。
しかし、私は斡由を屑としないで行動の理由を考えていきたいので、殺人の動機を考えていきます。

さて、殺人の手順はこう。
①斡由が更夜に始末してほしい囚人を示して「連れて行け」と言う。
②更夜が囚人を地下牢に連れて行き大きいのに喰わせる。
③更夜は斡由の前に戻り、「囚人は諭して城から出した」と伝える。
…王宮の仙籍簿から怪しまれたことはないみたいだから、②の前に仙籍からも抜いたのかな。
これを連続殺人…シリアルキラー(一定の期間を置きながら複数の殺人を犯す連続殺人犯)の犯行の一種と考えてみたい。ミステリでのシリアルキラーものの主な手がかりには時期、そして被害者がある。
時期というのは殺人の開始時期。動機またはきっかけが生じた時。斡由の更夜示唆連続殺人の開始はいつだったか。
最初の殺人の時に更夜はすでに射士に任じられている。三章2によれば更夜が射士になったのが拾われてから三年後。更夜が初めて六太に出会ったのが二章1によると十八年前で、斡由に拾われたのは二章2によればそれからしばらくしてからだから、18-3=15で更夜が射士になったのは十五年前よりあと。よって斡由が更夜に囚人の始末をさせ始めたのも、今から十五年前よりあと。
「十五年」は直近の女官の台詞にも出ている。
「(元侯は)この十五年ほどは、ほとんど言葉もお喋りになれないとか」
つまり影武者の老人が斡由に背き、官吏に偽の命令を下せなくなったのが十五年前なのではないか。
被害者について…ミステリだとまちまちなような被害者に隠れた共通点があって、それが動機のヒントだったりする。
更夜によると被害者は「斡由に危害を加える者だけでなく、斡由の立場を害する者」と抽象的だ。具体的に描写されてるのは二人、女官と女官の友人。
女官の友人は元魁に代わって斡由が元を治めるのに反対だった。影武者の老人が斡由に忠実だった頃なら、影武者に「斡由に任せた」と言わせればよかったんだけど、更夜が射士になっていた=影武者がもう使えなくなった十五年前より後だったから、始末させたんだ。
これが動機なんじゃないの? 元魁に会おうと言いだして幽閉の秘密を暴きそうな者を事前に消すのが動機だったんじゃない? つまりは元州を手放したくなかったから、じゃないの?
女官も友人も更夜も元魁幽閉のことは知らなかった(知っていたという記述はない)から、そうと解らなかったんじゃない? 
キャラによって知ってることに違いがある、ってすごくミステリ的でわくわくする。自分が幽閉されてると知ってる元魁は、斡由が荒廃と戦ったことは知らない。荒廃と戦ったことは知ってる女官は、元魁を幽閉したことは知らない。元魁のことを知らない更夜は、囚人の始末のことを知ってる。六太は元魁の幽閉は知ってるが、囚人の始末のことは知らない…
さて、描写されてるもう一人、女官はこの動機には当てはまらない。あの人を殺してもなんのメリットもない。明らかに腹立ち紛れの殺人である。人殺しを続け、他人の生殺与奪を握ることを覚えてしまうと、人は自分勝手な暴君に成り下がるということ。自分に異を唱える者を処刑ってお前は梟王か!
やはり、斡由は女官を殺すべきではなかったな。

●斡由はどうすればよかったのか

何もしなければよかったのか。斡由は州侯の身内だから大人しくしてれば処刑される確率は低い。自分の手を汚すこともない。傍観者として仕方ないと民を憐れみつつ新王を待ち、新王が立ったところで元魁たち手を汚した者を責めていたら、この世界の倫理では正しくあっても、その正しさは民の見殺しと引き換えだ。
私、実は、元魁幽閉や六太誘拐や謀反は緊急退避的に捉えていて、致命的に悪いとは思ってないんですねー。
しかし影武者虐待や囚人殺害はいけないと思う。被害者に酷いのに加えて、誤魔化しで解決に繋がらない。
新王が立ち、老人が影武者を辞めたいと言いだしたところで、女官たち元州諸官にぶちまけたらどうだったろう。皆でやってきた荒廃への戦いが偽りの上に成り立っていて、しかし民の命を救ってもきたと告げて、天意と民とどちらかを選ばせていたら? 諸官にが無謀ならせめて白沢に打ち明けて一緒に対策を練っていたら?
…でも斡由はそうしなかった。怖かったんだよね。嘘がばれたら皆に見捨てられるだろうと恐れてたんだよね。皆も自分も信じられなかったんだよね。
元魁や女官の罵倒のうち「どうせ褒められたかったんだろう」に私は同意しない。ばれたらおしまいだと思ってたから、気が付きそうな者を始末してまで隠してたんでしょう。褒められると思ってる人間のやることじゃないよ。
ばれたら皆掌を返すだろうと思いながら、でも無駄じゃない、絶対に無駄じゃなかったと思いながら、自分が天意に叛いて守ってきた頑朴の街を、元州の野を眺めてたんだよこいつは!

●斡由は何故更夜に女官たち囚人を始末させたのか

斡由)ーお前は私の意を言わずとも量ってくれる。私がそれを望んでいたことを、よくも悟ってくれた。これほど情のある射士を持って嬉しい。

斡由の数少ない決め台詞。大変凶悪な台詞である。
斡由の犯罪の巧みなのは証拠が一切残らないこと。死体は大きいのが食べてしまうし、更夜に示唆はしても命令はしていないから、誰かが二人の会話を聞いていても、斡由が命じたとは言われないー本当に命じてないから。そして斡由が危ういとなったら、更夜は間違いなく自分が勝手にやったと言い張るだろう。
斡由には人を道具として使うところがあって、麒麟である六太でさえも人質という道具として使っちゃってた。更夜については妖魔の養い子であることを利用した。
女官の「(友人を)その妖魔に喰わせたのでしょう、私も喰わせようというのでしょう、この人妖」との台詞からも更夜の孤立振りがわかる。更夜が斡由だけを頼りにしている限り、斡由を裏切ることはないし、発覚した時の防波堤として切捨てられる、とふんでたんだよね。
斡由の最大の動機は元州への執着だと思う。元州のためなら斡由はなんでもできる。自分が元州を治め続けるのが元州に必要だと合理化できれば、元魁・老人・囚人たちのように、元州の民であっても犠牲にできる。更夜も例外ではない。
斡由が更夜を拾った時、将来利用するとこまで考えてたとは思わない。三年はいい主だったんだから。追い詰められたところで悪いとこが出たんだな。
目的が手段を正当化する奴。自分の望みに対して恐ろしい程迷いのない男、斡由。
では更夜はどう思ってたのか…で次にいきます。

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