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『再開の日。』

2020-07-23 

  火災から1年10ヶ月。
お陰さまさまで、
なんとか再びパンが焼けるようになりました。
 この場をお借りして深くお礼を言わせて頂きます。
直後から今まで、様々なご支援ほんとうにありがとうございました。
何度言っても言いきれません。
 そして諦めなくて良かった。
 正直、長かった。
 遠かった。
 つらかった。
 まだまだ火災直後のいろんな景色が鮮明に思い返されます。
お見舞いに来てくれた方々の罰の悪そうな表情を見る度に、どういう顔をしたら良いのかわからなかったこと。
 毎朝、目が覚める度に夢だったんじゃないかと願い、その度に落胆したこと。
 何処かで煙を見かける度に呼吸が浅くなったこと。
 娘の笑顔に救われたこと。
 妻も子もいる。
 弱音は吐けない。
 心配させてはいけない。
 とにかく自分が闘わねばと思い、
改装し終えたばかりだったキッチンの変わり果てた空間にしゃがみこみ、思い出のゴミの山を無心に土嚢袋に突っ込んでいました。
 先の見えないどころか、出口があるのかどうかさえ判然としないトンネルを、生後5ヶ月の娘を抱えて足並み揃わぬまま、無理やりに前を向いて突き進もうとしていたように思います。


 当然のように、妻との衝突が増えた。
慣れない育児の中、住み家も、大切なものも失くし、たくさんの人の対応に追われていた。
 頼れる親が近くにいるわけでもなく、妻には本当に不憫をかけたと思います。
 今となって思えば、もしかすると一緒に立ち止まって、一緒に下を向いて、各々の痛みを拾い合う時間が必要だったのかもしれない。
 その時はどうにもうまくやれない自分の能力のなさに、ただただ辟易とするだけでした。


 ようやくなんとか形になった建物を見渡して、
珍しく自分のことをちゃんと誉めることができました。
 この前の晩、皆さんからのメッセージを見返していると涙がポロポロと止まりませんでした。ここのところ涙腺がめっきり弱くなった。
 生かされているから生きなきゃいけないし、
生きていれば、なんとかなりますね。
 言葉で言うのは簡単で、
災害等で自分たちよりずっと大変な状況におかれてる方々の事を想うと決して気安くは言えません。
 それでも自分たちの生命力が、どこかで微力でも力を与えられたら嬉しい。おこがましくもそう感じております。
これからもきっと色んなことがあるけれど、
踏まれても立ち上がる麦のようにしぶとく、
日常の瑣事(さじ)を愛し、
家族3人、この場所で変わらず日々を積み重ねて参りたいと思います。
 私たちは幸せ者です。
 いつもいつも、ありがとうございます。

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