見出し画像

『はじめての目くそ。』

2021-02-17

 娘が2歳を過ぎた頃の話。
 起き抜けの彼女の目尻には大きな目くそがついていた。 目に黄色いのがついていますよ、と言って私はそれをティッシュでつまんで彼女に見せた。
 彼女は「これなあに?」と尋ねた。
 私は、ああ、これは目くそだよ、と言った。
 彼女は「目くそ?」と聞き返しながら両目を輝かせた。
「鼻くそ」は知っている。「鼻くその味」も知っている。「目」も知っている。「くそ」も知っている。
 その大脳皮質に記憶されている「鼻くそ」と「目」と「くそ」が結びつき、目の前にある黄色い物質、「目くそ」として新たに海馬に入力され、認知したその瞬間を、私は今目の当たりにしたのだ。彼女の両目の輝きが、β-エンドルフィンの分泌を物語っていた。


 “知る”ということは感動だ。
大人になると、理解できないことには目を向けようとしなくなる。あるいは知ったつもりになって見ようともしなくなる。未知をじっと見つめ、知ることには恐怖が伴う。それでも知る努力をやめないでいよう。なるべく自分が理解出来ないことを、理解できないという前提に立って見つめ続ける眼差しを。
 私はこの感動をうまく表現することができず、やはり彼女をやさしく抱き締めた。
 彼女は耳元で私に言った。
 「目くそ、食べてもいーい?」

 完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?