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私がADHDの夫と平和に暮らすために心がけていること②家事について

元カサンドラ症候群のキッカです。
しばらく更新が開いてしまいました。最近私は仕事に振り回され気味な日々を送っています。
私の仕事は人を相手にした仕事なのでうまくいかないことは当たり前なのですが、私とは考え方が合わない方と仕事をしているのが原因です。それでも、周りの同僚が実に良く助けてくださるおかげで、うつが再発したりすることもなく無事に勤められています。誰かに助けてもらえる環境というのは本当にありがたいと日々痛感しています。


そんな調子で毎日ヘトヘトになりながら帰ると……

なんと、お風呂が沸かされ、夕飯の用意がしてある!!!

夫の助け船が出ています。
しかも、それが何日も続いています……
先日は4連休初日でしたが、お昼ご飯を作り、私が子どもと出かけている間に洗濯を畳んでお風呂を入れておいてくれました。
夫は冬場は一日たりとも休みがなく、夏場はほぼ休み、という特殊な勤務体系です。ですので、最近は私が仕事の日でも夫が休みであることが多く、主夫をしてくれています。
共働きでは当然のことかもしれませんが、私にはとてもありがたく感じます。そして、この私にとって暮らしやすい環境を今後も守っていきたいと思っています。

夫は最初から今のようだったわけではありません

結婚当初の夫は、全く全然これっぽっちも今のようではありませんでした。

夫が資格試験の為に有給をとっていた日です。その日は私も仕事で忙しく、いつもより早めに出勤しようと思っていました。まだ二人暮らしだったので洗濯物の量も少なく、干しておいてくれるようにお願いをした時、夫の導火線に火が付きました。かんかんに怒られ、それはお前の役割だろう、と言われました。
私は仕事をしながらも、3食のごはん・夫のお弁当作り・お風呂掃除・洗濯をすべてしていて、夫は土曜日に掃除だけしているという状態でした。珍しく家事を頼んだだけなのに「俺は絶対に洗濯は干さない」などと言われ、私はとても悲しい思いをして出勤をしたのを覚えています。

北海道に3泊4日の家族旅行に行った日も同様で、私は次の日早朝から仕事があり、夫は有給だったというのに「洗濯干すの手伝ってくれない?」と協力を募ったら「絶対に嫌だ」と言われました。

また、私は妊婦の時もフルタイムで働いていて当然体もしんどく、切迫早産にもなるほどだったのですが、近所のスーパーでお惣菜を買って帰ったら「俺は惣菜が嫌いだ」と全部残され、お前は寝てばかりで掃除をしないと罵られ、仕事で帰宅が7時半を過ぎると「俺はお腹が減ったのにお前はなぜ帰ってこない」と怒られ……。

今書きあげてみると、本当に離婚した方がいいのでは?と思う事案がたくさんたくさんありました。今回は家事のことを中心に書きまとめていますが、もちろん家事のこと以外にも酷い目にあったことはあります。そうでなければうつにまでなりません。

さて、ここで考えてみたいのは、なぜ夫が家事をしなかったのか、という点です。

夫の家事スペックは、結婚当初ものすごくものすごく低かったです。

☆結婚するまで実家暮らし

・固定資産税・駐車場代は父親持ち。
・夕食と弁当は母親が作ってくれる(食費は払っている)。
・洗い物の仕方がかろうじてわかる。
・洗濯・掃除・ゴミ捨てなどはするが、誰かがやり方を教えてくれるわけではない。
・食事はインスタントラーメンしか作れない。

本当に今書きだすと最悪のスペックですね。

要するに、経験不足だったのだと思います。簡単に言えば義両親の育て方が悪かったのですね。
夫自身も子どもの頃「料理がしたい」と言ったことはあるそうなのですが、義母が「教えるのが面倒」という理由で教えなかったそうですし、義父は金さえ出せば育てたつもりというタイプの人間なので、お金だけ出して何にも伝えてなかったようです。

育て方、というのは本当に怖いなあと夫を見ていて思います。
家事は誰かがしてくれて当然という状況を義両親が作り出したことによって、相手(妻である私)の立場に立った行動ができなかったのでしょう。また、こういったおかしな環境にいたせいで発達障害特有のこだわりが強くなり、認知の歪みも発生していたように思います。
ADHDは特性とは違いますが、精神年齢が低いというのも特徴にあるようなので、それのせいもあるかもしれないです。悪いのは夫ですが、原因は必ずどこかにあると考えています。

自分で自分の生活を何とかするという経験

昨年、私は夫の誕生日の日に家を出ました。3・4カ月ほど完全に別居をしていました。
最初は1週間ほどで帰るつもりだったのですが、私のうつが酷くなってしまって車にも電車にも乗れなくなってしまい、日常生活もままならないようになってしまったので、結果的にしばらく実家で過ごすことになりました。

結婚してからというもの、ほとんどの家事を私がしていました。炊事・洗濯・掃除・買い物……。夫は週に1回の掃除くらい。その掃除も、自分の物差しで自分が気に入るように掃除をしていて、例えば私が妊婦で寝込んでいる時も子どもが赤ん坊のときも、家じゅうのマットやソファをひっくり返して床に掃除機をかけまくる、という自分勝手な方法でした。

それが、私がいなくなると誰にも何もしてもらえない。

夫はよく食べる人なので、私は毎日夕食には、ごはん・味噌汁・おかず3品という献立を食費を決めて作っていました。なので、まず夫は食べることに困り、本やインターネットを駆使して何とか食事を作っていたそうです。それも不慣れなので、当然時間がかかる。仕事に行ってくたくたになって帰ってきてから1時間近くキッチンに立って食事を作り……。という経験を身をもって体験してみたそうです。料理の経験が全くない夫にはとてもつらい体験だったようです。

夫の今の仕事ははっきり言って薄給で住宅ローンや車のローンを払ったらそんなに裕福に暮らせるわけでもありません。
毎日外食やコンビニに頼り切ることもできず、お金に制限がある中でなんとかやりくりする辛さも経験したようです。
私は貯金が趣味の様な所があり、食費や日用品代に制限をつけていたので(そして、私が貯金が好きなおかげで夫はこの時期に自由に使えるお金が残っていました)家計管理の難しさも体感できたようです。

洗濯に関しては、もう洗濯機頼り。掃除は苦労はしなかったようですが、誰かがやってくれていた環境から自分一人で暮らしてみて初めて、妻のありがたさと今まで妻の協力に甘えて胡坐をかいていた自分に気づくことができたようです。別居が結果的に荒治療になったようです。

ここまでしないと変われない、というのが夫の弱い部分でもあります。そこが好きになれず、あるいはこういった弱い部分に傷つけられて別れを決意する人がいることも大いに理解できます。
我が家の場合は、私が奇特な人間であると言うのが大前提なので、どなたの参考にもならないかもしれませんが……次の項では現在の生活についてまとめていきたいと思います。

お互い気持ちよく家事をするための工夫

別居を解消し、再び一緒に暮らし始めて気が付いたのは、今までは「私」がやりやすい方法で家事を進めていたということでした。例えば、夫はADHDで注意力散漫なので、すぐに何をするべきだったか、物はどこに置いたか、などを忘れます。それなのに私だけが判りやすいルールで家事を進めていたら、当然夫は家事をしません。だって、嫁さんルールが覚えられないから……(そしてうまくできないと怒られるから)

夫がADHDという特性が判って初めて、別居するまで夫に難しい事=特性に沿わないことを強いていた私自身に気が付きました。

そこで、いくつか夫に合わせた家事の方法を考えました。

1.家事をリストアップして可視化する
2.物を置く場所を固定する 
3.予定はアプリで管理・その日の朝に再度確認し合う
4.お互いに当然のことと思わない、ありがとうと伝え合う

1.家事をリストアップして可視化する。

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とても簡単なのですが、家事をリストアップしてみました。(写真はまだ途中のもの。今はもう少し追記しています)

朝起きたら何をするか、夜寝る前に何をするか。子どもの用意には何が必要で、ペットのお世話には何が必要か。それを全て紙に書き上げ、何時でも見える所に貼っています。見える所に貼らなければ意味がないのは、夫は注意力散漫で、見えないところにあると気がつくことができないからです。

そのおかげで、大体日々暮らすためには何をすることが必要かを把握してくれるようになりました。

また、これらを完全に当番制にしてしまうと、お互いに相手が「自分の物差しで測って」きちんとできていないことを見つけては責め合ったりしてしまうのでやめました。
「自分の物差し」というのは、例えば「掃除機をかけた後はクイックルワイパーをかけたほうが綺麗になるのに」とか「洗濯はこんな風に干した方が綺麗に乾くのに」とか、そういうことです。お互いに、自分がやった方が上手くできるだろうな、という部分はあります。
でも、もうそういう部分には目を閉じることにしました。「やってくれているんだから」と思う(思い込む?)!!そうすると不思議と腹も立たなくなりました。お互いに、です。

2.物を置く場所を固定する

がADHDと分かってから、ぽつりと私に言ったことがあります。

「俺、物があちこちに散らばっていると、どこに視点を置けばいいかわからなくなって頭が痛くなるんだよね……。」

もっと早く言えよ!と思ったけれど、夫にとっては「それが普通」だと思っていたようでした。
いつも家じゅうをひっくり返して掃除をするのは、「こだわり」ではなく夫の「対処法」だったようです。
私もそれがわかってから、夫が必要以上に丁寧に掃除をするのをあたたかい目で見られるようになりました。

夫の視線の動き方は独特で、→↓→↑ ↘↘ ↑ というように、とても不規則な動きで物を見ています。一度私の勉強の為に夫に発達検査の練習に付き合ってもらったことがあるのですが、その時から「おや?物の見方がちょっとおかしいな?」とは気付いていました。(ちなみに、練習なので正しい結果は出ていません)実際、マルトリートメント症候群の症状に「虐待を受けて育った子供は視野が狭くなる」というものがあるので、おそらくそれではないかと私は推測しています。

なので、収納の事は目を閉じることにしました。インテリアの本などを見ていると、おしゃれに収納することには憧れるけれど……薬や、財布など、必ず必要なものは夫が気付きやすい所に「見えるように」置くように決めました。

また、調理器具や服などは、片付ける場所を固定し、それをお互いに共有しました。置く場所を変えるときは夫に相談をしています。必要に合わせてラべリングもしています。それらは、別の場所に片付けてあったとしてもお互い極力何も言わないようにしています。見つけたら見つけた方が「元の定位置に」戻すようにしています。実際、この工夫をするようになってから、私の方が夫に「物の置く場所を決めたんだから守ってくれない?」と言われることが増えました。お互いさまだな、と思っています。
でも、どうしてもお互いの物が気になるときは、私は夫の書斎に、夫はリビングにある私のスタディスペースに物をぶち込んだりしています。

また、私だけが物を置く場所を決めるのもおかしなことだと気付いたので、夫も家事をするようになったことだし「ここに、こんな風に物が置けたら便利なんだけど……」と言ったらそれはすぐに採用するようにしました。

多分、夫が発達障害でなかったとしても家事の分担を上手くやっておられるご家庭には「物の場所を決める」というのは当然のことかもしれませんが、私は収納と発達障害は結構密接に関係していると思っています。「物の場所を決める」ことによって「何かを失くすこと」や「どこにいったかわからなくなること」がなくなり、物を「他人と共有すること」がしやすくなるのではないかと思います。

※ちなみに、収納について参考にさせて頂いているのはこちらの本です。

3.予定はアプリで管理・その日の朝に再度確認し合う

それでも、お互い忘れるのですが……お互い「いつ・何があるのか」がわかっていないことがよくあります。なので TimeTree というアプリを利用しています。

初めは家族カレンダーを利用していたのですが、夫はカレンダーを見ないことが多いので、よく眺めているスマホに予定が出るように変えました。

また、子どものお迎えはどちらが行くか等、うっかしてはいけないこともあるので、毎朝今日は何があるのかをお互いに何度も確認します。「さっき言いました」とかは言わないようにします。何度でも、何度でも言います。お互いに。だってそれでも、忘れるんです……(二回目)(しかも、二人とも)。

4.お互いに「できていないこと合戦」はしない。ありがとうと伝え合う。

これは、夫が言ってくれた言葉です。

「俺は今まで、君がしてくれることは当然だと思っていた。でも、そうではなかった。俺は今、君の優しさに胡坐をかいていないか?」

今までのことを悔いて自分も妻を支えていきたいと、そう言ってくれました。もちろん、別居の後に出てきた言葉です。

私も同じように、夫がしてくれることを当然と思ってはいけないと思いました。でもそれは、夫が気付いてくれからこそ、私も変わることができた部分だと思います。

どうしても、家事をしていると、「○○ができていないよ」とか「もう少し○○してくれない?」とか、相手の「できていないこと」が気になります。でも、それを言わないこと、できる限り「やってくれてありがとう」と思えるようになること。そして、それを言葉にする事。これが一番大切なことだと今は思います。

家事についての模索は続く……

自分の両親を見ても、友達夫婦に話を聞いてみても、家事の事で喧嘩が起こることはよくあることのようです。

その点、私は夫がADHDだというのが逆にラッキーだと思っています。だって、大体上手くいかないことは「特性」であったり「特徴」に原因があると考えればいいので、それを緩和する方法やそのヒントは、本やネットに転がっているのです。

ダメなのは「夫の人格」ではなく、「夫の持ち得た特性」

そう考えることで、ずいぶん物事を楽にとらえられるようになりました。よりよい暮らしができるようになるために、まだまだ学びや工夫をしていきたいと思います。



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