星野源ファンでベルセルクファンの私の情緒について
あの日からいろんな人に心配されるので書くことにした。
「星野源結婚したね。大丈夫?」
大丈夫どころか私にとっては声をあげて飛び上がるほどに嬉しいニュースだった。これ以上の吉報はない。
どうかどうか、ただ幸せが1日でも多くこの人の側にありますように、そして長生きして欲しい。
毎日私がそれを祈っている当該人物が、エッセイにも思わずその魅力を書いちゃうぐらい最高に素敵な人と結婚したのである。
ロスになるわけがない。推しが生きていて、健康で、幸せで、芸能界引退する訳でもなくて、新しい作品をまた生み出してくれることがわかっている世界に喪失もクソもない。
(あくまで私の場合です。今ロスを感じている方々を傷付けるようでしたら申し訳ありません。推し方は人それぞれなので今あなたが感じているロスはあなただけの大切な傷付きです。どうか誰にも穢されることなく大事に向き合ってください。そして1日でも早くあなたが美味しくご飯を食べられる日が来ることを願っています)
これから七日七晩寝ずに恋ダンスを踊り続ける祝宴の儀を執り行う為に、昔星野源ANNのノベルティで貰ったTENGA貯金箱を祭壇に祀り、誰に見せる訳でもないが長いこと踊っていなかったので振りを忘れてしまった恋ダンスを練習し始めていた。
明日会う人達にはもう星野源とガッキーの話しかしないぞ、と心に決めて、興奮と暖かい気持ちでその夜は眠った。
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翌日、『ベルセルク』の作者三浦建太郎先生の訃報が、私のベルセルク専用アカウントのtwitterのタイムラインを占領していた。
視界が真っ白になった。
なんで? なんで? なんで?
今更説明不要だとは思うが『ベルセルク』は30年以上連載が続く、ダークファンタジーの金字塔であり、人間ドラマものであり、恋愛ものであり、歴史もので戦闘もので、画集である。違った。漫画である。
私がまだ小学生の頃、寝付けずに起きてしまった深い夜。
誰もいないリビング。
たまたまテレビをつけたら最初のアニメシリーズ『剣風伝奇ベルセルク』に出会った。
見てはいけないものを見ているようでハマった。
気怠い洋楽のようなOP曲、ダウナー系の薬品臭が香ってくるようなED曲、異様に荘厳で虜になってしまう劇中歌。そしてジュドーに恋をして派手に散った。
最終話が怖すぎてギャン泣きして以来触れてこなかった。
アニメであんなに怖くて泣いたのは後にも先にもこれだけだ。
つまり、蝕で記憶は終わっていた。
しかしつい最近、そのパンドラの箱を何の気なしに、吸い寄せられるように開けてしまったのだ。
その時私は生きることを諦めていた。
精神障害者になり、無職になり、長年付き合っていて同棲していた恋人と別れ、三十路を過ぎてから実家に出戻ってきていた。
元恋人からのモラルハラスメントにより自尊心レベルをマイナスにまで引き下げられていて、何に対しても自信がなく、何か始めても
「あなたには向いてないからやめといた方がいいよ」
元恋人からのその一言が頭から離れず、叫んで逃げ出したくなった。
食事や入浴も億劫で、セルフネグレクトの状態だった。
一歩も動きたくない。人差し指を1ミリ動かすのすら億劫だ。
それに加えてこのコロナ禍である。私のようなゴミ人間が外出して良いわけがない、という想いはより一層私を社会から引き離した。
実家に逃げ込めたのがせめてもの救いだった。親には本当に感謝している。
見栄を張って一人暮らししていたら今頃は壁のシミだ。
鉛のように重い指先で無料で読める漫画漁りをしていた無為な日々。
内容は霞んだ脳にはほとんど入ってこない。
その時、白泉社のアプリで「ベルセルク全巻無料」の文字を見つけた。
迷わずアプリをダウンロードする。
昔お世話になった少女漫画の名作達にむせ返り、レディコミの叢を掻き分け、懐かしくて鋭いガッツの眼光に辿り着く。
私は二十数年ぶりにパンドラの箱を開いた。
そこからは、寝食を忘れるほどにベルセルクに没頭する。
今までのように無気力から寝食を放棄するのではなく、その時間が惜しいほどに何かが私を掻き立てるのだった。
白泉社のアプリは1日で8話分も読めるフリーコインが付与されるという、なんとも良心的なアプリだったので普通に待っていればまぁ1、2ヶ月ぐらいで全話読めたんじゃないかと思う。
しかし私の渇望はそれだけでは収まらず、他のパズルゲームやら育成ゲームやらで一定のレベルをクリアするともらえるボーナスポイントも稼ぎに行った。
ベルセルクを一刻も早くまとめ読みするために、すみっこぐらしのほのぼのパズルゲームを夜通し血眼になってクリアする三十路女の狂気をご想像ください。
大人になってから再会したその世界はあまりにも生命力に滾っていた。
子どもの時はわからなかった。あの時私自身がまだ瑞々しい生命の塊だったからだ。
あまりに焦がれすぎてベルセルク用のツイッターアカウントを作った。
いろんな人の二次創作を貪り、時たま私も下手くそな絵を描いて晒していた。みんな親切で、俄かでど下手くそな私の絵にリアクションをくださる方もいた。
そのタイムラインを開いている時、私は久しぶりに生きていくための多幸感を得られた。
ベルセルクの深淵に辿り着いた時、私は「生きよう」と思えた。
「生まれてしまったからただ生きる……
そんな生き方オレには耐えられない」
とグリフィスが耳許で囁いた。ということにしておこう。
タイムラインの住民達は皆一様に愛に溢れていて、絵や小説を創作しながら新刊が出るのを心待ちにしている。
そしてその期待や焦れったさや、何より抑えられない愛をぶちまけて共有して大きなうねりを創っていた。
私もその渦の中に入りたい。
それにはまず、無職から抜け出そう。
それから一度挫折してしまった就労移行支援施設に真面目に通い始めた。
なるべく食いっぱぐれないような……それでいて私がやりがいを持って取りかかれるような仕事……それには国家資格があった方が良さそう。
うん、資格も取ろう!!
いつの間にかそんなやる気に満ちていた。
資格が取れて仕事が落ち着いたら、思う存分ベルセルクのクリフォトに浸かろう。
「次の新刊いつかな」とかファン仲間同士で言いながら歳を取っていく。
それが私の生きる目標になっていた。
三十路も半ばを過ぎ同棲解消し、今後結婚する可能性も低そうだし、子どもは死ぬほど欲しかったけどボロボロの体で授かる可能性は結婚する可能性より更に低いであろう今後の私の人生。
一人で生きていかなくては、一人でも生きていける希望が欲しい。
そういう想いをベルセルクに託していた。
まずは現世が安定するまでベルセルク活動を一旦休止しよう。だって寝るのも風呂に入るのも忘れてしまうからな……
必ず戻ってくるので待っててくれよ……と思いを馳せて私のベルセルク垢は読む専になった。
その矢先の出来事だ。
私のベヘリットは血の涙を流している。
やっと一人で生きていくための希望の光も、あっさり奪われてしまった。
これも因果律なのか……
「星野源がいるんだからいいじゃない」
とか
「それぞれのハッピーエンドを思い描けばいいじゃない」
とか
そんなことを慰めに言うあんまり事情を知らない知人達に、私のリッケルトが平手打ちを轟かせている。
「ベルセルクの喪失は星野源じゃ埋まらないの!! その逆も然りなの!! これから一生この喪失と付き合っていかなきゃなんないの!!」
「そんな豊かな想像力あったら苦労しないわ! って言うか万が一その想像力を神から与えたもうたとしてもだよ、私が考えたハッピーエンドじゃなくて、あくまでも公式!! 公式が欲しいの!!!!」
とはいえ知人達も優しさで言ってくれてるのでそんなこと言える訳もなく、メンタルニーナの私は拷問官ばりに歪んだ気持ち悪い笑顔を浮かべながら
「そ、そっすよねぇ……へへ、へへ」と力なく樽の中に閉じこもることしかできない。
いつだって、どんな時だって変わらず、いや、今まで以上にベルセルクは愛し続けて、二次創作だって幾らでもしたら良い。するぞ。
けど、期待に胸躍らせながらのそれと、体に空いた大きな風穴に何もないことを確認しながらするそれでは、心の置き所が全然違うではないか。
まだ私は醜く踠いている。
どうにもならない現実に大人気なくジタバタと、無い四肢を振り回そうとしている。
でも、ベルセルクに生かしてもらった命を無駄にすることだけは避けたい。
「あんたの命だ、あんたの好きにしな」
とガッツに命の選択を迫られ、一度は自死しかけるも咄嗟のことで生を選んだテレジアがまだ生きていると私は思う。
そしてめちゃくちゃ良い女になっていると信じている。
私はテレジアになりたい。
長年閉じ込められていた環境に共感してしまうし、何より原作序盤でしか描かれなかった彼女の可能性は無限だからだ。
今私はベルセルクのおかげで壁を壊して外に出てこられた。
武器は持っていないが、しんどい時に「しんどい!!!」と叫んだら聴いてくれる仲間もできた。
喪失感はなくならないかもしれないけれど、私は生きることを大事にする。
それが私ができる三浦先生へのせめてもの感謝の仕方かもしれない。
もっと早く、感謝すればよかった。失ってから感謝するなんて愚かだ。
その想いが消せないのもしょうがないけれど。しないよりは良いかな、と。
とりあえず今はめちゃくちゃ原作を読み返して白泉社のアプリでは1話ずつ「いいね!」ボタンをMAXまで押して、アニメも何度だって見返すし、歩いてる時はサントラ聴いてるよ。ちょっと表現がアレなので他人にオススメするの躊躇してたけどこれからは迷惑なぐらい薦めていくよ。
そしてこの歌のこの歌詞を心の中で何度もリフレインしている。
忘れはしない キミのことは かなわぬ道に なおひとり立ち
『BERSERK-Forces-』(作詞作曲:平沢進)
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