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中途半端という言葉

バンコクのお土産を渡すために妹と最寄りの駅で待ち合わせした。
お願いされていたソースと私のお勧め「squid」マークのナンプラー、あとはタイパンとタイのお菓子。
渡し終えてサヨナラの挨拶を交わそうとしたら妹が唐突に「昇進祝いしてよ!」と言ってきた。
聞けば異例の2階級飛ばしの昇進らしく、いきなり管理職になったらしい。
両手離しで喜べない私がいた。
羨ましいなって思う私がいた。
それを察知した、もう一人のワタシが、先述のワタシをみじめだなって観ていた。

時々ニョキニョキと顔をだす「会社員」に憧れる私。
安心・安定志向のワタシが確実にいる。
社会的に認知されていることへの憧れが未だある。
会社員という響き。
理由の1つに祖母や母に言われた言葉があれば、育った環境も大きい。
祖母は美容師として自ら店を構え70を過ぎても店に立っていたし、母は定年退職まで管理職として働いた。その姿を見て育ったので「家庭に入る」ということが私の選択肢になかったし、当然、働くものだと思っていた。そして自営業は安定しないから会社勤めが良いわよと祖母が事ある度に私に言っていた。そして同じ働くなら一部上場企業が良いと…
実際に、自ら動いて働いているけれど、どうしてか「会社員」への憧れが消えない。
まだ、どこかで安心・安定思考が払拭されていないこと、そして祖母や母の言葉が根深く私に刺さっていることに気付く。

そして夜に母から別件で連絡があり、話の流れから妹の昇格の話題へとなった。
「お母さん、●●(妹の名前)が管理職になったの知ってた?」
「うん。知ってた。けど、みゆきが聞いたらショックやろうなって思ったからお母さんの口からは言わずにいた。●●から直接、聞くまで母が言うことじゃないってでしょ!?またキャリアを捨ててバンコクに帯同して行かなきゃよかったって愚痴るでしょ?」
と言われ、なんとも複雑な心境になった。
逆に気遣われたことが悲しかった。
そんな風に思われたのか…という惨めな気持ち。
加えて私の逃げ切らない様子が漏れだして、母の行動に影響したのか?という自分に対する情けない気持ちもあった。

決めていたと思っていたけれど
まだ決め切れてなかった。
甘い決断だったんだ。
頭の中に「中途半端」という言葉が流れる。

両方を選ぶことはできない。
ならば、どちらかにすることを肚に決めろ!
まだ出来ていなかったんだと自嘲した。

そのことを忘備録として今日は書き残したくてnoteに綴る。

こうやっていろいろなシグナルが届くんだね。

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