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キカイヤもネジのアヤマリ

「弘法も筆の誤り」

弘法とはあの僧侶の「空海」のことらしい。正確には死後に弘法大師と呼ばれたみたいだ。なんでも弘法は書家でもあったらしく、素晴らしく字が上手かったそうだ。そんな弘法が看板に文字を書く際に「応」という文字の点を1つ書き忘れたらしい。こんな逸話から、あれほど崇高な僧侶でさえ失敗はあるものだ、という意味のことわざとして使われるらしい。

こんな場だから、普段は忌み嫌う自分語りをしよう。私は大学で自分たちの手で車を作って走る活動をしていた。小さいころから車が好きなわけではなかった。トミカを集めることはなかったし、今でもプリウスとアクアを瞬時に見分けることはできない。それでもあんなに熱中してそんな活動に大事な大学生活を費やしたのがなぜかは今になってもよくわからない。

学業成績は悪くなかった。いや、普段は一度も言ったことがないが私の学業成績は良かった。私以外大学を経験したことのない家系にしては誇ってもいいだろう。そんな私が車を作る活動、ここではフォーミュラ部としてF部とでも呼ぼう。F部で事件を起こしたことがある。

F部では当然パーツから設計し、製作する。私は、タイヤホイールを取り付ける部分であるハブというパーツを設計した。ハブにはタイヤなどを介してあらゆる方向からいろんな力が加わる。今思えば大した才能もないくせに、自身が設計したハブに満足していた。アルミでできたあの光沢は思い出すだけで、ここにあるウイスキーのアテになるほどだ。

私たちの自信作だった車両を乗り回すのは、F部で苦楽を共にした同期で友人のヤスだった。ヤスは浪人してたため、歳は1つ上だが気前が良くて男くさいやつだった。留年しかけるほどバカだったけど。河川敷のドでかい駐車場を借りてビュンビュンとコースを周るのが毎年の夏季休みの恒例だった。

こんな書き方だ。事件が起こる。今でも覚えてる。あの日のタイヤの表面温度は54.7 ℃だった。作成した周回コースの連続したターン部分を抜けてアクセルを踏みぬき、エンジンを噴き上げて加速するところ。大きい衝撃音とともに車体の腹が地面にこすれて火花をあげた。車体がすべり行く方向とは別の方向にはタイヤが転がっていった。

私の自信作が見事にイカれていた。河川敷の土手にぶつかって倒れたタイヤについたハブの4本のボルトはねじ切れていた。材料力学の教科書でしか見たことのないきれいな45度の破断面だった。私はハブに手を当てて小さく感嘆の声が出た。灼熱に熱せられたアルミは驚くほど熱かった。

そのあと頭を掻きながら急いでヤスに駆け寄った。ヤスは「Yちゃん、先にタイヤ駆け寄るってどうかしてるってw」と笑ってた。マンガやドラマならこれが原因でエースドライバーがケガするんだろうけど、私の人生程度ではそんな展開は待ってない。ヤスは無傷だった。

私は大学に帰って原因を調べた。使われてたボルトはM6のステンレスボルトで、強度区分はA2-70。長さは110 mmだった。衝撃的過ぎて5年近く前でもこのようにはっきり覚えている。設計ではM6のクロムモリブデン鋼製の強化ボルトで、強度区分は10.9以上が必要だった。私は前夜に間違えて手に取った強度の低いステンレスボルトで締結していたらしい。

学業成績優秀とは聞いて呆れる初歩的なミスだ。落ち込みながら原因をヤスに伝えると

「『Yちゃんもネジに誤り』やなw」

バカなくせに。うまいこと言いやがる。


そんなヤスから5年近くぶりに連絡。
「Yちゃん、関西来たし焼き鳥でもいこや。
学生さんは金ないやろし、4年目のお兄さんが奢ったるわw」
バカなくせに。調子に乗るな。…今日のところは奢られてきた。

久しぶりに奇怪なヤスに会ってあの日のことを思い出した。
これも機会やし機械屋の私も日記でもはじめてみよう。

「キカイヤもネジにアヤマリ」
ちょっと恥ずかしいけどこんなタイトルで―。

そういえば初めに書いた弘法にはこんなことわざもある。
「弘法 筆を選ばず」
機械屋はどうかな。
「キカイヤ ネジを選ばず」
…まぁいっか。

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