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3巻江戸編終章「酒宴のあと」の書籍未収録原稿

 3巻の書籍版書き下ろし部分にあたる江戸編終章「酒宴のあと」ですが、実は最初に担当編集がモトオさんから原稿をいただいた際には、冒頭部分に平成編の一場面が描かれていました。
 その後、1冊の本としてのまとまりを考えて省いた部分なのですが、このまま眠らせておくのももったいないなと思っていたところ、モトオさんに許可をいただいたのでnoteで公開しようと思います。
 短いですが、4巻幕末編の予告編のような場面になっております。4巻をお読みの方も3巻を読み終わったところの方も、お楽しみいただければ幸いです!

 では、どうぞ!

江戸編終章「酒宴のあと」

 2009年5月。
 幕末の定義ははっきりとしていないが、ペリー来航に始まり、王政復古の大号令を経て徳川幕府が終わりを迎えるまでとするのが一般的だろうか。サムライの世から近代へと向かう転換点の一つで、戦国時代と並んで日本の歴史の中でも人気が高い時代らしい。
 だけど、ついこの間まで受験勉強にかかりきりだった私からすると、あまり嬉しい時代ではない。なんといっても江戸時代の末期は色々な出来事が重なっているため、年代と事件名が一致しなくて困る。テスト対策では一苦労だった。
「あ、みやかちゃん、見てこれ!」
 ちなみに、同じように受験で苦労したはずの親友は、今はその幕末に首ったけだったりする。梓屋薫(あずさや・かおる)。あまり明るい性格でない私とは違い、社交的で誰とでも仲良くなれる女の子だ。はっきり言って、薫と同じクラスになれなかったら、うまく友達も作れず高校生活に馴染めなかった自信がある。
「どうしたの?」
「前に言ってたマンガの新刊が出たんだー」
 休み時間、一冊の単行本を見せつける薫はとても興奮している。
 内容は時代劇。といっても少女漫画なので、登場人物は美男美女に描かれている。舞台設定は幕末。つまりこの子は別に歴史が好きなのではなく、漫画からその時代に興味を持っただけである。 
「岡っ引きの周辺で起こる事件を扱った……不思議な物語系のやつ、だよね?」
「うん、それそれ。特に、この畠山泰秀(はたけやまやすひで)がいいの。脇役だから出番が少ないのは残念だけどね。みやかちゃんも読んでみない? 絶対気に入るから!」
「なんか、ずいぶん推すね?」
 薫はこの作品だけでなく、その時にはまっているものを、毎回かなり力を入れて布教してくる。ファン心理というやつだろうか。その辺りを聞いてみると、にっこりと満面の笑みで答えた。
「もちろん。だって私が楽しんでるものを、私の好きな人も楽しんでくれたら、すごく嬉しいでしょ?」
 そういうことをまっすぐに言えてしまうのは、この子のすごいところだ思う。
 それなら、ちょっと読んでみようかな。照れながら伝えると、素直に喜んでくれて、私もなんだか温かな気分になれた。
 それからひとしきり話し終えると、薫は私の手を引き、更なる布教活動へと向かう。次のお相手は、高校生になってからなにかと縁のあるクラスの男子だ。先程の調子で色々とおすすめのポイントを説明していく。
「でね、畠山康秀がかっこよくて」
「畠山、康秀……?」
 途中、なにかが琴線に触れたのか、その男子は薫の話に興味を持って、逆に色々と質問をしだした。いつの時代だとか、どんな話なのか。後は、畠山康秀はどういう扱いを受けているのか。
「ええっと、江戸住みの会津藩士で、主人公の岡っ引きとはちょっとした事件で知り合うの。康秀はね、江戸幕府を大切にしている忠義の人、って感じかな」
「あの男が……間違っては、いないだろうが」 
「あれ。もしかして、このお話知ってる?」
「いや。ただ、畠山康秀に関しては、知らないでもないな」
 織田信長とか伊達政宗とかの有名どころよりも、マイナー武将を好む人はけっこういる。彼もそうなのか、畠山康秀がお気に入りのようだ。薫の話を聞き終えると、腕を組んで深く考え込んでいる。
「確かに幕末の頃、そういった男がいた。忘れようにも忘れられない。ああまで武士であろうとした男も、なかなかいない」
「へー、実在の人物だったんだ。知らなかったや」
「表立った活躍はしていないからな。それでも、ひとかどの人物ではあったように思うよ」
 普段の様子からお堅い印象があるけれど、前も演劇を楽しんでいたし、彼は意外と趣味的なものに偏見がない。薦められた漫画も、どちらかと言えば女性向けの作品だけど抵抗はないようだった。
「ただ、ここまで男前ではないぞ」
 それはそれとして、絵柄はお好みでなかった模様。ちょっと強面な彼が少女漫画について言及しているのは、なんとなくおもしろくて思わず笑ってしまった。
「どうした」
「ううん。ところで、なんかやけに詳しいけど、尊敬する偉人だったりする? それとも、幕末好きだったり」
 私が誤魔化すように聞くと、彼はそっと目を細めた。
「いいや、認めるところもあったが、尊敬は出来ない。幕末に関しては、確かに思い入れがあるかな。世相は荒れていたが、振り返ってみると悪くない時代だったよ」
 まるで懐かしい思い出を語るような、優しい声だった。

~以下、書籍版の江戸編終章「酒宴のあと」に続く


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