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わたしのお汁粉

黄色い人

新年の初出店に合わせて作ったお汁粉は、自分史上最高の出来栄えだった。

豆の皮をプチプチ弾かせて、豆の中身をもしゃもしゃ食べながら、あん粒子の溶け出した汁を飲み込む。

暮らしがまだ前時代の香りを残していた頃、ストーブの上でことこと煮た豆がじっくりゆっくり柔らかくなる味。

秋にとれた初物を、トロ火でゆっくり煮たら、豆は口の中でほろっと崩れて、最高だった。


実家にいる時、母は、まめに手料理を作る人だった。
祝事とあれば必ず、赤飯も作ってくれた。
炊きおこわではなくて、四角い蒸し器で蒸しあげる、蒸しおこわ、だ。

美味しいんだけれど、なんとなく餅米が硬い。そして豆も硬い。潰れた豆もちらほら。均質な仕上がりとは程遠い。

お汁粉も毎年冬になると必ず作ってくれた。
でも、毎年甘かったり、甘くなかったり、皮がかたかったり、柔らかすぎたり、いつも一定の味というのはなかった。あん粒子が溶け出しすぎて、白く濁った紫になるのも特徴だった。

それらが、わたしの母の味。当時はマシンガンの如くダメ出し文句を言っていたが、離れて暮らして長くなった今は、むしろ市販品にはない、あの乱雑な仕上がりが恋しい。

母からは、「お赤飯は小豆じゃなくてささげを使う」という知識を伝えられたけれど、お赤飯の作り方は結局教えてくれずじまいで、わたしは遠くに嫁いでしまった。

一方、今は亡き、母方の祖母が作るお赤飯は、餅米も豆もふっくらだった。とりわけ豆の皮がまったく硬くなく、口の中ですんなり解けていくのに、豆はしっかり丸のままある。破れている豆はほとんどなかった。

お正月に訪ねると、祖母はかならずお汁粉を振る舞ってくれた。もちろん小豆がたっぷり入ってお餅が小豆と絡んで。ちょっとだけ塩をきかせてあったようにも思う。

甘い小豆をムシャムシャ食べた、最高だった思い出。


記憶は曖昧だけれど、確実に「あの味」が、わたしの身体の奥に、心の奥にある。

毎年冬が来るたびに、「あの味」を再び味わいたくて、お汁粉を作るのだけど、もう何年も結局横着して小豆と対話をすることなしに、簡易的な「カタチだけをなぞるお汁粉」になっていた。

あるいは、「時短」「手間なし」をいいことに「圧力鍋」で小豆を煮るなどの試行錯誤までして。

だけど、今年。

「お汁粉づくり」は、豆との対話から始めた。

これまで何度も使ってきた「北海道産の新豆」と表示されている一般的なエリモショウズ(小豆)ではなく、晩秋に地場産として売っていた「小豆」という表示されたものを初めて使ってみたのだった。

いつも通りに火を入れようとすると、もう最初の段階から豆の挙動が違いすぎた。

いきなり水に浮く。

そんなことは過去になかったので、過去の観察ノートをくまなくみながら、今目の前で起きている現象に対して、仮説を立てることから始まった。

そして、変化をみながら、これまでの経験と記憶を総動員しながら、豆と対話していた。

どうしたらいい?
次はどうしたら?
何したら美味しくなる?
これやったらダメかな?

目の前の豆には人間のような言語体系はないので、表情の変化、硬さの具合、色の出方、匂いの変化など、彼らが放つ「言語以外の物言い」を必死に感じ取る。

「あ、こういうことだったのか」

料理人の主人がずっと言っていたことが、すんなり腹に落ちてきた。

マニュアルじゃない。料理は心だ。五感で判断する。そして全て一期一会。同じ素材、同じ調理法など実は存在しない。

わたしはこの時初めて「料理」をしたかもしれない。
まずは人間の食料となってくれた素材のために。そして調理したものを食べてくれる他人のために。

結局、いつもの要領とは全く異なるやり方で、火を通し続けた豆。
煮上がった時は、一粒も腹割れしていなかった。

こんなこと、初めて。

ここのところ、毎度「一粒も腹割れしない状態で煮る」ことを狙ってやってきてみたものの、限界を攻めれば攻めるほど、皮が硬すぎて美味しいのまな板上にも登らないパターンがずっと続き、あきらめかけていたところだった。

できた!

ついに。


でも、どうも見た目がいつもと違う。
小豆は楕円形に煮上がるのが常。だけど目の前の豆は「いわゆるビーンズ形状」。くの字に曲がったように見える。

そして、明らかに「赤っぽい」。
俄然「赤く光っている感じ」がするのだ。

もしや、これは「小豆」ではなく「ささげ」?
あるいは、エリモショウズとは異なる、暖地での生育に望ましい別の品種?
もしくは、研磨していない地場産新豆ゆえの特徴?

とにかく、これまで炊き慣れた感じとは一線を画すこの豆の挙動の原因を突き止めないことには、自信を持って「お汁粉」は作れない、と判断したわたしは、この豆を今年は畑で育て、この豆の子供たちを使って来年のお汁粉を作ろう、と決めた。

わたしの記憶にこびりついて離れない祖母のお汁粉のように、誰かの記憶に残るお汁粉を、作りたい。

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