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百姓見習い

わたし自身は一体何者?

いろいろとことあるごとに考えていくうちに「百姓見習い」という肩書がパッと閃いたのが、隣町でのアウェー出店を控えた前日に、翌日の出店で手配りしたい!と一念発起し、ほぼ徹夜で作り上げたお店の紹介パンフ(通称:一夜城パンフ)と格闘した2022年11月25日の夜のこと。

非常にしっくりくるあまり、その後に続いてきたこの半年は、自分史上で最もラクな気持ちでいる。

百姓、それは百の姓を持つ人。
特定の仕事だけをしていない、職業人と言うよりは生業人。農ももちろん生業に含む。しかし、農だけではない。その時々の求められる仕事を、自分にできる精度で懸命に行う。

すぐに現金収入に直結することもあれば、そうで無いことにもずんずん当たっていく。

2021年10月から、少なくとも二代にわたって休耕田だった場所を、コツコツと再開拓し、約1年半。
イネ科雑草の聖地となっていた休耕田をようやく「畑」に変えられた。

本当は穀物を育てたい。とりわけ「米」を。

ただ水田での慣行農法は人的労力にも資機材的にもハードルが高すぎると思い、躊躇していた。

それに今の休耕田は、建物や高木に囲まれていて、日射量が限られる場所もある。たとえ普通に水田化したところで、動かし難い日射量の差異による生育の違いは目に見えるよう。

去年読みあさっていた「自然農法」つながりの本の中で、福岡正信翁が提唱した「米麦連続不耕起直播栽培」を知ってから、「わたしが求めていたのはこれだ!」と思うも、身近なところに実現する人を知らず、脱穀の困難さを家族に指摘され、結局昨秋の麦播きには踏み出せなかった。

そもそも、元々水田であるこの場所は、大雨が降れば必ず冠水する。
開発から取り残されたような形の変形地でもあるため、周辺の田んぼと同様に農村基盤整備の一貫で整備されたであろう「パイプラインの蛇口」の位置と、排水用の水路のまでの位置どりが無理やりな印象も拭えない。

隣接する住宅の地下浸透水の出口ともなっている場所では、土は常にしっとり濡れている状態。日中日陰の時間が長時間続き、かつ、粘土質優位の土壌分布箇所は、水分蒸発も少なく土中の空気がおそらく閉め出されて、有機物の分解に時間がかかる。放っておくと湿地を好む植生が繁茂するし、下手に除草すると水分が滞留しすぎて嫌気性発酵が起きて独特の匂いを放つ(クサヨシらしいのは、水分を少しでも蒸散させる目的で除草しなければよかったと今の反省点)。

この10年やってきた「砂地の栽培実践」とは明らかに異なり、難易度が高い(そのぶん面白い)この場所で、今年は一年通じて畑作をしながら「この土と、土地と、日射と、虫たちと、野草たちとの対話」をしていくつもり。

まずはこの数年で確立できた「里芋の雑草混成栽培」(10年の試行錯誤実績あり)
さらには、年始の八幡様出店で実現を誓った「小豆の栽培」(昨秋テスト済)
そして、日本の食、庶民の食を支えるお米の友「大豆の栽培」(新チャレンジ)

原始的な「芋」「豆類」という栽培品目のこの三本柱で行こう、と思っていた矢先、

先日、ご縁があり種をいただいた「紫とうもろこし」も植えてみることに。

栽培法など全くよくわからないので、体当たりでの挑戦。
芋、豆、そしてとうもろこし という、一応イネ科であるかろうじての穀物栽培に、ついに足を踏み入れる。

わたしがこの地で「農」に触れるようになってから、11回目の初夏。
百姓見習いは、いつか一丁前の「百姓」になれるように、今年も試行錯誤を行う。

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