kii

小説を読むことは、とても楽しい。小説を書くことは、さらに楽しい。

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最近の記事

シッソウカノジョ 第二十一話

 翌日も、そのまた翌日も、シマシマは帰ってこなかった。  シマシマが出て行ってしまってからいうもの、夜中でも窓辺で物音がするとベッドから起きだして、寒さに震えながら家の外を見て回った。昼間は昼間で仕事も手につかず、うろうろと近所を当てもなく歩き回る。三日目の今日は、夜明けに降り出した雨の音せいで、おちおち寝てもいられない。  シマシマは居ても居なくても、ぼくを眠らせないつもりらしい。いつまでこんな状態が続くんだろう。ここ数日、ぼくは食事も喉を通らず、ひげを剃る気力もなかった。

    • ソッソウカノジョ 第二十話

       透子が姿を消したことは、事件でも事故でもないことはわかった。でも、それがぼくにとって救いになったかといえば、むしろ逆だ。なぜ透子は、この街を離れて、どこか遠くへ行かないんだ。どこかよそで新しい男と二人、なにもかもやり直せばいいことじゃないか。障害になるようなものは、なにもないはずだ。ますます透子の考えていることがわからなかった。重苦しい気持ちで、カフェオレにひたしたパンを朝食代わりに胃に詰め込んでいると、電話が鳴った。  どうしてぼくには透子のことをゆっくりと考えるひまもな

      • シッソウカノジョ 第十九話

         まん丸に見開かれた魚の目が、こっちを見ていた。口を大きくあぁんと開けて、何か切々と訴えているようにも、自分の運命も知らずに朗らかに歌っているようにも見えた。その魚の頭が、鋭い刃でザンと音を立てて切り落とされた。  夜、九時。ぼくは一人でビールを飲みながら、テレビの料理番組に見入っていた。みごとな切れ味の包丁とあざやかな手際で、みるみるうちに魚はかたちをかえていく。銀髪を結い上げ、縞の着物の上に皴ひとつない割烹着を身に着けた先生の横では、赤いエプロンをつけた若い男性のアシスタ

        • シッソウカノジョ 第十八話

           夜十一時を少し過ぎ、ベッドに滑り込むとフカフカの枕に顔をうずめた。取り替えたばかりのシーツと枕カバーは、ぱりっとしていい香りがする。そっと目を閉じ、暗闇のなかで、羊水に包まれる自分をイメージして、温もりに身をまかせる。いまだけは煩わしいことは考えず、とにかくこの温もりに身をまかせよう。頭を空っぽにして眠ろう。透子だって、今ごろはきっと寝ているはずだ。どこで寝ているんだろう。彼女の隣には、もうだれかいるんだろうか? まさかぼくの知ってる男なんじゃないだろうな。ぼくのなにが悪か

          シッソウカノジョ 第十七話

           パソコンのモニターから顔を上げ、窓の外を見ると冬の陽射しは傾きかけていた。我が家の目の前に建つワンルームマンションのベランダには、白いシャツとジーンズが木枯らしに揺れていた。目覚めてからなんとかパソコンには向かったものの仕事は一向にはかどらなかった。昨夜の怜美ちゃんとのことが頭をはなれず、心はひりひりと痛んでいる。透子が好き勝手にやるなら、ぼくだって……と、ちらっとでも考えたのが大間違いだった。  フォーカスの合わない視線を宙に泳がせていると静子さんの高笑いが蘇る。「てきと

          シッソウカノジョ 第十七話

          シッソウカノジョ 第十六話

           仕事の打ち合わせを終えたのは午後六時を過ぎた頃だった。取引先の接客ブースで、クライアントの小田嶋さんがタブレットから顔を上げてぼくを見た。 「それじゃあ、このあと軽くいっとく!?」  部類の酒好きの小田嶋さんは、細い銀ぶち眼鏡の奥の小さな目をさらに細めた。  仕事先の人と飲むのは、案外気を遣うものだ。はめを外すこともできず、共通の話題といえば狭い人間関係の噂話。そして、最後は会社の愚痴を聞かされることになる。それなのについOKしてしまったのは、透子がいなくて人恋しかったから

          シッソウカノジョ 第十六話

          シッソウカノジョ 第十五話

          「さあ、これでモニターも繋がった。再インストールも完了。残念ながらデータの修復は出来なかったが、当然、バックアップはとってあるよな」  パソコンのモニターから顔を上げた篠原君が、ぼくに向かって言った。  ぼくは小さな声でこたえる。「実は……とってないんだ」 「これだから素人は」篠原君は吐き捨てるように言う。「いつもおれがいってるだろ。まめにバックアップをとれって」 「今度からはそうするよ」 「『ああ、そうするよ』『今度からする』『次からする』って、おれは別にどっちでもいいんだ

          シッソウカノジョ 第十五話

          シッソウカノジョ 第十四話

           ドアの外には小さな女の子が立っていた。多分、小学校二年生か、三年生。赤い頬とおかっぱ頭の黒髪は、昔話から抜け出してきた座敷わらしのようだ。しかも頭の上に、見覚えのある猫を乗っけている。合体したひとつの生き物のような四つの瞳が、ぼくを見ていた。 「ただいまぁ。いま帰ったよ~」座敷わらしが言った。  ぼくと座敷わらしは見つめあった。 「この子が迷子になってたから、あたしが連れてきてあげた」座敷わらし少し胸を張る。 「どこか別の家と間違ってるんじゃないかな。う、うちの猫じゃないよ

          シッソウカノジョ 第十四話

          シッソウカノジョ 第十三話

           風が窓を叩く音で目がさめた。部屋のなかはひんやりとしている。ぼくはベッドの中からあたりを見回し、周囲に動くものがないことを確かめる。そして毛布を鼻まで引き上げ、ベッドの温もりを味わいながら再び目を閉じる。なんてすばらしい感覚。これこそ、ぼくがのぞんでいたものだ。だれにも邪魔されることなく好きなだけ眠り、心穏やかに日々を過ごす。そんなささやかな自由を夢と現のはざまでそっとかみしめながら、昨日の自分の決断の正しさに、自然と頬が緩んでくる。もう寝入りばなを無理やり叩き起されること

          シッソウカノジョ 第十三話

          シッソウカノジョ 第十二話

           自転車に乗るなんて、何年ぶりだろう。庭で雨ざらしになっていたママチャリは、タイヤの空気が抜け、フレームも錆びだらけだった。空気は入れたもののペダルを漕ぐたびに、金属がこすれあう淋しいような、情けないような音がする。空にかかる月は凍えて、吐く息が白い。無灯火で走るのは危険だとわかっていたけれど、この自転車にはライトが付いていのだから仕方ない。うつむきながら漕ぎつづけていると、また一台、大型トラックが追い越していった。風圧で倒されそうになるのを必死にこらえながらペダルを踏み続け

          シッソウカノジョ 第十二話

          シッソウカノジョ 第十一話

            情け容赦なく朝はきた。昨日、ぼくが吐いた呪いの言葉はなんの効力もなく、今日もこの星は回り続けている。朝日はまぶしく、世界は昨日と何も変わらなかった。  昨夜、完全に沈黙するパソコンを前に、ぼくは結局なにもできずに、ベッドにもぐりこむとそのまま眠ってしまった。目覚めてもまだ、なにをする気力もなかった。それでも腹だけは減っていた。ふらふらと起き上がり、キッチンに行く。テーブルの上にあった干からびたフランスパンのかけらを冷たい牛乳にひたして立ったまま食べた。なんの味もしなかった

          シッソウカノジョ 第十一話

          シッソウカノジョ 第十話

           次に目が覚めたときは、とうに昼を過ぎていた。カーテンを開けると空は晴れ、陽射しは寝ぼけた目にまぶしいほどで、今日は寒さも一段落といった感じだ。それなのにぼくは、へんな時間に無理やり起こされたせいで、頭はどんよりとして、身体は濡れた砂が詰まったようにだるい。膝から下は爪と牙で傷だらけにされ、毛布もケバケバだ。  そもそも猫を家にあげたのが間違いだったと激しく後悔した。それもこれもみんな透子が悪いんだ。透子が姿を消してからというもの、ぼくは軸のずれたコマのように、いびつな放物線

          シッソウカノジョ 第十話

          シッソウカノジョ 第九話

           頬にかかる猛烈に荒い鼻息を感じて目が覚めた。一瞬、透子かと思った。だが目の前には、びっしりと毛の生えた大きな丸い顔が迫っていた。 「かんべんしてくれよー」毛布を頭の上までひっぱりあげて寝返りを打つ。  目覚めて最初に見たいのは、透子の笑顔だけだ。しかし、猫はぼくの気持ちなどお構いなしに毛布のすきまから少しでた、ぼくの頭の毛を爪でちょいちょいとひっかく。固く目をつむってやり過ごそうとすると、猫はのしのしとベッドの足元の方へ回り、毛布から出ている足に力いっぱい噛みついた。  情

          シッソウカノジョ 第九話

          シッソウカノジョ 第八話

          「これじゃあだめだ。ぜんぜんっだめだ」  ぼくは鼻血が止まるのを待って顔を洗い、歯を食いしばって靴下を脱ぎ、絶叫を繰り返しながらガラスの破片を抜き取った。血を洗い流して、応急処置としてメディカルテープをきつく巻き、鼻血がべっとりとついたシャツからセーターに着替えると家を飛び出した。  痛む足をかばいながら交差点をわたり、ドラッグストアと銀行の角を曲がって、足を引きずりながらさらに北へ四分。子犬の看板が掲げられた店のガラス戸を押した。  平日の午後だというのに、店はにぎわってい

          シッソウカノジョ 第八話

          シッソウカノジョ 第七話

           犬を拾ったときは、ぼくももう少し大きくなっていた。  学校からの帰り道、草が伸び放題になった空き家の庭先で、その犬はおびえたようにふるえていた。茶色の毛は薄汚れて貧相で、キツネのようにも見えた。でもすごく人懐っこくて、ぼくが口笛を吹くと、すぐにシッポを振って近寄ってきた。利口そうにはみえなかったけれど、吠えたり噛みついたりもせず、撫でてやるとぼくの手を舐め、もっと撫でてほしそうに腹を見せて、右へ左へと振るシッポでぼくの足をたたいた。  いつからそこにいたのか、犬は首輪もなく

          シッソウカノジョ 第七話

          シッソウカノジョ 第六話

           子供の頃から、猫ってやつがどうも好きになれなかった。猫だけじゃない。犬も猿も小鳥も大嫌いだった。  五歳のときのこと、父が大きな鳥カゴを抱えて職場から帰ってきた。何でも会社の同僚が、ツガイのインコを飼っていて、誰から頼まれたわけでもないのにせっせと卵を産ませ、繁殖と普及につとめているというのだ。  玄関先で出迎えたぼくの鼻先に、父は「ほらっ」とカゴを差し出した。なかをのぞくと小さなインコがいた。頭が黄色で、首から羽にいくにしたがって明るい緑のグラデーションがそれはそれは美し

          シッソウカノジョ 第六話