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マイナスプラス

最近はすごく眠れない。
瞼は重い、脳みそは機能しない、すっごく眠りたいのと同じくらいにすっごく眠れない。
眠る前にああだこうだとネガティブな想像をしてしまうし、確信に近い被害妄想を延々と繰り返しては自己嫌悪をする日々。
だから最近常々思ってることをここに連ねる。
誰にも見られていないプラットフォームで整理させて欲しい。読んで楽しいものじゃないし読むひとも居ないけど。

人と関わることはすごく難しい。
丁寧に人と会話を重ねることはすごく難しい。
僕は根っからの皮肉屋で、どうにもそれを治したいのだけれど、自分にも他者へも皮肉めいた言葉を安易に使ってしまう。
僕は会話をする時は常に興奮状態なんだと思う。
会話を紡ぐ上で冷静ではいられず、今この言葉を使ったら相手がどう思うかなどを即座に考えられない。後々胸中で自らが発した言葉を反芻しては後悔するが、後の祭りということが多い。
言葉を選ぶという単純明快な作業が純粋に下手くそで他者との距離感をうまく掴めない。
そしてマウンティングの癖がある。
自分に自信がないからこそ他者を傷つけて優位に立とうとする。
僕の最低で大嫌いなところだ。
同時に僕は他者の顔色を異常なまでに気にする。自分で傷つけておいて相手がどう思っているか、いや、言い訳になる。
素直に書くと自分が嫌われはしないかと矛盾した恐怖を抱いている。
自らへ向けられている嫌悪の匂いがなによりも恐ろしい。端的に言うと嫌われるのが怖い。
しがんだ表情が怖い。シワの寄った眉間が怖い。
吊り上がった目尻が怖い。言葉の節々から感じる疎外感が怖い。
また僕は人に嫌われることが上手い。
僕は人に嫌われる星の元に生まれてきているのではないかと思うほどに嫌われる才能があるんじゃないかとさえ思うことがある。

そして同時に僕自身も同じくらいに人を嫌う。
嫌いであれば悪口も言う。悪質ないじりもする。
僕は僕と友達にはなりたくないと思う。
マイナスな言葉はマイナスのことを引きつけるなんて嘘っぱちだと思っていたけど、それは本当のことなんじゃないかと感じてきた。
最近SNSで見た。「悪口は無料の娯楽」
本当にそうだと思う。僕はこのクソみたいな娯楽にどっぷりと浸かって人生を生きてきた。
その代償が今なんだと思う。
そろそろ上がりたい。

最近曲を作った。
安酒を煽ってぐしゃぐしゃに泣きながら酔っ払って作った。
二日酔いの朝、体は鉛のように重く、心は曇天の空模様のようにくすんだ色をしていた。
昨夜の歌詞を見た。

今言いたかった事は全て忘れた
そんなどうでも良い話さ

そういえば悲しかった
そういえば虚しかった
そういえば死にたかった
そんな事すら言葉にできなかった

時は全てを流すらしい
いつか子供だった僕は
どこか遠いところに遊びに行ってしまったらしいんだ

素直に生きていたかった
楽しい時は楽しいと、哀しい時は哀しいと、怒った時は嫌だと、嬉しい時はありがとうと
そんな僕はどこかへ行ってしまった。
どこかへ行ってしまった。

いつか僕は全てを憎んでいた
嫌いな奴を
妬ましい奴を
好きな人を
好きな家族を
そしてそれは自らに
自己嫌悪という言葉で
牙を剥いた

素直に生きていたかった
楽しい時は楽しいと、哀しい時は悲しいと、怒った時は嫌だと、嬉しい時はありがとうと
そんな僕はどこかへ行ってしまった。
どこかへ行ってしまった。

だけど

今は生きよう。
納得なんかできないけど。
今は生きよう。
凄く辛いけど。
今は生きよう今は生きよう今は生きよう今は生きようどうにか

くだらない歌詞だと思う。ストーリーもクソもなくて、論理展開さえ無い。文字通りごちゃごちゃの文章で誰の共感も呼ばない。録音の中にはコードをつけてアコースティックギターで歌っていたが、声も音色も笑ってしまうくらいひどいものだった。
曲としては最低の部類だと思う。
頭でわかっていても、朝これを聞き返した時なぜか泣いてしまった。
気持ちが悪い。吐き気がするほど気持ちが悪い自己陶酔だと思う。
でも、僕は素直に生きていたかったんだと思う。
今からでも遅くはないとか思わないから言わない。十分遅い。
でも今からでも素直に生きてみようと思った。
清く正しく美しくなんて出来ないけど、出来るところから一つずつ自分を正していかなきゃならない。
自分の嫌いなところとも向き合って、徐々に軌道修正したい。好きな人たちに好きと言われたい。
嫌いな人たちには無関心でありたい。
素直に生きるために。

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