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【グレショー】2回目の放送の感想

担当した『THE GREATEST SHOW-NEN』の第2回を見ました。

こちらで見逃し配信を見ることができます。

5月8日(日)1:00 までです。

さて、今回も感想や思い出を振り返ります。
前回書き忘れちゃいましたが、完全に視聴者のみを想定して書いていくつもりで、ネタバレにいささかの躊躇もないので、気にされる方はご注意を。

また、今回からわりと、作品の作為的な部分について踏み込む「ヤボ」な言及も増えていくと思います。
「解釈に正解はない」という理念を持っているものの、「作家が言及したらそれが正解になってしまう」という懸念も同時に持っておりますので、そのへんも自分の感じた何かを大切にしたい人は、すっごい薄目で読んだりしてくださいね。

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1、本編の編集について

まず最初にこれを書いておかないと、微妙に歯切れの悪い書き方になりそうだなーと思ったので、先に書いておきます。
グレショーの舞台は「本編が大体1時間くらいで」という、絶対とは言わないまでも、「そんくらいじゃないと全編放送できないかもっすねー」みたいな前提がありまして。
とはいえ基本的に全スタッフが自由な創作を後押ししてくれるので、僕も甘えて好きなように作ってたら、『大暴力』も75分くらいの作品になっちゃったんですね。
上演に向けてカットしようかなーとも思いましたが、「(まあ…放送時点で好きにカットしてもらったほうがいっか。プロに任せよっと)」と放置しました。

ので、「(編集いれないと放送厳しいよなー)」とは思ってたんですが、1回目と2回目の放送を見て、編集の方針に確信が持てたので、そこについて語っときます。
(事前のチェックがあるわけでもなく、僕も皆さんと同じタイミングで放送を見ています)

カットされているのは、それぞれの登場人物の名前を冠した作品でした。

たとえば、第1回の放送では、『プリンとバイオレンス』と『銃撃』のあいだに、実は『ナットペンドルトン克己』という作品が入っていたんです。
第2回の放送では、『タイムマシンで来た二人』と『君の剥製』のあいだに、『公野景』という作品が入っていました。

そのため先日の第2回の放送では、福本さんの着替えが、異常なスピードで達成されたかのように見えてしまっていましたね。
実際はもちろん生の舞台なので、「着替えが間に合う」ように順序を考えて作っています。福本さんも本当は、『公野景』が行われていたシーンで着替えをしていたというわけです。

いずれもちょっとした仕掛けがあって、役者の本名が一瞬タイトルとして表示されてから、役名のタイトルに切り替わるという演出を施していました。
たとえば『ナットペンドルトン克己』なら、一度『草間リチャード敬太』と表示された後に、タイトル画面にノイズが走って、『ナットペンドルトン克己』に変わるというような。
『公野景』も同様で、一度『小島健』が表示されてから、『公野景』に変わります。

実は以後、すべての登場人物にこのようなパートが存在しています。
ただ、ほとんどカットになるでしょう。
僕の予想では、終盤に一点、おそらくカット不可能な部分があるので、それは放送に乗るんじゃないかと思います。楽しみにしてみてください。
とりあえず現状でカットされていた上記の2作について、どんな内容か書いておこうと思います。もしかすると、以後の理解に役立てられるかもしれないし、ね。

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2、ナットペンドルトン克己

このタイトルでは、「かつて犬に噛まれたことがあり、そのとき思わず犬のお腹を蹴ってしまったことがある」というエピソードを、ヘラヘラしながら語るナットペンドルトン克己が登場します。笑い話や懺悔といったテイストで語られず、聞き手が「(その話は一体なに…?どう思って聞けばいいの…?)」と感じてしまうような作品になっています。

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3、公野景

このタイトルでは、「実はかつてのケガで片足にボルトが埋め込まれており、右足を上にして足を組むことができない。そのため、過去のテレビ出演や雑誌の掲載写真などでも、僕が右足を上にして組んでいるものは存在しない」と語る公野景が登場します。
その話を受けて、周りにいる役者がクスクスと笑うので、「笑い事じゃないですけどね」と公野が言って、次のシーンに進みます。

『ナットペンドルトン克己』と同様ですが、実際の役者とキャラクターのあいだに存在する漸近線(ある曲線が、原点から無限に遠ざかるにつれて、限りなく近づいてはいくが、決して交わらないし、接しもしない直線)を描こうとして作ったシーンです。

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いずれもシンプルに気分が悪いというか、大衆向けの対極にある「イヤな時間」なので、ぶっちゃけカットは正解だと感じています。
「そこカットしたらアカンやろ!」という性質のシーンではなく、あってもなくてもいい、というかあったほうがより「ヤダ味が強まる」ものです。
なんでそんなものを作るのかという問いには、「知らんよ。病気ちゃう?」としか答えられません…。

僕だってクリエイターとして、人を楽しませるために、見た人の人生にちょっとした彩りを与えるためにいつだって作品を作っているつもりですが、たまに気がつくと「(…これ誰が喜ぶん?)」という方向に走ってしまったりするんですよね。
『ミスト』とか『セブン』みたいな、「いやもう、もはやこれの何がオモロイん?誰の人生がこれで輝くん?」という作品って世の中にありますよね。あれなんなんですかね。
「は?嫌な気分にさせられただけなんですけど?」みたいな。
『School Days』もそうですよね。
何か知らんけど、人間ってたまにそういうの作りますよね。ほんでみんなで見たりするんですよね。マジでなんなんですかね。

さてさて、以後は放送された本編についてのお話を。

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4、この愛は警察に届けます

ストーカーをテーマにした作品です。
僕は常々、「危害を加えないストーカー」についてよく考えます。
そして「そもそもその、危害ってなんだろう」とよく考えます。

愛の告白は、「何回目」から危害になるんでしょうか。
十回も告白しちゃったら、それはもうやっぱり危害でしょうか。
だけどたとえばウーバーイーツの配達員が告白してきたら、それはもう一回目から「危害」だというような気もします。ごっつ怖いし。

いずれにせよ、その「危害」はどこから発生したのかなと考えてしまうんです。
だって、そこには愛しかなかったはずなのに。
誰も悪くないというか、まあ何十回も告白してくる奴はたぶん悪いし、ウーバーイーツで告白してくる奴は相手の気持ちを考えられない人間だとは思いますけども。
でも、「あれ?だけどそこには、愛しかなかったのに?」とも思うんですよね。

というわけで僕は、「愛してるとか嫌ってるとか、心の中のことなんかどうでもよくて、単に“近づく”とか“話しかける”とか、それがアウトだっていう話。理由とかどうでもいい」と解釈していたりします。

「思想で捕まる思想犯なんていない。行動があって初めて捕まる」みたいな話です。
愛するなら勝手に愛せと。ただ、それを伝えてくんな、と。
すなわち、手紙を書いてもいいけど、それを送ってくんな、と。

リチャードさんのカタコトは、何度目かの稽古で提案しました。
それまで二人の背景がちょっと見えづらかったのですが、カタコトにしてもらうことによって、グッと景色が広がった感覚を得ました。
(ナットくんがあの口調で恋人に相談してるところとか、すごく思い浮かぶ)

ところで佐野さんの「ボイストレーニングに通って、そのあと手話を覚える」というくだりについて、「大声でナット君の鼓膜を破壊するため、手話を覚える必要がある」という解釈をツイッターで目にして、マジで戦慄しました。
なにそれ。こっわ。
僕としては、「それ以後、二度と話しかけてはいけないので、声を出さずに済む手話を覚える」というつもりで書いていました。
鼓膜を破壊するて。こっわ。なんでそんなこと思いつくん。

でもそっちの解釈のほうがめちゃくちゃ面白いなと思ったので、誰かに聞かれたらそういうふうに答えようと思います。

佐野さんが背負う大荷物を読み解いてくれている人も何人か目にしました。
そこは、まさに「ナットくんを追うために住居を捨てている」という解釈で、僕と合致していました。

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5、タイムマシンで来た二人

この作品は、この『大暴力』という作品における重要なフックとして機能させているので、ちょっと現時点で多くは語りたくないです。
ので、あっさりめに。

いやー、末澤さん、いいですよね。
年齢が最も近いことも理由なのか、末澤さんとは「演技線」が僕とめちゃくちゃマッチすると感じながら稽古していました。
(「演技線」とは、なんとなくの演技の方向性、セリフのニュアンスの捉え方とか音量・抑揚をマルッと含んだ僕の造語です)

ので、末澤さんに対しての演出は、ふだん匿名劇壇で稽古しているときとほとんど近しい感覚で行っていました。
僕と劇団員はもはや良くも悪くもツーカーになってしまっていて、雑な表現やスーパーニュアンスでしかない指示をよく行ったりしますが、末澤さんはそんな感じの身内表現を何の問題もなく汲み取ってくれて、すごく助かりましたね。
ただ理解力が高いため、ともなって返事も早く、シンプルに「はい」とだけ即座に返してくれるので、「(ははーん。ブチギレてんのかな?)」と序盤はビビってました。

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6、君の剥製

これは匿名劇壇の『大暴力』では上演していない作品です。
これまで匿名劇壇はフラッシュフィクションを何度か行っているんですが、これはその始まりの作品、『Jerk!!』という舞台で上演したものを引っ張ってきました。

佐野さんに女装をしてもらうかどうか悩みましたが、ここまで男性カップルで描いたものが多かったので、ここは女性を演じてもらおうと。
聞けばライブでも「ヨシ子」という女性キャラクターでコントをしているということだったので、「じゃあ一度ヨシ子でやってみてください」とオーダー。

するとあまりにボケに比重が傾いて、ただの面白人間になってしまったので、「もうちょっとリアルなヨシ子でお願いします」とリクエスト。
結果、良いバランスになったかなと思います。
「面白キャラとして女性を演じるのではなく、腹の底から女性でいてください」とお願いしました。今後「ヨシ子」を演じる時の糧にもなるんじゃないでしょうか。知らんけど。

福本さんも、いい病み方してくれてましたよね。
このセリフ、かなりお気に入りなので、貼っておきます。

「今度さ、アガットのネックレスも買ってあげる。それと、その香水を合わせて神戸のハーブ園に行こうね。そのとき、チョコレートの形をしたトイカメラも買ってあげるから、それで係りの人にツーショットを撮ってもらおうね。そしたら家に帰って、マックにデータをインポートして、逆光で全然撮れてないやって二人で笑おうね。そのとき君は心の底から楽しそうに、時間が止まればいいのにって、思ってたんだよね」

いやー、キモいですね。
「未来について語っている状態から、いつの間にか過去に想いを馳せていく流れを、しっかり演技で見せてください」とオーダー。
バッチリだったと思います。

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7、選りすぐりの孤独

これはもともと匿名劇壇で『友達はどこだ!』というタイトルで上演したものです。
『友達はどこだ!』は、ねじ式およびブラックジャックの「医者はどこだ!」をパロディして命名していました。

なぜ今回タイトルが変わっているかというと…忘れてたからです…笑。

Aぇ! group用にリライトしていくにあたって、元の台本を見ながら直していたんですが、「(なんか、二人一組になるやつあったな。あれ入れるか)」と思いまして。
ただこれね、

先生が「二人一組になって」と言い、生徒がそれに従う。
何度かくりかえす。
一人が余り続けて、最後に「四人一組になって」と先生が言い、また同じ生徒が余る。
先生と組んで、終わり。

という4行しか台本がないんです。
なので、元の台本を見返さずにバババッと書いたんですが、「(…あー、これタイトルなんだったっけ…。忘れたな。まあいいや。いま適当に決めよ)」と思って、新しいタイトルになっちゃいました。

でもまあ、『選りすぐりの孤独』って良いタイトルですよね。
すごくこう、余ってる感が強くて。
いや、余ってるというか、選りすぐりの。
「選りすぐって選りすぐって、孤独」っていう感じがいいですよね。

これ、Aぇ! groupの皆さんがほんと仲いいので、すごく和気あいあいとしちゃって。
佐野さんに悲壮感が出ないというか、周りの底意地の悪い感じも出なくて、ちょっと苦労しました。
すごく性格の悪い言い方ですけど、「(この人たち…こういう経験マジでなくて、感覚として一切持ってないモノなんじゃないかな…。余るのも、余らせるのも…)」と思いましたね。
たぶん余るような人間じゃないし、余りそうな人がいたら、なんの躊躇や思い入れもなくサッと声掛けできるような人間たちなんじゃないかなと。
4行しか台本がないので、みんなでエチュードっぽく、ワチャッとやらせると、ほんと光がスゴくて、僕が描こうとする影を見事に吹き飛ばすのでほんまウケましたわ。

ちょっとイジワルしてやろうと思って、引くほどの回数「二人一組になって」を繰り返させたりしましたけど、普通に「(何回やるん?)」っていう空気が流れただけでした。

余ってしまう佐野さんのみ、前回の衣装を引き継いでもらいましたが、これは作為的なものでした。
これも目ざとくお気づきの方がいましたね。まあ気づくか。いいでしょ?これ。

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8、このあと一人が骨折した

これ、作品の構造が結構ややこしくて、
①演じる過程で、リアルなケンカに発展した「トラブル」
を描いているのか
②リアルなケンカを描くというテイの「作品」
を描いているのか
③実際に起こった「トラブル」をそのまま台本にした「作品」
を描いているのか

という、3つの視点で捉えることができます。
これはあえてボカしているので、お好きに解釈してもらえると嬉しいです。

「福本さんって、実際末澤さんに食ってかかったりすることあるんですか?」という質問をしながら、組み立てました。
(当然ないって言ってました)

でも僕は最初から、「Aぇ! groupでケンカさせるなら絶対にこの二人だな」と思っていました。
参考にした動画はこれです。

この動画を何度も見て、「彼らの腹の底の底にある相関図を浮き彫りにするのが俺の仕事や」と思って、今回のグレショーの稽古に臨んでいました。
なんでそんなことが俺の仕事なのかは全然意味わかりません。
この動画をうがった目で見過ぎて、もう僕には彼らが不仲にしか見えなくなりました。目が腐りました。

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9、これはまだ本番ではない②

さてさて、稽古風景の彼らの様子です。
正門さんが着替えスペースで「ああー!」と叫ぶところ、台本ではリチャードさんが「お前クスリやってんのか」とツッコむセリフがありましたが、テレビ的にさすがに「クスリはやめましょ」と提案が入って、「なんかやってんのか」というセリフに変えました。

小島さん演じる公野景の痛がる腕が、「身体の暴力パンチ」を食らっていたほうと逆の腕であるという指摘をしている人を何人か発見。
これについては、全話の放送終了後に言及したいと思います。

小島さん、背が高いから、「喋ったらアカンすか?」と近づくところ、マジ怖かったです。
あれ僕なら「ウウン…ソンナコトナイヨ…シャベリナ…」と言ってしまうと思います。
なのに福本さんは「ムカつくねん」とか平気で返すので、「マジこえー…」と思いました。

リチャードさんが「俺も今日一緒に病院行くから」と声をかける前、編集点を入れてます。
あれは、「そのように優しい声掛けをする自分」を使って欲しいという合図だと僕は解釈しています。

ちなみに、『プリンとバイオレンス』のセリフ合わせで出てきた「俺のプリンって使うん?」というセリフですが、あれはファミリーマートの商品「俺のプリン」のことを指しています。
ただおもくそ商品名なので、テレビ的には微妙っていうか、多分アウトです。
劇団で上演した時は、もうちょっと固有名詞であることをわかりやすく示していましたが、今回はチャチャッとバレないように済ませてもらいました。
俺のプリンって、まあ一般名詞っぽいしね。気づく人はすぐ気づくけども。

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10、稽古について

「台詞を全部覚えてきてください」という場面を見て、「(うわー…マジで可哀想…)」と思ってしまいました。
衣装や小道具の配置・段取りに加えて、セリフを覚えて来いって、厳しいですよね…。

言い訳ですが、今回、全員そろって稽古ができる機会がとても少なくて。
具体的な回数については、なんか問題がありそうなので言及しませんが。
「(これ間に合うんかなぁ…?自分の求めるクオリティに達さないまま、残念な感じで終わってまう可能性あるよなぁ…?)」という危機感があって、強めのオーダーをしました。

撮影の時期についても書いていいのかわからんので具体的には書かないですけど、まあ彼らに負担がかかってる時期というか、忙しそうでねぇ。

とはいえ、僕の役割として、そこをおもんぱかっても仕方ないというか、「無理しないで!グレショーは後回しでいいからね!」とか言ったところで、僕の存在意義が皆無になるだけなので、演出家が言うべきこととして、頑張って言いました。
言ってる当時も、「(いやまあ全部覚えるとか無理やろうけど)」と思ってたので、ちょっと笑いながら言っちゃってましたが、改めて見ても「(無理やろ笑)」と思いましたね。

衣装について、白いシャツに作品名を書いて稽古していましたが、いやはやあれは贅沢な環境だなと…。
もちろんかける時間が全然違いますが、劇団ではひたすら透明衣装・透明小道具で稽古していますからね。
段取りについても、劇団では全体を把握している人なんて誰もいなくて、「劇団員それぞれが、自分のことだけしっかり把握している」という状態で、いつだって上演していました。
今回は演出助手の方が全貌を書面にまとめてくれて、本当に助かりましたね…。
「(これ…ほんまは俺の仕事なんやろうな…。やったことねぇな…。劇団員、すまんな…)」とか思ってました。

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11、終わりに

匿名劇壇で上演した時の一部をYouTubeにアップしています。

ぜひご覧くださいませ。

あと、昔やってた質問箱を引っ張ってきました。

なにかありましたら、放送後の感想とともにお答えしますので、気軽に送ってください。

(了)

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