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書物の転形期:和本から洋装本へ

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このエッセイでは日本で洋装本が登場してから定着するまでの時期、すなわち十九世紀後半から二十世紀初頭までを対象として、書物の技術と当時の新聞広告や目録の記述などとを照らし合わせつつ…
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2021年8月の記事一覧

書物の転形期11 洋式製本の移入8:辞書と民間製本

英学機関の御用書肆と辞書の洋装化  幕府の開成所が英語辞書や単語集を刊行していたことはすでに述べた。『英和対訳袖珍辞書』や『英吉利単語篇』は幕末から明治初期にかけて需要があり、版を重ねるうちに開成所に出入りする民間書肆が印刷発行を請け負うようになった。そのような書肆の一つに蔵田屋清右衛門がある。蔵田屋は『英和対訳袖珍辞書』三版を1867年に木版和本で出版し、1869年には再刊した。そして、『英吉利単語篇』を1870年に初版同様の簡易な中綴じの洋式製本で出版した。  その蔵田

書物の転形期10 洋式製本の移入7:辞書と民間製本

上海で製作された辞書 辞書の製本は、高度なかがり製本の技術を駆使する反面、その用途に合わせた独特なものでもある。当時の製本技術の高みを見ることはできるかもしれないが、それが平均的な水準とは言いがたい面もある。  辞書は厚冊な上に、繰り返しページをめくられるという過酷な条件に耐える必要がある。本体用紙は厚手の固い紙を使うとめくりにくくなり、書物自体のかさや重さも増えるため、薄くて丈夫かつ柔軟でなくてはならない。本体用紙と表紙の連結部などの可動部分には十分な強度が必要なので、本

書物の転形期09 洋式製本の移入6:印書局設立前後の官庁洋装本

民間の簡易な製本 『官版 国立銀行条例 附成規』は、現在確認できる官庁出版物最初の洋装本であり、「ボール表紙本」の嚆矢とも見なされている。すでに述べたように、それはパンフレットの製本術によって製作されたものだったわけだが、実は同様の製本は同書刊行の前年、1871年にすでに民間で製作されていた。  大野九十九『解体学語箋』(須原屋伊八、1871)は、ラテン語の解剖学用語とその訳語を示した用語集である。1871年10月付の「題言」には「今官其稿ヲ購ヒ更ニ校正ヲ命シ之ヲ鉛版ニ印刷