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サマーメール【創作】

 お久しぶりですね。今年の梅雨はとても短くて、まるで夏がスキップしながらやって来たようでした。この暑さは少し体に堪えますが、色々工夫して穏やかに日々を過ごしていますから、安心してくださいね。
 
 こうしてあなたへ手紙を書いて飛ばすのも、もう三回目ですね。今年の夏も赤い紙飛行機がたくさん飛んでいますよ。そちらからでも見えるでしょうか。青の絵の具を溶かしこんだような空に、まるで渡り鳥の群れみたいに、赤い紙飛行機がいくつも連なって上へ上へと飛んでいくんです。それを見上げる度に、私は決してひとりじゃないんだって安心するんですよ。そうして同時に、私の紙飛行機も他の誰かの孤独を和らげているんじゃないかって思うんです。だって皆、紙飛行機を飛ばす気持ちは同じでしょうから。

 でもね、やっぱり寂しくなる時はありますよ。こればっかりは嘘はつけません。あなたは嘘がお嫌いですから、私も少しだけ、正直になります。

 あなたはまるで入道雲のような人になってしまいましたね。いつもずっと遠くの方で、大きな体を浮かばせているだけ。私とあなたの間はこんなに長く、遠くなってしまいました。私の影ははっきりしているのに、あなたの影はどこにもない。夏はやはり、私や私と同じ人たちとっては少し辛い季節でしょう。だからこうして、空の上へ紙飛行機を飛ばすのでしょうね。大切な人へ届きますようにと願いをこめて。

 あなた、この一年間、家族を見守ってくれて本当にありがとうございました。おかげさまで病気もせず、事故とも無縁の一年でした。あなたは、俺は何もしていないと仰るかもしれませんが、そんなことはありません。あなたが空の上から見守っていてくれる、ただそれだけで、私は大丈夫なんです。これは意地を張っているのでも、嘘をついているのでもありませんよ。

 だって、私たちは今でも夫婦なんですから。この五十年、お互いに支え合って生きて来たでしょう。ですからあなたの姿はもうなくても、その心はちゃんと私の隣を一緒に歩いてくれています。私はあなたから一生の宝物を頂きました。どんな高価な宝石だって敵いません。

 来年の夏も、再来年も、いつか私自身も空へ飛んでいくまで、赤い紙飛行機をあなたへと飛ばしましょう。それが今の私に出来る、あなたへの贈り物ですから。

 地上の私と、空の上のあなたと。遠く離れてしまった私たちを、この紙飛行機が繋いでくれるでしょう。

 また来年の夏まで、あなたの家族を見守っていてくださいね。

 

 


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