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晩年の魔女【創作】

 南の魔女ルーベルへ。
 私を覚えているかい。北の魔女ヘレーナだよ。本当なら使い魔に手紙を託すんだけどもね、年々魔力が減ってしまって、とうとうカラスまで使えなくなった。仕方がないから人間たちの郵便を使ってやる事にしたよ。良い気分ではないけどね。ええ全く。

 先日、町の人間に嫁いだ娘に子供が生まれたんだよ。ちゃんと女の子だ。私はもう嬉しくて祝いの品を山ほど贈ってやったのさ。まじないの草で染めた肌着や、ヒイラギの杖や、私が手ずから磨いて仕上げた大鍋とかね。でも娘は気に入らなかったらしい。届けに行ったカラスたちが荷物もそのまま私の所へ戻ってきたよ。娘からの手紙付きでね。長々と書いてあったがね、要約すればこう言いたいようだったよ。
 時代遅れな事をするな、だとさ。

 どうしてこう、世の中は面白くない発展の仕方をしていくんだろうねぇ。昔は電気や蒸気や、これはよく分からないんだけども、核? そんなものは皆知らなかったし、要らなかったはずなんだよ。夜の闇は火が一つあれば照らせたし、何かを動かす力だって人間の体の中にちゃんとあって、様々な工夫で大きな物を動かしていたじゃないか。でもどうだい、最近の人間たちの堕落っぷりは。電気が街中を照らすせいで伝統ある火の守は職をなくしたし、地上から闇夜が消えたら星の明かりまで消えた。今はもう星の巡りで己の命運を読むなんて事は誰も出来ないし、しなくなってしまったよ。大きなお屋敷も神殿もあっという間に建ってしまって、荘厳さや有り難みが全く感じられないね。道のあちこちを人じゃなく鉄箱が走り回ってるし、もはや人の為の道なんてこの世にないんじゃないかね。あれは石油で動いているらしいけど、石油なんてただの油だったはずなのにさ、変な使い道を見出したもんだよ。

 こんな愚痴ばかり書く気はなかったんだけどね。どうやら私は世の中に言いたい事が腹に山ほどたまっているみたいだよ。いや、世の中だけじゃないね。娘にもだね。娘には魔女の才能はなかったけど、私はもしかしたら孫になら受け継がれているんじゃないかって期待していたんだよ。どんなに薄まっても、魔女の血はそうそう絶えないものさ。だから昔ながらの大鍋だって用意したのに、娘は荷ほどきもしないで突っ返してきただろう。あれは流石に腹に据えかねたねぇ。その上さっきの手紙さ。全く、魔女の誇りなんてどうでもいいみたいだね。嘆かわしいよ。

 まあ、嘆かわしいのは私の方もなんだよ。正直な話、年々、魔力が弱まってきているのを自覚せざるを得ないのさ。近頃は大鍋で薬を煮ても魔力が入らなくなってきた。出来上がるのはただの雑多な煮汁さね。だからもう薬を作るのは止めてしまった。箒は浮かなくなって、それからずっと壁にもたれたままだし、使い魔の動物たちの声も聞こえなくなってきた。カラスも猫も蜘蛛も、そのうちノミの声さえ聞こえなくなるだろう。嫌だね年は。自分が何にも出来なくなっていく、こんなに辛い事はないよ。その上、3年前に娘がとうとう私の家に電気を仕込んでしまってね。電話で連絡を取りたいからって、勝手に色々していったんだよ。余計な事をしてくれるもんだ。その割にはあまり連絡もしてこないで、本当に訳のわからない事ばかりする子だよ。

 娘が置いていった石油ストーブがあるんだけどね。まあ火力は申し分ないんだけども、電気を刺さないと動かないのは気に入らないね。どうして石油だけで済まないかねぇ。あと天井のランプも嫌だねぇ。そりゃ今までの何倍も明るいし、夜でも手先や足先まではっきり見えるけども、私には眩しすぎて性に合わないんだよ。何だか自分の家が電気に乗っ取られてしまったようさ。それで渋々外に出るだろう。そうしたら、どこの家も電気でビカビカしてる。道には鉄箱が煩く鳴いて走ってる。夜空さえ明るくて、時々大きな翼がビカビカ点滅しながら轟音で飛んでいく。もう世界のどこにも、昔の私らが愛した、静かで恐ろしい、そして美しい夜の闇はないんだろうね。なんて嘆かわしい。

 これから私ら魔女はいなくなっていくのかね。それとも細々とでも続いていくかね。まあ私らみたいな年寄りはこの先を案ずるだけ無駄なのかもしれないけど。もう夜空を見上げても、町の明かりが眩しくて星の1つさえ見つけられないのさ。そんな時ばっかりは、ここらで私らの時代は終わりなんだろうと思ってしまうよ。それでも私らは死ぬまで魔女さ。きっとね。
 
 あんたもたまには手紙でも寄越しておくれよ。娘は電話を好むけども、声に出して言えない事でも、こうしてペンで綴ればするすると出てくるものさ。手紙っていうものは自白薬より効果のあるものなんだねぇ。あんたも年で大変だろう。カラスでも郵便でも良いから、たまには私みたいに腹の内をぶちまければすっきりするだろうよ。

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