見出し画像

「濃霧のような雨に包まれた日」

朝から珈琲豆のはぜる音がフロアに響いている。
ちいさな爆竹音みたいに、バチバチパチパチ。

その音は、梅雨どきの水気をたっぷり含んだ重くて生ぬるい空気の粒を片っ端から燃やしてくれてるようで小気味良い。
炊飯用の「長谷園」(お茶漬けでないほう)の土鍋で焙煎する珈琲豆は、
生豆から約45分、泡立器でぐるぐる掻き回されながらまんべんなく、自らの油分で黒褐色に炒りつけられる。

昨日は土砂降りのなか、末っ子はともだちとプラスティックの風呂桶を外に運び出し、溜めた雨水に鍋で沸かしたお湯をせっせと足して、「露天風呂」作りに興じていた。
なんて素晴らしいアイディア。わたしも雨に打たれながらの外風呂は大好き。

末っ子は、ぐらぐら煮えたぎった湯を、「おっとっと」と両手で慎重に運ぶも、出合い頭の郵便屋さんの出現にびっくりして、思わず鍋をひっくり返してしまった。
右腕、熱傷。
「いたいいたい」とのたうちまわる末っ子の腕を流水でざぶざぶ冷やして冷やしまくった。場合によってはお湯のほうがよい、という説もあるけど、この場合はお湯では悶絶するはず。
流水からの氷水、末っ子の状態が落ち着くまで氷を足し足し、つねに冷たい温度をキープ。
洗濯物を入れる用の緑色のバケツに右腕を突っ込んだまま、クッションにもたれてうなだれる末っ子。涙で顔はぐしゃぐしゃ、目もうつろ。
ボソリと「こんなに痛いなら死んだ方がマシ」と言うもんだから、「それよりもっと酷い火傷したお母さんは生きてるけど」と切り返したら、「じゃあ、ガマンしろってことなのっ?」と、キッと目を吊り上げてわたしを睨んだ。
(こうして子どもらに心の内をどんどん暴かれていく)
心機一転、空気を変えるために「シークワーサーアイス食べる?」と聞くと、素直に「うん」と言った。ここで意地を張らずに「うん」と言える末っ子の機転よ、それは才能であろう。
蛍光イエローの棒アイスを差し出すと、鯉のようにパカリと口を開いて角から食べ始めた。
シャリシャリ、シャリシャリ。
無言で1本完食。

「アニメでも見る?」
「うん」
「なにがいい?」
「しんのすけ」
クレヨンしんちゃんを半目で眺めながら、そのうち寝てしまった末っ子だった。

結局、腕はひとばん水に浸けたままだった。
末っ子は、ふやけてしわくちゃになった指の腹をじっと見ながら、「もうあんまり痛くなくなった」と言ったからホッとして、タオルでそーっと腕の水気を拭き、患部にヒマシ油をたっぷり塗ってから、ラップフィルムでふうわり包んだ。
しばらくかかりそうだけど必ず治る。末っ子の身体に全幅の信頼を寄せて。

この騒動のなか、じつは大切な取材を受けている真っ最中であった。
敬愛する料理家の高山なおみさんがうちにいらしていて、拵えた料理をいっしょに食べるのだ。

そんな高山さんも末っ子のケアに尽くしてくれて、編集の方もカメラマンさんも、みんなで末っ子の近くにさりげなーく居てくれてほんとうに助かった。

集中して料理し続けたい気持ちをちょくちょく中断しながらなんとか仕上げた数品。ああ、失礼はなかっただろうか。

あいにく撮影中は連日ずっと雨だった。でもようやく、来週には梅雨明け模様。










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?