「骨の髄まで曖昧だった」

なんとなく流れから、その夜は近所のレストランで同席したカルフォルニア在住、日系アメリカ人女性の手相を観ることに。
青白くてほっそりしているその手には、水星線がひと際くっきりと現れていて、でもその先に続く小指はくにゃりと曲がっている。
ということは、「表向きはすごくシャイでコミュニケーション引き気味なんだけど、内面はめちゃめちゃ頑張ってる」
そんなふうに観ることができる。
さながら興味深いのは、「ます掛け」だったこと。線こそ薄いが、知能線と感情線がよくみるとくっついている。
ます掛けといえば、徳川家康の相で有名になり、「天下取り」とか「ボス猿」とか形容されるほどのオラオラ線だけど、こういったます掛けバージョンもあるんだなぁ、と。
華奢で繊細そうな彼女からは想像も出来ず、まったく人は見た目ではわからないもんだ。

で、「パッと見、とてもシャイですが、努力によって培ったコミュケーション能力を活かしてリーダーの素質を育みましたね」と（英語が堪能な友人に通訳を頼み）説明した。
そしたら、「Oh！わたしは昔、チアリーダーだったのよー！」と顔をほころばせながらリアクションしたので、「Oh！チアリーダー！」と、みんなで大笑いした。
その女性と一緒だったパートナーの男性もひとしきり笑ったあと、ちょっと真剣な顔で人差し指を立てて、「ワン、クエスチョン」と言った。

質問は、「例えばドナルド・トランプみたいな悪いやつは、やはり悪い手相をしているのか？」と。
なんだかまったくの死角をついた質問だったので、一瞬、頭のなかが真っ白になった。
悪いやつは悪い手相。
そんなこと、考えたこともなかった。

なんて言ったらよいかしばらく間を置き、質問の答えになってないかもなとためらいながら、「悪い人でも、周りがどうとかはあまり関係なくて、その人が満足した道を生きていれば手相もそれなりにいい手相だと思う」と答えた。
案の定、彼はわたしの答えにちっとも納得がいってないようで、「否、あなたは手相は脳と繋がっていると言った。だから悪い思考をしていると手相にもそれが出るはずだ」
赤みを差した丸顔に、柔和な微笑みを湛えながらも、「そうに違いない」という確固たる自信。元チアリーダーの女性も、彼の意見に力強く隣で頷いていたからいささか面食らう。
ここで元キングギドラのKダブシャインだったら、率先して持論を展開するだろうし、だからこそのラッパーなんだよなーなるほどなーって（ひとり）納得しながらも、わたしは手相という観点から、「右の手相と左の手相があまりにも違っていて、内面と外面の合致がうまくいってなかったら、それはきっと生きにくいと思う」とだけ付け足した。

なんだかどこから説明したらいいのか途方に暮れ、寄る方のない気持ち。

トランプのことをよく知らないとかそういうことじゃなくて、「悪い人」と白黒つける感覚がわたしにはほとんどない。（気が合う合わないはあるけれど）
目を剥くほどの残虐さを兼ね備えた人もいるし、そういう場面には憤りもする。

けれど、彼らの「明確な」言葉を聞きながら、はっきりと、わたしは曖昧な状態でも過不足のない環境に生きているのだと思った。
マンガ「鬼滅の刃」のように、鬼になるのはそれなりの事情があったから鬼になってしまったのであって、はじめから鬼ではなかった。
とはいえ性善説とひとまとめするのも憚れて、確かに脳のエラー（？）で生まれながらにしてサイコパスのような人間も一定数いるだろうけど、でもそれも、所詮は「善」と「悪」の概念で分けているだけで、だだ広い宇宙においては、「在る」という現象、ただそれだけ。
善にも悪にも森羅万象に神が宿り、ミクロからマクロまで八百万の神がどこかしこにいて、パラドックスこそが真理。そういったアミニズム的思想がいちばんしっくりくる。
一方で、「神は死んだ」と言い放ったニーチェも最高だと思っているし、（ニーチェのいうところの神はキリスト教の神だけど）って、めちゃめちゃ曖昧である。

アメリカ社会、とくに一神教では、そんな曖昧なこと言ってられないのかもしれない。
アメリカという大国の多種多様な人種の海でサバイバルするためには、目の前の人間が敵か味方か知っておく必要性があるのだろうか。
政治や宗教はわかりやすくその人の属性を示す。

「日本人」という属性について考えたことがなかったけれど、日本語という言葉で思考し意思表示をし、いろいろ食べながらも和食由来のたべものに懐き、この土地の菌をふんだんに含んだ水を飲み、この土地の植物が放出する酸素を吸っている。
ここは沖縄なので厳密に（現在の）「日本」と括るのはちょっと違うのだけれど、それでもやはり、骨の髄まで圧倒的に「日本」（ここ）の影響を受けている。

そのアメリカ人の彼が、「君はニュースはどこで見ている？」と聞いた。
「テレビは持ってないからインターネットかな。ネットニュースを見て気になったらXで識者の意見をチェックする」と言ったら、「僕もいっしょだ、グッド！」と親指を立てた。