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今、フィリピンでキチママと暮らしてます。(20)
最後の夜
キチママたちが家を出る前日、
いつもの通り、食事を済ませてタバコを吸おうと席を立ったとき、娘が「Sama ako(サマ アコ)」と言い出した。
Sama ako(サマ アコ)とは、タガログ語で「私も一緒に」と言う意味だ。
娘は私にべったりで、仕事から帰って寝るまでずっといっしょにいたがる。トイレや一服に行こうとしても、ついてきたいと言い出す。
「駄目だよ。」と言ってもついてくるので、いつもそんなときはyayaさんに見てもらうのだが、今日はいやだ、ダディじゃなきゃとめずらしくだだをこね、ずっと「Sama ako(サマ アコ)、Sama ako(サマ アコ)」と繰り返す娘を見ていたら、
娘は気づいてるんだ。何も言わなくても。
そう思ったから、離れたくないんだ。
そしたら急に目の下のほうが熱くなってきて、涙が止まらなくなった。
涙が雨のように。
「ごめん、、、もう、ダディといっしょにいけないんだ、どこにも。ダディが弱いから。ダディが悪いんだ。だから、もういっしょにいけないんだ。」
そう言って、 まわりにキチママや居候の子供たち、家政婦さんがいることも忘れて、その場で子供のように、 私は泣き崩れてしまった。
せきを切ったように、たまっていたものがあふれ出した。涙が止まらない。もうこの子を守ってあげることができない。
この子と遊んでやることもできない。いっしょにいてあげられない。悔しくて、悲しく、つらくて。
すると娘は何も言わず、両手をついて泣き崩れている父親の顔を両手で抱きしめたのだった。
顔を上げると、涙目になっているけど、力強く私の目をじっと見つめている。
そういえば、こんな姿を見せるのは初めてだし、こんな娘を見るのも初めてだった。
「大きくなったな・・」そう思った。まだ3歳だけど、こうやって私をささえることができる。
そんな力強い娘を見ていると、彼女が生まれたときのことを思い出した。
病院で、白い布に包まれた小さな娘を見たとき、私は自分の祖父母や娘が生まれる数年前に他界した母親、父や弟たちの顔が浮かんだ。
日本から海を隔てて遠く離れたこの国フィリピンで、確かに先祖から受け継がれたものがこの子の中にある、そう感じた。
だから、自分を生んで、育て守ってくれた人たちのためにも、この子をどんなことをしても守っていかないといけないと思ったんだ。
そして、今度は私が娘の頬を撫でながらこう言った。
「君の名前は『桜』だ。桜は私が一番好きな日本の花なんだ。世界で一番美しい花だと思ってる。君が私のように世界中を飛び回っても、どこにいても君が日本人だということを周りの人にわかってもらえる。でも君にさくらと名付けた本当の理由は、桜は毎年長くて凍えるような寒い冬を迎える。その幹は毎年、重くて冷たい雪に覆われる。それでも桜は毎年春になると満開の花を咲かてくれるんだ。これから君が生きていく人生で、つらいことや大変なことがたくさんあるだろう。それでも、君には桜のように力強く、たくましく、そして美しく生きてほしいんだ。だから、君の名は桜なんだ。わかったかい?」
そういうと彼女は「Opo(はい)」と言った。
きっと、まだわからないだろう。でも、彼女のその力強い眼差しは、しっかりと父の目を捉えている。
ふと気が付くと、周りにいるキチママや居候(姉)、yayaさんもいっしょに貰い泣きして、家の中はほんの一瞬静寂に包まれたが、すぐにその横で、私の携帯でゲームをしている居候(弟)が
「ダディが犬嫌いだから!」とゲラゲラゲラと笑い出した。
***
その夜、寝室で考えていた。
これまでのこと。
キチママと出会った頃のこと、いっしょに同棲し始めたころのこと。
娘が生まれたころのこと。
3人でいろんなところに行ったこと。
そういえば、最近までずっと娘を挟んで、ずっと3人で川の字になって寝ていた。
でも居候たちがきて、居候の下の子がいっしょにベットで寝たいと言い出したので、自分は床にマットレスを敷いて寝ることになった。
だから、もうずっと、キチママと娘といっしょに寝ていない。
そんなことを考えていたら、「ゔぇーーん」と
さっきまですやすやと眠っていたと思っていた娘が、突然大きな声で泣き出した。
そんないつもと違う様子の娘の状態にキチママもあわてて、「どうしたの、どこか痛いの!?」とパニックになっているのが、暗い部屋でベットの下からでもわかった。
娘は泣きながら何かを言っていることにキチママは気づいた。私もよく聞こえないが「ダディ、、、マミー、、、、」と言っているのがわかった。
それからキチママは娘を抱えて、床にマットレスを敷いて寝ている私のところにきて、となりに娘を寝かせた。すると娘は私の薬指とキチママの薬指を近づちょうど指切りの形にして
「ダディとマミーとわたし、3人でいっしょに日本に行くの!」と言い出したのだった。
それを聞いた途端、私もキチママも涙が止まらなくなった。
そういえば、ちょっと前に娘がおじいちゃんに会いたいと言ってきて、私がじゃぁ、いつかきっと日本にいるおじいちゃんに会いに行こう!約束だよと言って指切りの仕方を教えたことを思い出した。
やっぱりまだ小さいからわからないと思ってたけど、わかってたんだ。
明日からダディとマミーが別れて暮らすって。
娘にとったら、ダディとマミーと一緒がいいよな。子供のためにとか言ってたのに、娘の気持ち、全然考えてなかった。駄目な父親だな。子供に気づかされるなんて。
「ごめん。俺、やっぱり離れたくない。毎週末は必ず会いにいくから」とそう聞いたら、
キチママは「好きにすれば・・」と言った。
お腹の中の子供も何度か強く動いて、一緒に泣いている気がした。
そして、その日は泣き疲れて、何ヶ月かぶりに川の字になって、娘とお腹の中の子供を挟んで、4人で眠った。
***
翌日、仕事から帰ると、家の中が空っぽになっていた。
リビングにあったテレビやソファも、キッチンにあった冷蔵庫やテーブルも、寝室にあったベットや洋服棚も・・。
全てなくなっていた。思い出だけを残して。
理不尽な親に捨てられ、理不尽な環境で育った彼女は、大人になっても自分の家族に理不尽なことしかできなくなった。
理不尽が理不尽を生み、
理不尽は連鎖する。
キチママを見ていると、そう思う。
だからこそ、その連鎖から子供達を守るのが私の使命だと思っている。
完
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