禍話リライト 黒いバンの話

 これは大きな駅の中にある居酒屋でたまたま隣席した若いサラリーマン風の男から聞いた話です。

「今はこうやって会社員生活を送っていますけど、若い頃は不良というかヤンキーというか、どうしようもないやつだったんです。俺。その時代の話なんですけど」
 彼は急に語り始めた。だいぶ酔っているらしい。
「まあ、俺も不良グループの一員でしょっちゅう他の連中と集会してたんですよ。集会ってちょっとダサいですけど。で、俺の属しているグループと別の不良グループが最近集会場所を変えたって話を誰かが言い始めてね、その理由が黒いバンが時々出没するからって言うんですよ。はあ?ていう感じですよね。車一台止まってるからなんだっていう。詳しくはわからないですけど、やばい車らしい、と。俺たちはたかだか車一台止まってるぐらいで集会場所変えるなんてビビりの集まりじゃねぇか、って。だったら、そいつらの集会場所を俺らの集会場所にしようぜ、ってことになりましてね。」

 一息ついて彼は続けた。私はジョッキを片手に黙って聞いていた。「その集会場所ってのが、山の真ん中あたりにあるトンネルというか、ずいどう?って言うんですかね、まあ、途中で工事を止めたトンネルの入口ですね。入口付近の壁はコンクリートで固めてあって、しばらくいくとむき出しの土の壁になってて、奥は行き止まり。夜中になるとちょっと不気味でしたけど、やっぱあいつらビビって集合場所変えたんだと、俺は確信しましたよ。で、何度か集会を開いたんですけど、黒いバンなんて見えやしない。というか、行き止まりなんだから車も通らないし、人通りもない。そのうち黒いバンの話なんて忘れちまいました。」

 彼はビールをもう一杯頼んだ。私ももう一杯追加して話に付き合うことにした。「で、ある夜のことなんですが、車とバイクででいつものように集会場所に向かってそこで時間を潰していたんです。ふと背後を振り返ると、黒いバンが一台止まっていたんですよ。もちろん、車がこっちに向かってくる音なんてしなかったし、路面も結構ガタガタでしたから、車が来れば気付くはずです。その時まで黒いバンのことは忘れてた、というかはじめからバカにしてたんですけど、でもね、俺たちの縄張りに知らない車が無断で入り込んでくるのはムカつくわけじゃないですか。一番下っ端の、気の弱いひょろっとしたやつに「あの車になんの用があんのかちょっと聞いてこい」って走らせたんです。黒いバンはエンジンを切っているのか、静かで、ひょっとすると無人なんじゃないかという気もしましたが、そんなわけはない。で、そいつを走らせて行くと、案の定助手席に乗ってたやつと何か話はじめたんです。しばらくあれこれやり取りしているうちに急に下っ端のやつが大きな声で「あれ、あれ、あります?人間ぶん殴るやつ」って言ったんです。「はあ?」ってなりますよね。あの気の弱いやつが何を言い始めたのかと、気でも狂ったんじゃないかと、みんなでニヤニヤ笑っていたんです。
 その時です。後部座席がガラっと開いて、そいつ、サビにサビた金属バットを取り出してきたんです。「じゃ、ちょっと借りますよ」それを聞いたときゾクッとしましたね。ターゲットは俺達に違いない。そいつ、サビた金属バット振り回しながらこっちに向かってくるんですよ。歩き方も普段と違うし、何よりも目付きが違ってました。もうバッキバキって感じでしたよ。いやあ、あれは怖かったな」彼は財布を取り出し、席を立とうとする素振りをしました。私はそこで初めて口を挟んだ。「怖かったなあ、で終わる話なの、それ」「え、何がですか?」「だから、その後どうなったの」「その後ですか、多勢に無勢ですから、ボッコボコにしてやりましたけど、やっぱ狂ってるし、武器持ってるしで、骨折なんかしたやつもいて、何人か病院に行くはめになりましたけど。あの黒いバン、何だったんでしょうかね」
 彼は席を立って会計を払って店を出ていった。私は残りのビールを飲み干した後、そういえば、金属バットで暴れまわったやつがどうなったか教えてくれなかったな。彼の狂気は一時的なものだったのか、それとも本当に発狂して別の病院に放り込まれてしまったのか。結局その点を聞きそびれてししまったが、私もしばらくした後、会計をしてその店を出た。 

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?