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元・天才キッズ動画配信者の末路③

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 「目が覚めたかい?」

 顔を照らす西日と、心地の良い振動で目が覚める。ざらりとした革の質感、どうやら私は車の座席に寝かされていた様だ。シートの下でペットボトルが揺れているのが見えた。何年も掃除をしていないのだろうか。起き上がるとミラー越しにサンタと目があった。良く言えば大らか、悪く言えば大雑把な性格からして、これがサンタの車だとすぐに分かった。

 「正直、こんなに上手くいくとは思わなかった。どうやって君と二人きりになれるか色々と考えてきたんだよ。ぶっ倒れた時は焦ったけど、病院に連れて行くって外出の口実ができたのは暁光だ。」

 私は自室に隠しカメラがあった事実を思い出し、胃の中がぐるぐると掻き回される感覚がした。堪らず窓を開けた。冬の冷気が流れ込んでくる。

 「大丈夫かい?怖がらせてすまなかった。どうしてもカメラの事を先に伝える必要があったから。もっと順を追って説明してあげられたら良かったんだけれど。」

 説明。サンタは何を知っているのだろうか?物心ついた時からキッズ配信者として生きてきた私にとって、あの家が世界の全てだった。サンタは、あの家の何かを知っている。もしかしたら、姉もそれを知ってしまったのだろうか。それを知って、私に「逃げろ。」と言い残し姿を消したのだろうか。指先が震えてきた。これが寒さなのか恐怖なのか、もはや区別がつかなくなっていた。サンタは私を気遣ってか、少しだけ車を走らせたあと、足並みを揃えるかの様にゆっくりと喋り始めた。

 「せっかくの二人きりで話せるチャンスだ。そもそも僕がしようとしてる事が、君にとって大きなお節介である可能性もある。知らない方が幸せな事だってあるからね。僕はフォアグラの作り方って動画を観て、心底後悔したよ。あれからフォアグラが食べられない。ま、高くて食べられないんだけどね。」

 サンタは素なのか気遣いなのか分からない与太話をして、くっくっくと変な笑い声を漏らした。彼が声を出して笑うのを初めて見た気がする。思えば、あの家に出入りする大人達は、愛想笑いはするものの、心から笑っているのを見た事が無い。いつも一人で勝手に盛り上がるジャージは例外だが。

 「サンタって…本当は何なの…?なんであの家に来たの?」私はそう聞くと、サンタはミラー越しに私を見た。

 「そうだな。まず自己紹介からはじめようか。真相を聞くか聞かないか、決めるのはそのあとでも遅くない。僕は元々、テレビ局で働いていたんだ。報道に行きたかったんだけど、バラエティに配属されてさ。あ、報道って言うのはニュース番組の事ね。子どもには退屈だろうけど、僕はニュースが好きだ。世間が知りたがっている真相を追いかける、格好良い仕事だと思った。でも、配属されたバラエティは本当に最悪。クソだった。ああいうのって、すごい有名なお笑い芸人とかがやってるだろ?冠番組って言うんだけどさ、冠になるくらいの大物タレントって大抵仲が良いディレクターが居てさ、誰もその人には逆らえない…。要は絶対的な王様がいるんだよ、バラエティの現場って。」

 当時の私は、あまりテレビも見せてもらえなかったので想像の域を出なかったが、なんとなく私の家も似た様なものだと感じた。絶対的な王が支配する閉ざされた世界。どこも似た様なものだと思った。

 「そのディレクターを殴ってクビになった…。とかだったらまだ語り草だったんだけどね。普通に、徹夜続きで身体を壊しちゃって。僕みたいな繊細な人間ができる仕事じゃなかったんだ、テレビって。それからは職安に…。」

 サンタは、ハッと我に返った顔をして、小さく息を吐いた。

 「ごめんごめん、こんな話は分からないよな。かいつまんで言うね。テレビ局を辞めた僕は、やっぱり似た様な仕事しか思いつかなかった。これからの時代はインターネット動画の時代だって聞いて、試しにやってみようと思った。それで、君のママの下で働く事になったんだ。それが三年前の事。」

 「へぇ…。」私は別れも言わずに突然居なくなり、また突然戻ってきたサンタに、少なからず不満があった。

「それで、サンタはどうして辞めちゃったの…?」そう聞くとサンタは、私から視線を逸らして、なんだか後ろめたい様な表情をしたのだ。

 「うん…。これは勝手に思った事だから、悪く思わないで欲しい。当時は君達を撮影する仕事をして、その、可哀想だな…って思ったんだ。」

 「かわいそう?」

 「だって、何も知らない君達をタレントのように扱って、お金を儲けるビジネスだろう?それって、テレビ局のバラエティよりタチが悪い…ってさ。その…少なくとも、僕はそう思った。個人の感想だ。すまない。」

 沈黙がしばらく続いた。延々と終わらない田園を車は走る。私の家の周辺は何も無い田舎だった。一番近いコンビニだって、車が無いと行けやしない。母と外出する機会はさすがにあったけど、改めてこの風景を見渡すと、これも私達が逃げ出さないような場所を好んで選んだのでは無いかと勘繰ってしまう。母は、動画配信者は住む場所に縛られない自由な職業だからと言っていたが、本心はどうだろうか。暇さえあれば高級ブランド品を買い漁りに出掛けているような人だから、本当は東京が大好きだったはずだ。実際、あんな香水をつける人間、この田園には似合わない。

 「まぁ…。家庭の事情に口を挟むのはいかがなものかと思ったさ。だって考えてみれば、生まれた時から家業を継ぐ事が決まっている子どもも、世の中にはたくさんいる。君達は、そういう家に産まれたんだと…。そう考えたら、まぁ納得は出来なかったけど、何もしてあげられない自分を正当化する事は出来たんだ。とにかく、そう考える様になって、僕は君達家族から逃げ出した。」

 「それで?」私はサンタの次の言葉を待てずに、後ろからせっついた。一方的に自分達を批評されたのも不愉快だった。しかしそれ以上に、彼が知ったであろう真相を早く知りたかったのだ。

 「以上だ。」

 「え?」

 「これが、僕の自己紹介と、去った理由の全てだ。だから…。」

 サンタは、もっさりと蓄えた口髭を指でなでると、ミラー越しに改めて私をしっかりと見つめた。

 「ここから先の話は、君がこれまで通りあの家で生きて行きたいなら、知らない方がいい話になる。でも、聞くなら今しかチャンスは無い。さっきまでは大丈夫だったけど、今日の事で僕はママに警戒されてしまう可能性もある。また二人きりになれる機会が巡ってくるのは期待薄だ。だから、本当に聞きたいのなら、今決めて欲しい。」

 心臓が脈打つのが分かった。ここまでおあずけされて、聞かずに我慢ができる子どもなんて存在しないだろう。真相は聞かなければならない。あの、隠しカメラがある子ども部屋に、何も知らない顔で帰れる訳が無かった。そう答えはすぐに出たものの、サンタの異様なまでに勿体つける言い方が不安を煽る。聞いてしまったら引き返せない様な真相って、一体何なんだ?聞けば、姉が消えた理由も分かるのだろうか?私の部屋に隠しカメラがあった理由も、父が母達に無視され続けている理由も、全てが分かるのだろうか?もしそうなら、私は何としてでも知りたかった。

 「サンタ…。どうして戻ったの?聞きたい。聞かなきゃ、帰れない。」

 私が言葉を発する以前に、すでにサンタは決心した顔をしていた。「わかった。」それから、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。

 「キー坊はさ、いま君達のチャンネルがどれくらい収益を上げてるか知っているか?登録者はもうすぐ500万人に届きそうだし再生回数も桁違い。動画だけでなく君のママはアフィリエイト収入も得て…。ええと、つまり君がオモチャをオススメすればするほど、お金がもらえる仕組みがあるんだ。とにかく、キッズチャンネルはとんでもないお金を生み出す。具体的な数字は僕も知らないけど、そうだな、ざっくり年間で10億円だとしよう。」

 「よく分からない。」そう私が言うと、サンタは苦笑いをしながらバラエティ番組に出ている、どんなタレントより稼いでると補足した。

 「お金の話をしたのは、これから話す内容をよく理解してもらうために必要だと思ったからだ。君達の“遊び”は、そういう規模感のお金が動いている。それをよく分かった上で、今から話す事を聞いて欲しい。半年前まで僕は仕事を転々としながら、何とか生活していた。年収は270か、280万円くらいだったかな。精一杯汗水垂らして働いてもそんなもんさ。僕が300人いても、君以上には稼げないんだから嫌になるよ。そんな中、例の動画配信サイトである動画を見つけたんだ。それも君達のようなキッズチャンネルだった。」

 「別の、キッズチャンネル?」

 「ああ。僕はやっぱり、頭の隅で君達の事が心残りだったんだ…。思い出す気持ちで、何となくそのキッズチャンネルを再生した。本当に、最初は訳が分からなかったよ。頭が混乱して、どういう事なのか理解が追いつかなかった。」

 車は最寄駅の近くまで来ていた。信号が赤になり、車はゆっくりと停車した。

 「その動画の内容は、よくあるキッズチャンネルさ。鬼に扮した父親と、君くらいの年齢の息子が桃太郎の格好で遊んでいる動画。おもちゃの刀が父親のお尻にヒットすると大袈裟な効果音がして笑わせてくれる、そんな内容だった。いよいよ鬼が追い詰められ、桃太郎がおおいかぶさった時、父親のもじゃもじゃカツラが床に落ちた。僕は、思わず動画を停めてしまった。その顔には、見覚えがあった。その鬼は、一体誰だったと思う…?」

 信号が青になった。車は再び、ゆっくりと走り出す。

 「キー坊。君のパパだよ。」

 「…え?」

 「何度も動画を見返した。その動画だけじゃなく、そのキッズチャンネルを片っ端から観まくった。息子くん1歳の誕生日、部屋を飾り付けするパパ。3歳の七五三で肩車をするパパ。一緒に風呂に入ったり、絵本の読み聞かせも、オモチャの開封も、全部観た。僕は、頭がくらくらしてきた。何故キー坊のパパが、知らない少年と一緒に何年も動画に出続けているんだ?この男は、誰の父親なんだ?この男は何者なんだ?本当に怖かった。怖いと思うのと同時に、真相を知らないままじゃ前に進めないと思ったんだ。」

 私は頭が真っ白になった。パパが、パパじゃ無いかも知れない?確かにパパは、以前は私達の“遊び”でカメラマンをしていたけど、今はやっていない。日中撮影している時間、父が何処で何をしているか全く知らなかった。よく買い出しに出掛けていたし、とにかく外出が多くて家に居なかった。夜は両親の寝室で寝ているものだと思っていたけど、それをこの目で確かめた事は無い。だって、寝室には入らせてもらえなかったから…。事態を飲み込めないまま居たが、とにかく今はサンタの話を聞く事しか出来なかった。

 「それから僕は、様々なキッズチャンネルを片っ端から検索して回った。君達の最近の動画も観たし、別の家族のチャンネルも、とにかく似た様な動画を。そこで、ある事に気付いてしまった。あるキッズチャンネルに、また見覚えのある女性が出演していたんだよ。当時、君の家に出入りしていた家政婦さんだった。君の家の家政婦さんが、あるキッズチャンネルでは双子の姉妹のママとして出ている。たまたま、君達に触発されてチャンネルをはじめたか?それも可能性としてはあるけど、僕はもっとぶっ飛んだ可能性が頭に浮かんでいた。」

 サンタが自分の説を語りながら熱を帯びているのが分かった。これがサンタが元々やりたかった“報道”の仕事だったのだろうか。それは本人にしか分からないけど、とにかくサンタは私達を心配する気持ち以上に、何らかの正義で動いているのが分かった。

 「また別のチャンネルを観た時に、僕の説は確信に変わった。三人兄弟が家の中で宝探しをする動画だった。その家っていうのが、当時僕がキー坊を撮影していた家だったんだ。」

 「ぼくが前に住んでいた家に、別のキッズ配信者が…?」

 「最初は間取りが同じだけかとも思った。かなりリフォームしていたから、ちょっとやそっと観たくらいでは確信が持てなかった。でも宝箱が隠してあった柱に、何か彫ってあるのが見えたんだ。キー坊と、君の姉ちゃんの身長。忘れもしない、あれは僕が彫ってあげたんだ。リフォームされていたけど、それだけは残っていた。」

 「だとしても、やっぱりたまたまじゃないの…?サンタが何を言いたいのか分からないよ…。」

 「僕の仮説はこうだ。君のママは、複数のキッズチャンネルを運営している。」

 頬を何かが濡らす。窓から迷い込んだ粉雪が、唇を冷やしたのを感じた。窓の外はすっかり日が沈んで、街灯が付いていた。私は、声にならない声を発した。

 「ビジネスだと割り切って考えたら、そう発想するのはむしろ自然だ。キッズチャンネルはノウハウさえ蓄積してしまえば再現性が高い。視聴者の子ども達って、最初に出会った配信者が刷り込まれちゃうから、入り口をたくさん用意しておけば一人勝ちが出来る。そうするのが、ビジネス的には最も美味しい戦略だ。キッズチャンネルの、フランチャイズ化とでも言うのかな…。君のママは、幾つも持っている不動産をスタジオとして何組もファミリーに貸し出し、動画のノウハウを教え、収益を回収する…。そして、出演する“家族”すら備品のように貸し出している…。やっている事は、ビジネス拡大の常套手段…でも…まさかそれをキッズチャンネルでやるなんて…。」

 サンタは、私に説明するというより、独り言のようにブツブツと興奮気味に話を続けた。私はまだ整理ができていなかった。家も、家族も、全部パーツなら、一体どれが本物なんだろう?私のパパは、本当は他人なの?それとも貸してるだけ?もしかして、ママでさえ何処かから貸し出されたパーツなのだろうか?そもそも、私自身がー。

 「僕が観ただけで、君のママと関係がありそうなキッズチャンネルは現在8つ。その中で収益化に成功しているチャンネルが5つ。君達と同じ規模で大成功している100万人超チャンネルが2つ。もう稼いでるお金は10億どころじゃなくなってくる。少なく見積もっても…年間30億円。」

 私は、すでに数字に関しては理解するのを諦めていた。それでも、その額が人間を狂わせるには十分過ぎるものだと言うのは分かった。

 「ふと思い出したんだよ。そう言えば君のママは、こんな事を言っていた。“登録者1000万人を目指している”って。僕はさすがに現実的じゃ無いって思ったんだ。そういう気概で頑張ろうって意味だと思った。でも累計なら、すでに手が届く所まで来てる。ママが運営しているチャンネルを全部足せば、すでに800万以上の登録者がいるビジネスになっているんだ。君のママは正しかった。」

 私は、消えた姉の事を思い出していた。姉を好きになれなかった事、繋がりを感じる事が出来なかった事、今思えば“家族”では無い心当たりが山程ある。私達は、きっと血が繋がっていなかったんだろう。そうだとすると、ママも、パパも、実の親じゃないのかも知れない。あの家は、閉ざされた世界の全てだった。もしも、あの家がまるごと嘘なんだとしたら、私の人生に本当の事なんて、たったの一つも無い事になる。私は、どうしてもそれを確かめたいと思った。

 「サンタ…お願い。」

 「なんだい?キー坊。」

 私は、これから先の真実を知るためには、これしか無いと思った。本当は嫌だし、恐ろしいけど、こうしなければ何も分からないまま生きていかなきゃいけない。私は、乾いた口の中で僅かな唾を飲み込んだ。

 「姉ちゃんを探して。姉ちゃんはきっと本当の事に気が付いて、あの家から逃げたんだ。」

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