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元・天才キッズ動画配信者の末路④

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「はぁい!どうもこんにちはっ!キーちゃんですっ!」

 カメラ目線で元気いっぱいポーズを決めると、カメラのピントが私に定まるのが分かった。私は自分がどうカメラに写っているのかが分かった。ごく普通の多くの子どもも、奇跡のような破壊的可愛さを両親に見せる事はあるだろう。親のフィルターを通さなくとも、子どもの天真爛漫な笑顔や無邪気な姿に、世界中の荒んだ心の大人達は癒される。よく「猫や犬を出せば視聴率が取れる。」と聞くが子どもも然りだ。子どもからすると無自覚な何気無い振る舞いが、時にテレビやネットで大いに称賛されたりする。子どもは、潜在的にコンテンツ足り得る。しかし、当時の私は前述した“子ども”では無かった。私はあくまで“配信者”なのだ。子どもらしからぬ、あるいは子どもならではの、配信者としての天才だった。

 「今日はこのオモチャで遊ぼう!ぼくらは街の消防隊だ!」

 オモチャのレスキュー隊員セットを手に取る。ここでカットが入る。私は録画ランプが消えると同時に、視線をサンタに向けた。サンタは小さく微笑み、ベテランスタッフらしく威勢良く声を発した。

 「よぉし、じゃあ着替えたら次のシーンを撮影しよう。」

 サンタと私は、あの日そのまま家に戻った。医者に診せる口実で外出した手前、飲み薬くらい貰っておいた方が賢明かとも思ったが、母からは特に突っ込んだ説明も求められなかった。「オーディションの件でカッとなり、過呼吸になったんでしょう。」というサンタの適当な言葉を鵜呑みにしていた。そして、サンタはこれを機に撮影スタッフへと再就職に成功した。全ては、真実を追求するために。余談だが、パパ役のオーディションは日を改める事となった。母は、何よりも私がヘソを曲げて毎日更新が止まる事だけを心配しているのだ。

「チー坊、今日も良い感じだ。その調子で…頼むよ。」

 妙に勿体ぶった「頼むよ。」に、私はうんざりした。サンタは言わなくても分かっているのに、誰に聞かれても大丈夫な様に遠回しに伝えてきた。上手く秘密のアイコンタクトが出来たと満足げだが、聞いてる方がヒヤヒヤする辿々しい言い方だ。全く、私の方がまだ肝が座っているなと、子どもながらにサンタを哀れんだのを覚えている。

 私はサンタから衝撃的な仮説を聞かされて、今日の空のように頭が真っ白になった。一昨日から降り続いた雪は、庭にたっぷりと積もっていた。二人が外出した日から、もう二日が経っていた。私は覚悟を決めていた。あの日は頭が真っ白だったけど、今はもうやるべき事をやるしかない、そう思っていた。まぁ、真実を知るまでとにかく考えるのを止めたというだけなので、もしかすると“頭真っ白”から状況は大して改善されていないかも知れないが。

 翌日はリビングだけでケーキ作りの撮影があった。これまで、動画でケーキは何個作ったか分からないが、ケーキは絵面が映えるので何度やっても再生数が回る人気コンテンツだった。リビングでの撮影では作戦は実行できなかった。私達は、チャンスが来るのを待つ事にした。

 私は、周りに勘付かれるのを恐れて、いつも以上に子どもっぽくサンタをあしらって見せた。周りの大人達には、ただ親しい二人が軽いやりとりをしているだけに見えただろう。

 私とサンタの作戦はこうだ。姉がこの家を出ていく前、何か重大な真実に気がついていたのは間違いが無い。私は最初、私が知った様に隠しカメラの存在を知っただけではとも思ったが、たまたま気が付いたくらいでは“ドッキリ”を疑うのでは無いかと思う。実際に、姉が両親の留守番中にドーナッツを我慢できるかという撮影を隠しカメラで撮った事があったからだ。もし普通にカメラに気が付いただけで、あんな顔で私に「逃げろ。」と言い残して消えたりはしないだろう。姉は、私やサンタが知った以上の何かを知ったのだ。そして、その真実は恐らく(姉の部屋)か(両親の寝室)にある。私が自由に入る事が禁じられているスペースは、この家にそこしか無いからだ。チャンスは思ったよりも早くやってきた。そう、今日この撮影だ。

 「わあ!大変だ!火事です!火事です!」

 私はカメラを意識しながら、オーバーなリアクションで頭を抱えて走り回った。もちろん、カメラの画角から外れないよう計算した上でだ。幸い、今日は細かな台本は用意されていない。私はどんな予想外な動きをしても、いきなり止められたりはしないだろう。それをいい事に、撮影の流れで姉の部屋に飛び込もうという作戦だ。さすがに撮影をしながら部屋を物色するのは不可能だし、そこまで期待していない。でも、部屋に入ろうとする事だけで、ある事は確かめる事ができる。その、ある事とはー。

 「あーっと!ストップ!」

 母の声が撮影を遮った。カメラマン一同は、すぐさま撮影を止めて母の方へと振り返った。サンタは、カメラを伏せて私に目をやった。

 「キーちゃん、ごめんね。そこは入ったら、お姉ちゃんに怒られちゃうわ。ほら、留学から帰ってきた時に、ね。」

 「そっかぁ、ごめんね。わかったよ、ママ。」私は、ペロッと舌を出して母に子どもらしい謝罪をした。

 私達が確かめたかった“ある事”は、あっさりと分かった。母は、何よりも私の気分が乗っている時に撮影が中断される事が嫌いだった。以前、カメラマンの一人が壁に立てかけてあった掃除機をお尻で倒してしまって撮影が中断された時なんて、烈火の様に怒っていたのだから。自分から撮影を止めるなんて、まぁ記憶に無い事だった。この反応は、間違いない。姉が知った“真実”は、まだ姉の部屋に残されている。

 サンタは、まだ私を見ている。今にもガッツポーズをしそうな目をしていた。もしこの計画が母にバレるとしたら、サンタがヘマをした時だろう。心の中で深いため息をした。私はサンタを戒める様に、わざと無視して撮影に戻った。とにもかくにも、まずは成功と言えるだろう。今日は真実を見つけるまでに至らなくていい。とにかく、調べるべき場所が姉の部屋だとはっきりした事が、大きな一歩であった。

 それから、やるべき事は決まっていた。この家はこれまで何度かブレーカーが落ちて停電になった事がある。無理もない、あれだけの照明機材を使用しているのだから。最近は母達も学習したため、もう1年近くはそうなっていない。とは言え、照明機材を多くしようしている時ならば、急にブレーカーが落ちたとしても人為的な事だとは思わないだろう。まさか、息子とカメラマンが結託して、停電のドタバタに紛れて家探しをするとは思わない。姉の部屋に入るには、どのみち電力を絶っておく必要がある。とっくに姉は居ないけど、本棚にあるであろう隠しカメラと、コンセントの裏に隠された盗聴機が、まだ生きている可能性があるからだ。停電作戦の決行は、明日。グリーンバックを使用して有名アニメ映画のワンシーンを再現する。この手の撮影は、照明機材に凝るのだ。

 その日、私は眠れなかった。暗い天井を見つめながら、サンタが来てからの事をぐるぐると思い返していた。あれから母の顔も、父の顔も、まともに見られていない。私を取り巻く全ては、虚構だったのだろうか。もしかすると、この部屋も全てハリボテかCGで、一枚めくるとグリーンバックが顔を出すのかも知れない。そんな事を思いながら、空が明るくなるのをじっと待っていた。

 停電作戦当日。サンタは予定通り、撮影中にバッテリーが切れたと理由をつけて撮影現場である一階テラスから室内に戻った。行先はもちろん、予備のバッテリーが充電してある物置部屋、では無い。ブレーカーがある玄関横の廊下だ。幸い、物置部屋はその廊下の奥にあった。つまり、向かう方向としては怪しまれない。私は固唾を飲んで待っていた。カメラマンであるサンタが戻るまで撮影は再開しないだろう。スタッフ達は手持ち無沙汰にしていたが、ただバッテリーを取りに行っただけだから、せいぜい1分くらいの待ち時間。撮影の体制を崩さずに、そのまま時間は流れた。まだ15秒程度しか経っていないだろうが、私にとってはとてつもなく長い15秒だった。

 「ねぇ、照明切っといて?電気代勿体無いでしょう。」

 母は何の気なしに、そう言った。私は少し考えた後、心臓が握り潰された様な感じがした。まずい。サンタがブレーカーを落とす前に照明を切ってしまったら、ブレーカーが人為的に落とされた事がバレてしまう。そうなれば作戦が失敗するだけじゃない。室内にいるのはサンタしか居ない。言い逃れはできない。そもそも母は、本当にサンタを微塵も疑っていないのだろうか?いくら元スタッフとは言え、急に数年振りに戻ってきた人間を、何の疑問も持たずに受け入れているのだろうか?あの日、二人で病院に行くと言って外出した時、なぜ信頼したのだろう?もしかすると、はじめから疑った上だったのだかも知れない。決定的なミスをするまで泳がされていたのかも。そう、今この瞬間のように。

 「確かにエコじゃ無いっすね。おい、一旦照明切るぞ。」

 こいつらは馬鹿なのか?そんな1分やそこらの電気使用で温暖化は止まらない。そんなの子どもにだって分かる。私は様々な言い訳を考えた。照明を切ったら、集中が削がれる?いや、そんな勘違いした大物女優みたいな事を今まで一度も言った事は無い。適当に話を振って、サンタがブレーカーを落とすであろう残り数秒を稼ぐか?こういう時に限って、歳相応にうろたえてしまう自分に気が付いた。言葉が何も浮かばない。涙が溢れて来た。スタッフの一人がスイッチに近付く。ブレーカーは、この瞬間に落とされても不思議じゃ無い。間に合え。サンタ、急いでくれ。心の底から願った。しかし、いくら願っても何も変わらない事がある。子どもながらに、私はそれを思い知った。

 照明機材は全てオフになった。もちろん、そんな事はこの場にいないサンタは知る由も無い。このまま間抜けにもサンタがブレーカーが落とせば、おしまいだ。サンタは少なくとも何かおかしな動きをしていると認識され、クビになるだろう。私は、考えるよりも先に涙が出ていた。これは悔しさと恐怖からの涙だったが、咄嗟にそれを利用した。

 「ママッ!ママァ!!うわあああああ!!」

 「ど…どうしたの?キーちゃん?」

 生暖かい感触が太ももを伝う。朝食の時にジュースをたくさん飲んでおいて良かったと思った。

 「ああ…!待って!サンタ(本名で呼んでいた)さーん!ちょっとぉー!」

母は、室内にいるサンタを大声で呼んだ。まだ停電は起きていない。間に合った。

 「へいへい、何でしょう?」

 サンタが奥から顔を覗かせた。サンタは事情を察して、風呂場からバスタオルを持って来た。わざととは言え、私は恥ずかしくて堪らなかった。耳まで真っ赤にした私にバスタオルをかぶせると、サンタは「ごめん。」と呟いた。停電作戦は、失敗に終わった。

 真実を探るには、停電作戦にもう一度挑戦するしか無い。明日の撮影は何だったか。機会はあるだろうか。落胆で何も考えられなかった。昨日はほとんど一睡もしていなかったから、布団に潜ると考えるのを止めて泥のように眠りについた。その日は、何の夢も見なかった。

 翌日。朝食の席に何故かサンタが居た。ごく稀に朝一からスタッフがいる事はあったが、朝食の席にいるのは見慣れない光景だった。聞けば、昨日のお漏らしについて、心配だから医者に診せようとサンタが提案したそうだった。連れていくのは、もちろんサンタ。再び二人になる口実だ。

 姉が居なくなってから、私は自分でも気がつかないストレスを抱えていて、ここ数日そのせいで気を失ったり失禁したりしているという事になっていた。まぁ、あながち間違っては居ないのだが。なかなか強引な提案だと感じたが、何故かサンタは上手く母を言いくるめていた。サンタには、私が知らない隠れた交渉術があるのかも知れない。しかし、こんなリスクを犯してまで、なぜ二人きりになろうとしているのか。何においても、まず停電作戦を続行する必要があるのだが。話すとしても、そのあとだろうと考えていた。そんな思いを吹き飛ばす言葉がサンタの口から飛び出すまでは。

 「姉ちゃんのノートを手に入れた。」

 私は、間を開けて「え?」と発した。数日振りの汚い車中で、サンタはにやりと口髭を歪ませて笑っている。どういう事だ?まさか夜中に忍び込んだとか?事情が飲み込めない私に、サンタは後ろめたい事を隠そうとするように早口で「まだ中身は見ていない。」と私に説明した。

 「えっと…。それ見る前に…それさ…どうやって手に入れたの?気になるんだけど…。」

 サンタは「だよね。」と言わんばかりに、眉毛をハの字にして、助手席の私を見た。彼は観念したように、事の真相を語った。

 「えーっとだね…。つまり、これは君に話すべきじゃ無いと思って隠していたんだけど…。これは、そうだな。説明の順番を間違えると大変なんだけど…。君のママとパパは…やっぱり仮面夫婦だ…。戸籍上はどうなってるか知らないけど、少なくとも、ただ一緒に暮らしているだけ。愛し合ってない。二人の仲は、僕が来る前からとっくに勘づいていたよね…?君は賢いからさ。」

 サンタは、あっさりととんでもない事を言い出した。確かに母と父が仲睦まじくしているのは、そういうポーズをしたい時に限って、普段の母はまるで下僕のように父を扱っていた。分かってはいたが、他人の口から聞くのは気分がいい話では無い。私は無言で話の続きを待った。

 「それで…だな。ええと、実は以前あの家で働いていた時から、なんだけど。簡単に言うとだね。あー、なんて言ったら分かるかな?んー。」

 サンタは、眉間にシワを寄せてみたり、天を仰いでみたり、数秒の間にコロコロと表情を変えた。そして、ヤケになったような顔をして、私を見てこう言った。

 「君のママと、セックスをした。」

 当時の私は、その言葉の意味が分からなかったが、大人の聞いてはいけない関係の話だとは理解した。よく分からなかったし、サンタがあまりにも狼狽していたので、私はそれ以上聞かずに「へぇ。」とだけ答えた。とにかく、サンタは昨日の夜にママに誘われ、寝室に行ったそうだ。パパは当然だけど留守だった。もうひとつの家に行っていたんだろう。そして、眠ったフリをして時を待ち、真夜中にこっそりとブレーカーを落とした上で、姉の部屋を物色したと。とにかく、サンタはそれらしき姉のノートを手に入れたのだ。

 「一刻も早くベットに戻らないとと思って、まだ冒頭しか読んでないが、これは君のお姉ちゃんの日記だ。それも、動画配信が嫌になってからの日々の事が書いてある。この中に、きっと真実が書いてあるだろう。」

 私は、心臓が高鳴った。ついに真実が分かる。もちろん待っているのは絶望が増すだけの現実かも知れない。それでも、この数日間は生きた心地がしなかった。本当に最悪の生活というのは、絶望が目の前にある生活の事じゃない。絶望が目の前から隠された生活の事だ。それと比べたら、私はどんな真実でも知った方がマシだと思った。

 サンタは、どうせ行く気も無い病院を目指すのをやめ、路肩に車を停車した。ここなら人に見られる事も無いだろう。サンタはおもむろにノートを取り出す。表紙には何も書いていない。

 「じゃあ…読むぞ…。」

 サンタは、ページをめくった。

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