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元・天才キッズ動画配信者の末路⑤

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 こんにちは、キブシです。

 この一連の文章に対して様々なコメントを頂戴しました。ありがとうございます。全てに目を通し、ご意見や感想を有り難く頂戴しております。

 当時の私達を知っている知人から連絡があるのでは無いかと不安がありましたが、今の所ありません。不安と言いましたが、僅かに期待もしていました。あの頃の関係者とは誰一人連絡が取れていません。繰り返しになりますが、私は当時の活動を後悔している訳ではありませんし、関係者に憎しみを抱いている訳でもありません。ただ、もう一度会えたらどんな話をするだろうかと夢想する事はあります。

 私達は生きているだけで大勢の人間と出会いますが、その中で一生涯の付き合いをする人間なんてごく僅かです。私には友達と呼べる人間はほとんど居ませんでしたが、多くの人も、幼少期からの付き合いを社会人になっても続けている人は珍しいでしょう。友人関係ほど深くなくても構いません。家から一番近いコンビニ店員でも、かかりつけの歯医者でも、とにかく数え切れない人間と関わりを持ちますが、目まぐるしい速度ですれ違ってゆくだけです。

 インターネットは、そのすれ違う速度を更に速くしました。私達のチャンネルを登録していた人々も、この記事を読んで下さっている人々も、まるで快速電車がホームですれ違うような速度で、ほんの束の間関係を持っただけに過ぎません。とても速くて一瞬である代わりに、どんなに遠くにいても交差するし、ものすごい回数同時に交差する事もあります。轟音と共に、数え切れない快速電車が絶え間なくすれ違う駅のホームに、私達は立っています。

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 どれくらい時間が経っただろう。しばらくサンタは無言でページをめくっていた。最後のページまでめくり終えた所で、また最初のページに戻った。

「何だこれ…。マジで…。」サンタは、絶望に満ちた顔をして、力無くノートを助手席の私の膝の上に落とした。

「ただの日記だ…。何の秘密も書いちゃいねぇ…。」

 私は、姉のノートをパラパラとめくった。姉は、出て行った最後の日も日記を書いていた。(日付は伏せます。)

20XX年 X月 X日

おはよう。昨日は弟たちとかくれん
ぼをして遊んだけど、見せ物のさつ
えいだからぜんぜん面白くなかった。

天気がいいのに、ずっと家の中にい
るから頭がおかしくなりそう。弟は
いつもニコニコさつえいをしている。
えらいとは思わない。キモい。どこ
かおかしいと思った。でもその方が
えこひいきされるし、この家で暮ら
すにはいいのかも。

 確かに、動画配信に対する不満や、私に対する悪態を除けば、本当にただの日記だった。考えてみれば、何か重大な秘密が暴露されているのであれば母がとっくに見つけて処分しているだろう。姉が見つけたであろう“真実”は、すでにこの世に存在しないのか。

 「ほ…他には?姉ちゃんの部屋に、他に何があったの?これだけじゃ無いはずだ。こんなものを、ママが隠すわけ無い。ちゃんと探したのかよ!サンタ!」私はサンタが大概鈍臭い事を知っていたので、真っ先に見落としを疑った。

 「探したさ!このノートだって表紙に何も書いて無いから、理科のノートに紛れてたんだ。そこまで、しっかり見たさ。部屋にあったもので、他に変わったものは絵くらいだ。姉ちゃんが描いた絵じゃ無いぜ。高そうな画家の絵だ。詳しく無いからわかんねぇけど、とにかく高そうだったよ。丁寧に布がかかっててさ。」

 「なんの絵?」

 「あー、女の子だ。バレエダンサーの。わかんねぇけど、とにかく高そうな…。高そう…って事は…。まさか…そういう…?」サンタは手を口に当てて考えを巡らせた。

 「そういう事か…?高い絵を保管してる部屋だから、キー坊に入るなって言ったのか…?そ…それだけ…?」

 私も、言われてみればそんな気がしてきた。姉が出て行ってから大分時間も経っている。どんな証拠だろうと、とっくに消し去っている事だろう。私は、プツリと身体の力が抜けてしまった。私はとにかく自分が信じて生きてきた“世界”が本物なのかどうか知りたかっただけだ。望みは、たったそれだけなのに。真実が遠のいた事でどっと疲れがきた。暖かい車内で、目蓋が重くなるのを感じた。しかし、サンタの様子は違った。

 「くそっ…!くそっくそっ…!じゃあ、どうすりゃいいんだ…?どうしたら真実が分かる…?証拠が無けりゃ、どこの週刊誌だって取り合ってくれねぇ…。どうしたら、あの狂った家を止められるんだ…?」

 私は、さっきまで感じていた眠気を忘れて、憤りを露わにするサンタを見つめていた。

 「サンタは、どうしてそこまでして?サンタがいい人だっていうのは分かるよ。でも関係ない僕達のために、どうしてそんなに?」

 サンタは口髭を撫でて、浅く息を吐いた。

 「オレが報道の仕事をしたかったのは…ガキの頃に世話になった人が新聞記者だったからだ。オレが高校生の頃、歳の離れた弟が死んだんだ。交通事故で。飲酒運転でさ、大きなニュースになった…。」

 サンタはポケットに手をやる素振りを見せたが、すぐに手をハンドルに戻した。私は、それが煙草が吸いたい時に見せる仕草だと知っていた。撮影の合間に、よく他のスタッフと庭にいそいそと出ていくのを見ていたからだ。サンタは、私の前では煙草を吸わなかった。

 「はぁ…。嫌な事を思い出しちまった。いやさ、ほとんどの記者は失礼極まりないクソ野郎共だと思ったが、その記者さんは違ったんだ。最初はあんなに大勢の記者が自宅まで来ていたのに、日に日に記事がどんどん小さくなって、世の中は事故の事をさっさと忘れた。あっという間だったよ。最初はネットでも正義感ぶった人達が意見を発してくれていたのに、あっという間に忘れられた。まだ裁判も始まっちゃいなかったのに。そんな中、ひとりの記者さんだけが、最後までとても親切だった。なにより、真実を伝えたいという気概を感じたんだ。」

 私は、サンタの瞳の奥に、何か他の大人とは違う輝きが宿っている気がした。それが何か分からないが、とにかく傷ついた人間だけが持つ、傷ついたからこそ持てる何かだと思った。

「真実を追うって事は、つまりは傷ついた人間と関わりを持つって事だよ。そう、真実を知るには責任が伴う。一度関わるなら、最後まで…ってな。その人は、本物の記者だった。」

 サンタは、雪が降り積もる田園を見つめながら、そうぽつりぽつりと語った。もしかすると、サンタは亡くなった弟と自分を重ねていたのかも知れないと思った。でも、それは結局聞けないままだった。

 「…家に戻ろう、サンタ。姉ちゃんの手がかりも無いんじゃ、もう無理だよ。このまま撮影を続けていれば、いつか何か分かるかも知れないけど、どうかな…。期待はできないけど、何もしないより、まだマシなんじゃないかな。」

 「いや、まだ最後の手がある…。」

 私は、サンタの顔にぞっとした。いつも穏やかな目をしたサンタが、血走った目をして遠くを睨んでいる。彼がどれだけ必死になっているかひしひしと感じた。

 「サンタ…?最後の手…って?」

 「シンプルな事だよ。警察を呼ぶんだ。証拠を見つけて出版社に垂れ込むってのが一番いい方法だと思っていたけど、一足飛びに警察に来てもらうんだ。」

 「ちょ…ちょっと待ってよ?何の罪で?いまんとこ、ママは子どもに動画配信をやらせているだけだよ!?そりゃパパは他人かも知れないし、普通に家じゃないかも知れないけどさ、それで何の罪があるっていうのさ!」

 サンタは血走った目で私を見た。私は、姉の形相を思い出してたじろいだ。

 「必ず何かやってる…!何か隠してるのは間違いない…!警察が調べりゃ一発で分かるさ。でも、確かに通報する明確な何かは無かった。だったら…それを作ればいいんだ。」

 「え…?」

 「何か事件を起こすんだよ…!警察を呼ばなきゃいけない事件を、あの家で起こすんだ…!最初に火をつけるのはやらせだったとしても、あの家には燃えそうなネタがゴロゴロはるはずだ…!そうだな…火を付けるってのは例えだったけど、マジでそれもアリかもな…。あの家を放火すりゃ、たちまち警察が飛んでくるぜ。」

 サンタが捲し立てた話は、およそ計画と呼べるものでは無かった。やぶれかぶれの最後の手だ。でも、火を付けるのは反対だった。家には妹もいる。家を燃やさないまでも、全ての真実を握っている母さえ警察に調べてもらえればいいんだ。母に対して何か“やらせ”をして、警察を呼ぶのはいけそうな気がした。一体、何をどうすればそれが出来るだろうか。母が近所のスーパーで万引きをしたとでも通報すればいいのか?私は、必死に考えを巡らせた。

 「サンタ…。そう言えば、僕達の動画のコメント欄で(通報しました)って書いてあった事があったんだけど…あれって本当なのかな…?」

 私は、ふと思い出した事をサンタに聞いてみた。この手のコメントは定期的にある。子どもを動画に使っている時点で、けしからん事だと思う親は世の中には大勢いる。

 「ああ…。そういうのは大抵ほんとにはしてないだろうさ。したとしても、よっぽどハッキリした事実が無い限り警察は動かない。ネットの書き込みなんて、期待できないね。第一、君のママはそういうのはかなり気をつけている。この前の企画会議でも、ジャージのやつが君を地下室に閉じ込めて脱出スパイごっこをさせるってアイデアを出したけど、閉じ込めるのは虐待に見えるからダメだと反対していた。そういう見え方に、君のママは敏感だ。」

 「ぎゃくたい…。」

 私は、よからぬ事が頭をよぎった。そうだ、私はただの子どもじゃない。動画配信者だ。500万人の視聴者がいる。母の目を掻い潜って、こっそりと虐待を思わせるサインを動画で出すのはどうだろうか?母は気がつかなくとも、500万人の中で気が付く人がいる程度の、ほんの些細なサインだ。一人が気がつけば、きっとコメント欄も荒れるだろう。あっという間に広まって、通報されるかも知れない。問題は、そのサインをどう出すかだが…。

 「サンタ…。さっきからポケット触ってるけど、煙草でしょ?吸ってきていいよ。」

 「あ…ああ。そうだな、少し落ち着きたい。すぐ戻るよ。」サンタはそう言って、車の扉を開けた。

「あ、待って。僕も出る。暖房で気持ち悪くなっちゃった。」

 サンタは何の疑問も持たずに、私の手を取って外に降ろしてくれた。ポケットからラクダの絵が書いてあるタバコを取り出すと、私に背中を向けて火をつけた。サンタの白い息に混じって、煙草の煙が冬空に溶ける。私はゆっくりと、サンタに近付いた。背後から、ゆっくりと。次の瞬間ー

 「おわっ!?なに!?」サンタは驚いて腕に力を込めたが、勢いよく飛びついたのでタバコを地面に落とした。すかざず、それを拾い上げると、私は自分の手の甲に煙草の火を押しつけた。

 「やめろ!!」サンタは大声を出して私を制したが、遅かった。

 「熱っ」

 私は煙草を雪原に落とした。火はゆっくりと消えてしまった。私は痛みのあまり、傷口を逆の手で覆った。

 「バカやろう!!何してんだ!?マジでおかしくなったのか?見せてみろ!ほら!」

 サンタは私の手を掴んだ。私はおそるうそる傷口を見たが、それを見て落胆した。ほんのり赤くなっているだけで、大した傷では無い。旅行先で泊まったホテルのバスタブで火傷した時の方が、ずっと痛々しかった。

 「そんなんで根性焼きできるかよ…!自分を傷つけて警察呼ぼうって考えたのか…!?それだけは、やっちゃダメだ!!いいな!?」

 サンタは力強く私の手を握り続けた。あまりに強くて、思わず顔を歪ませたけれど、サンタの顔を見て痛みを忘れてしまった。サンタは、私を見つめながら泣いていたのだ。それが同情の涙なのか、何の涙なのか分からなかったけど、サンタは私の手を力一杯握り続けながら泣いていたのだ。それを目の当たりにして私も、腹の底から何かが込み上げてきて、瞳から溢れ出た。暖かな涙が頬をつたう。雪原の中、家族でも無く友達でも無い二人の他人は、そのまましばらく動けなかった。

 「キー坊、大丈夫だ。オレが何とかする。だから、お前はもう無茶するな…分かったな…。」私は、小さく頷いた。

 翌日の朝、いつもより早く目が覚めた。昨日撮れなかった分の撮影もあったから、今日は二本分働かなきゃいけない。今日は特別忙しいぞ。まだ眠っている妹のほっぺを指でつつきながら思った。

 ふと、自分がいやに上機嫌な事に気が付く。何でだろうか。やる事は毎日変わらないし、真実にはまだまだ遠い道のりがある。それなのに、何故かこれまで感じた事の無い充足感というか、胸の奥が暖かい気持ちがした。サンタが帰ってきてから、私は何か大切なものを手に入れた気がしていた。サンタが居てくれたら、私は例え真実が分からなかったとしても、それなりに満ち足りた生活を送れるんじゃないか。もしも、また“パパオーディション”をするのなら、私はサンタにやって欲しいなと思っていた。

 何か、下の階から物音がした。もう撮影準備を始めているのか。それにしても、今朝は何だかいつもより騒がしい。みんなが大きな声で話しているのが聞こえる。何かあったのだろうか。私は妹がしっかりと眠っているのを確認して、自室のドアを開けた。その時、やっと会話の内容が聞こえてきた。

 「救急車まだか!?」

 私はぞっとした。何があったんだ?こんな朝早くに、一体誰が怪我を?私は階段を駆け下りた。スタッフ達が青ざめている。私はママを見つけて、何があったのか尋ねた。

 「照明機材が倒れてきて…サンタさんが怪我を…!」

 私は全てを察した。サンタは、自分の身を犠牲にして警察を呼ぼうとしたんだ。いや、救急車か。しかし、きっとサンタの事だからしたたかに事件性を疑われそうな細工をした上での事だろう。誰かがサンタを傷つけようと仕組んだ様に見せかけて、警察まで呼ぶつもりだ。サンタ、やったな。サンタの怪我の具合が分からないので心配だけど、とにかくサンタのお陰でやり遂げたんだ。

 「ママ(名前を呼んでいた)さん…お話が…。」スタッフの一人がママの所にやってきた。唇まで青ざめている。いささか大げさでは無いか?そう私は思っていた。

 「救急車というより…け…警察を呼んだ方がいいかも…。」

 「え?」私は、思わず口から声が漏れた。

 「サンタさん、もう息をしていません…。」

柔らかな朝日に照らされて昨日の雪は、もうすっかり溶けていた。

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