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元・天才キッズ動画配信者の末路⑥

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 こんにちは、キブシです。

 はじめに、皆さまへご報告がございます。

 私がこの告白を書き始めたのには、ある目的がありました。これは決して皆さまを騙そうだとか後ろ暗い事を隠していた訳ではありません。私は、どうしても連絡を取りたい人が居たのです。その人物は、言わずもがな当時の関係者です。

 この様な当時の告白を書き、大きな話題とまではいかなくとも、動画配信者の界隈で読んで頂ければ当時の関係者の目に触れる事もあるかと密かに期待しておりました。

 そして、前回の日記を更新した直後、その人から連絡を頂く事が叶ったのです。

 つい数日前の事です。その人とメールを通じて連絡を取り合い、都内の喫茶店で会う事が出来ました。(ここで、その事に触れる許可も頂いております。)10年前に話したくても話せなかった様々な事を話しました。時世柄、朝まで語り合う事は叶いませんでしたが、いつでも連絡が取り合える状態で、また定期的に会う約束をしました。本当に幸せなひと時でした。

 これで、私の目的を達成する事が出来ました。この日記を読んでシェアして下さった皆さまのお陰です。本当に、ありがとうございました。

 正直な所、目的を果たせた今更新を続けるべきか考えてしまったため、更新が止まっておりました。釣りだと罵られても否定できないタイトルの駄文を、少しでも愉しんで読んで下さっていた皆さまにおかれましては、期待を裏切る形となってしまい本当に申し訳無く思っております。本来私は筆不精なもので、強い目的があったからこそ、定期的に更新ができていたのだと改めて思い知りました。

 しかし、色々な事があった結果、最後まで書き切ろうと決めました。

 最も大きな出来事は、先ほど申し上げた“再会”です。彼と再会して最初に伝えたのは「勝手に当時のあれこれを書いてしまって申し訳なかった。」という事でした。それに関して意外な返答を頂いたのです。その彼も「面白かった。」と笑ってくれたのです。

 当時の生活は、本当に“普通”ではありませんでした。とても変わっていました。そんな当時の事を、普通の生活を手に入れた今振り返る事で、色々な事を思い出して客観的に整理ができ、読んでいて面白かったと言ってくれたのです。10年経った今だからこそ、そう言ってもらえたのかも知れません。彼への配慮が足りなかった事を棚上げするつもりは毛頭ございませんが、結果的に良かったと胸を撫で下ろしました。

 当初予定していた結末ではありませんが、予想を超える幸せな結末を現実で迎える事ができました。ですので、これから先は当時の出来事を全て書き切った上で、つい先日あった“再会”について書かせて頂き、この駄文を終わらせたいと思っております。

 それでは残り僅かではございますが、奇特な好奇心をお持ちの皆さま、どうか最後までお付き合い頂けますと幸いです。

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 「サンタは、海外で暮らす事になったの。」

 自宅での、いつもの朝食。お決まりの、固めの目玉焼きとウィンナー。こんな風に同居人が忽然と姿を消すのも初めてでは無い。変わった事と言えば、いつも朝からバッチリと髪の毛をとかして身なりを整えていた母が、野暮ったい夜用のメガネをかけ、雑にまとめたヘアスタイルをしている事だった。やつれた表情をしている。ただ単にスッピンなせいかも知れないが。

 私は昨日あった出来事を考えない様にしていた。それでも、ふとした瞬間にフラッシュバックする。サンタは身を挺して、この家の真実を突き止めようとしてくれた。彼が考えたであろう作戦は実にシンプルだった。撮影中に、彼自身が大怪我をおうというものだ。それも、撮影機材が倒れるように自分で細工をして。もちろん明らかに細工がされたと分かる様にしておき、駆けつけた救急隊員なのか、いよいよ見かねた別のスタッフなのか、誰かの目に留まる様に仕向けたのだ。そうすれば、この家に警察を呼ぶ事が出来る。

 そう、サンタは世間が無視できない程度の大怪我さえすれば良かったのだ。大怪我と言っても、まぁ骨が折れるとか、頭から血を流すとか、そういうレベルだ。しかし、ただの報道志望の元テレビ局員にそこまで器用な調整ができる訳が無かった。周りのスタッフの顔色と、救急車より先に警察が呼ばれた事から、私はサンタが死んだ事を察した。

 母は迷いもなく、父(という体裁の誰か)を警察に出頭させた。今頃、カツ丼でも出されて事情聴取を受けているのだろうかと思った。そういう警察ごっこは何度も動画でやった。安っぽい生地の制服を着て、プラスチック製の手錠を振り回し、何度も何度も泥棒を捕まえた。捕まえた悪党の数で言えば、私は国民栄誉賞ものだと思った。そんな取り止めのない事を考えて、少しでも起きてしまった事実から目を背けようとしていた。

 ふと、サンタが話してくれた事が頭の中で再生される。サンタは、血の繋がりも無ければ歳も二回り違う他人だ。それなのに、私は生まれて初めて心が通じ合った気がしたのだ。妹以外で、ここまで強く繋がりを感じた人間は居なかった。あのもさっとした髭から覗く笑顔が、頭の中で何度も繰り返される。思わず、涙が流れた。母の前で、震えながら泣いていた。

 翌日だったか、三日後だったかも知れない。警察が家までやって来て、母を連れて行った。さすがに、あの日から撮影をしていなかったので、曜日感覚もまるで働いていなかった。次にハッキリと覚えているのは、母よりも少し若い女性が会いに来た時だ。その女性は、私の実の母親だと名乗った。

 「ごめんね…。ごめんね…。」

 母と名乗る女性は、何度も何度も私にそう囁いた。警察なのか弁護士なのか、それとも役所の人間なのか分からないが、いつも会う時は別の大人が同行していた。私は訳もわからないまま、しばらくしてその女性と住む様に告げられた。

 ここから一定期間は、断片的な記憶になる。私は結局、動画撮影を心から楽しんでいたのだろうか?それとも、あの行為に存在意義か何かを見出して依存していのかだろうか?それも良くわからないまま、嘘の様な“普通”の生活が始まった。

 私はいつの間にか小学校に通う年齢になっていて、以前住んでいた豪邸(相対的に、あれが豪邸だったのだと初めて自覚する)とは比較にならない、狭いアパートの一部屋に母と二人暮らしを続けていた。自分の部屋が無い事がまず衝撃的だったし、風呂から上がるとすぐに居間というか、キッチンと言うか、家の全ての機能が集約されたひとつの部屋に出るから、プライベートも何も無かった。

 風呂上りに体を包むものは、ふわふわのバズタオルでは無い。洗濯カゴに突っ込まれたゴワゴワしたタオルか、洗面所にかけてある手ぬぐいくらいしか無く、しかも統一されていないバラバラのものだった。いつの間にか、比較的まだ柔らかいタオルがあてがわれると「当たりだ。」と思う様になっていた。今思えば、同じ揃いのバスタオルの方が珍しかったのだろう。以前の家で使っていたタオル類は全て紋章のようなデザインがタグにあったので、それなりに高級なものだったに違いない。そんな事を、なんちゃら商会と書かれた手拭いで韻部を隠しながら考えていた。

 「ふふ、隠さなくてもいいのに。」

 そんな事を言って、自称・実の母親はいやらしい笑みを浮かべた。私をからかうような態度に、いつも嫌悪感を覚えた。彼女は、私をすっかり自分の所有物だとでも思っているのだろうか?傷んだ茶髪と、生え際の黒髪のコントラストが私のイライラを増幅させた。

 百歩譲って、私の痴態が見られるのは子供だから仕方が無いのかも知れない。しかし夜な夜な、どこの誰だかも知らない男が狭い部屋にやってきて、母的な女と“行為”をする声を聞くのは、心底耐え難い事だった。

 私は、そんな時に妹の事を案じた。妹も、実の両親の元に行ったのだろうか?ここに居ないと言う事は、私と妹はやはり血が繋がっていなかったのだろう。それでも、妹が同じ思いをしているのでは無いかと思う度に、私は息ができなくなった。妹に会いたい。いつか妹とここを逃げ出し、二人で暮らしたいと思った。ますます、あの動画配信者時代の境遇と何が違うのか分からなくなっていた。

 むしろ、あの監視カメラがついた子供部屋に戻りたいとすら思った。あそこと、ここに、何ら差異は無いのだ。程度はさておき、どこの家でも同じだろう。子供は、常に親の管理下にある。位置情報が分かる携帯電話を持たされて、学校の帰りに寄り道をするのも憚られる。誰の家に遊びに行くか報告義務だってあるし、何時までに帰らなくちゃいけないという時間規制も、与えられる小遣いの上限も、何から何まで親が決めているのだ。親の采配一つで、自由の程度は決定される。この不自由さと比べたら、あの家での暮らしはまだ快適だった。大人たちは私に気を遣い、機嫌をとることに余念が無かったのだから。あそこでは、監視こそされていたものの、私はVIPだった。今では、まるでペットだ。

 そして、サンタが居なくなってから数年の月日が流れた。

 とある日、私の生活は友人の一言で再び大きな変化に直面する事となる。

 「キー君ってさ、動画に出てた?」

 私は思わずフリーズして、何も言葉を発する事が出来なくなった。これまでも動画配信者だったとバレそうになった事はある。500万人の同世代の子ども達が見ていたのだから、小学校や近所で顔バレするリスクは当然あった。動画に出ていた当時と比べて前髪をのばしていたし、カメラの前以外の私はどちらかと言えば無愛想な性質だったため「似ているね。」と言われたとて、一度否定すれば追求される事は無かった。しかし、今回は違う。もうあれから何年も経ち、私は小学校高学年になっていた。容姿も大分変化したし、何より動画チャンネルが削除されてから何年も経っているのだ。それなのに、まだ指摘されるのかと思った。それも、一番よく遊ぶクラスメイトに言われたのだから、これは返答を間違えるとまずい事になると。そう思ったが故に、私は初手を間違えた。

 「は…はぁ〜?意味わかんねぇ。」

 明らかに心地ない返答。ほとんど指摘が真実だと暗に言っているようなものだった。それから、もう怖くて怖くて友人の顔を見れなくなった。もうお終いだ。やっと馴染んできたと思った“普通”の生活は、この不意打ちによって全て終わってしまうのだと。しかし、友人の次の言葉は、私の想像を遥かに超えるものだった。

 「オレの姉ちゃんの友達が、キー君に会いたいんだって。」

 私は思わず「え?」と素っ頓狂な声を出し、顔を上げた。聞けば、友人の姉は都内にある大きな劇団で演技レッスンを受けていて、そこで“天才子役”と言われている女の子と意気投合したそうだ。天才子役と言っても、月9に出る様なタイプじゃない。何でも、テレビやネット動画などは避けて活動をしているらしい。彼女の主戦場は、あくまで舞台だった。私は、それだけで誰なのか見当がついた。

 後日、こちらに合わせて最寄駅のカラオケボックスで彼女と会う事になった。相手は天才と称される子役様だ。電車賃くらい何て事は無いのだろう。

 言われた番号の部屋の前に立ち、おそるおそる扉を開くと、そこには中学校の制服を着たポニーテールの女の子が座っていた。あの頃は、ギョロっとした目が恐怖の対象だったが、10代の少女となった今はハッキリとした目鼻立ちで異性に好まれそうな顔立ちになっていた。艶やかな黒髪を耳にかける仕草をした後、その女の子は私に向かってこう言った。

 「相変わらずキメェ顔してんな、弟。脱獄成功、おめでとー。」

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