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元・天才キッズ動画配信者の末路⑦

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 「てか噂通り貧乏暮らしなんだねー。まぁ似合ってるよ、その服。」

 数年振りの再会は感動的とは程遠いものだった。私がカラオケボックスの座席に着いても、姉の悪態は止まらない。上から下まで私の身なりを品定めし、いつついたかも思い出せないケチャップのシミを見つけて、蔑む様にため息を吐いた。

 「会いたいって言ったのは、そっちじゃないか。」

 姉がストレス発散のために私を呼びつけた訳では無いのはわかっていた。当時の事を隠している私達にとっては、この再会はリスクしか無い。会うからにはそれなりの理由があるはずだった。だからこそ、私は嫌々ながらも会いに来た。私はとにかく用件を聞いて、さっさと立ち去りたいと思っていた。

 「ねぇ、あれやってよ。はぁい、どーもキーちゃんです!ってやつ。あれ、マジでキモかったよね。」

 姉は、悪意たっぷりで誇張ありありの物真似を披露した。私はいよいよ怒りがこみ上げてきた。血が繋がっていないとは言え、生まれた時から一緒に一つ屋根の下過ごした間柄だ。どうしたらここまで嫌な態度が取れるのだろうか。私は、姉がさっさと本題に入るためにも、わざとらしく部屋を出て行こうとする素振りを見せた。もちろん、ここで帰るようなガキでは無い。いや、年齢は小学生なのだけど、精神的には大人のつもりだった。少なくとも、この姉よりはずっと大人だ。

 「あー、はいはい。分かったって。そうやってさ、あんたは周りをコントロールしてたよねぇ。」

 「コントロール?」私は、ドアにかけた手を離し、姉の方に振り返った。

 「そうだよ。あの家を支配してたのはママじゃ無い。あんただよ。」

 私は姉が言っている言葉の意味が分からなかった。子供部屋にこっそり監視カメラをつけられ、ペットの様に支配されてたのは自分だと思っていたからだ。そして、その支配される人生は今も続いている。姉が何を言っているのか分からない。鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をしていると、姉は「キモ」と口だけ動かした後、話を続けた。

 「あんたはさ、天才なんだよ。天才キッズ動画配信者さまだ。これ、褒めてないからね。あんたはカメラの前でどう振る舞ったらいいか分かるんだ、生まれつき。生まれつきなのか、途中からなのか知らないけど、とにかく私が家を出る頃には、とっくに“キモ”かった。だから、普段からどう振舞えば周りがどう動くか全部わかってたの。だから、あんたは大嫌いだった。あんたは無自覚に、あの家で中心に居座って、私の居場所を奪ったんだよ。」

 私は、ますます何を聞かされているのか分からなかった。

 「その話は…よく分からない。そんな事を言うために会いに来たのか…?」

 姉は、思い切り机を蹴り上げた。机の上のメロンソーダが波を打った。

 「てかさ、もっと無いわけ?あのあと姉ちゃんは何処で何してたの?とか、そういうの無いの?私の事はどうだっていいんだ?薄っ情、じゃんねぇ。」

 いよいよ姉の事が分からなかった。姉は私に心配して欲しかったのか?それとも私が会いたいと願い続けているとでも思ったのだろうか。いずれにせよ、相当おめでたい頭だと思った。それなのに少しだけ、本当に少しだけだけど、一緒に同じ家で暮らしていたあの時間を思い出し、私はやっと席につく気になった。

 「少しは、思ったさ。でも今すごく楽しそうじゃないか。天才子役って?良かったね、幸せそうで。」

 姉は癇癪で乱れた髪を掻き上げると、机の上のメロンソーダを喉に流し込んだ。

 「興味ないみたいだから、逆に教えてあげるよ。あのあと、私の人生がどうなったか。」

 私は姉の真向かいの席に座った。姉は偉そうにふんぞり返って座っている。トントンとソファーの座面を指で叩きながら、もったいつけて話し始めた。

 「あの家以外でも、ママたちは“家族ごっこ”してたって知ってるよね?パパには他の家にも家族がいて、そこでもキッズ動画配信をやっていた。つまり、今で言う「動画配信者の所属事務所(具体的な固有名詞を伏せています)」みたいなもんよ。それ自体は合法。問題はさ、マジで本物の家族だって嘘ついてた事だよ。視聴者に対しては許されるよ?別に関係ないからね。でも、マジで罪なのは、私達自身が騙されてたって事。そんであんたも私もある日突然、本当の家族がやって来て今に至るってワケ。どう考えても、これクソだよね。」

 「…それで?」私は、サンタと二人で姉の部屋を物色し真実の手がかりを必死になって探した日の事を思い出していた。サンタがあそこまでして手に入らなかった真実が、今まさに目の前で、なんともあっさりと明かされようとしていた。

 「ママがやった悪事ってやつは、育児放棄された赤ちゃんを育てる代理母ってやつ。あんたの家もそうでしょ?夜の仕事をしてるシングルマザー。あんたは捨てられた子供なんだよ。」

 しばしの沈黙。カラオケボックスでしか見ないアーティストの新曲コメントだけが部屋に響いている。私は次の言葉を待っていた。

 「ああ…そうだよね。それは何となく分かってた。それで?それ以上の事を何か知っているんだろう?」

 姉は、まだ半分以上入っているメロンソーダを私に向かってぶち撒けた。私はコップの飲み物をかけられるなんて生まれて初めてだった。風呂場で姉にスライムをぶちまけられた事はあったが。姉は、あの頃から精神的に一切成長していない。そう確信した。

 「な…なにしてんの…?はぁ?」

 「マジでキモいんだよ…!マジのマジで!キモ過ぎる!死ね!捨てられたんだよ、要らないって言われたんだよ、あんたは!私と、一緒!私も捨てられたんだ!生まれた時に私を捨てた両親と、いま住んでんだ!お前も分かれよ、今の生活の何処にも幸せなんて無いってさ。ちゃんと理解しろよ、自分が不幸だって。私と同じ様に、傷つけよ。クソ弟!」

 もしかして姉は、自分の人生に傷ついていて、同じ境遇の私を見て安心したかったのだろうか。最低でクソみたいな人生は自分一人じゃ無いと。それを確かめるために私を呼びつけたのか。だったら、やっぱりストレス発散みたいな事じゃ無いか。私は心底うんざりしてきた。

 「てか、ここまでの話は日記に書いてたんだけど。」

 「え…?」

 日記というのは、あのサンタが見つけた日記?それとも別にあったのだろうか?あの日記には何もそれらしい事は書いていなかったはずだ。

 「縦読みだよ、縦読み。すげー時間かけて書いたんだよ、あれ。頭の文字を拾って読むと、今話した事がぜーんぶ書いてある。」

 私は呆気にとられてしまった。もう少し別の残し方があったんじゃないか。そんな回りくどいやり方、気がつかれない確率の方が多いし、気がつくとしたら母たち大人の方が早そうだ。いずれにせよ、まったくもって賢いやり方とは思えなかった。昔から、私達はいつもこうだった。姉が良かれと思ってやった事でさえ、私には捻じ曲がって届いていた。ずっとボタンを掛け違えたシャツを着ている様な居心地の悪さを、私達は抱えていたのだ。

 「全く…あんたに期待した私がバカだった。バカはあんただけど。あんたさ、本当に動画配信以外の才能ゼロだよ。それ以外は何もできやしない。クズだよ。」

 私はムッとして反論したかったが、言われてみればその通りだった。学校に通っていてもほとんどはサボっていた。あまり目立つのも嫌だから、あからさまなサボり方はしていなかったものの、すぐに保健室に行きたいと言っては、そのまま授業が終わるのを待っていた。休み時間に友達と会話する事も、義務のように感じた。この姉を繋いでくれた友人でさえ、本当の所で互いを理解してるとは一度も思えた事は無い。私が、これまでの人生で本当に繋がりを感じたのは妹と、サンタくらいだった。

 「これで分かったっしょ?あんたは結局は動画配信しかできないポンコツなんだって。」

 姉は脚を組み直し、テーブルの上にこぼれたメロンソーダを見つめていた。

 「…私も似た様なもの。悔しいけど、今の家に来てからやっぱり居場所が無くてさ。別にあんな家どうだっていいんだけど、とにかく私は立場を築きたかったわけ。あ、そうそう。捨てられた子供を動画配信者として引き取ってたって話したけど、もちろんギャラが毎月振り込まれてたんだよ、実の家族に。」

 それは私も知らない事実だった。だったら、なぜー。

 「なんでクソ貧乏のままなんだって思った?普通に使い切ったんでしょ。あんたの親、ホスト狂いとかしてそうだもんね。知らねーけど。」

 私は夜な夜な出かけてしまう母親らしき人物を思い返していた。なるほど、それなら納得だ。あの人はシングルマザーで可哀想な境遇だと周りにアピールして生きているけれど、一度は子供を売ったんだ。それが、トラブルで返品されて来たというだけの話。私のお陰で母がそれなりに裕福に楽しく暮らしていてくれた方が、まだ救いはあったかも知れない。

 「勝手に捨てて、搾取して、それから勝手に自滅してるってワケ。クソオブクソだよね。うちも最初はそうだった。だから、劇団に入って金を稼いだんだ。そのお陰で、もう私のいいなりよ。父親は会社辞めて私のマネジメントに専念するとか言ってるし、母親は私が欲しいものなら何でも買ってくれる。ま、良いアシスタントってワケ。今も昔も、大人は私達のアシスタントだ。」

 姉はすっと立ち上がり、私の方を見た。背筋が伸びているせいか、印象より背が高い。姉の瞳にはカラオケボックスのミラーボールが反射して、少女漫画のようにキラキラと輝いて見えた。

 「私と独立しない?」

 私は意表を突かれて声が出なかった。独立、とは?

 「ママがやった事を、私達がやるんだよ。動画配信事業を仕切るんだ。でも安心して、私達は動画に出る必要が無い。さすがに、あんたも出たく無いっしょ?私達はあくまで、場をつくるだけ。だから、本当にママと同じ立場。」

 私は驚きのあまり、まだ反応が出来なかった。姉と話していると、いつもこの有様だ。この人は、本当に先が読めない。

 「私がママ役を、あんたがパパ役をする。もちろん未成年だから大人を雇わないとね。色々と面倒でしょう?面倒ってか、金の扱いとか無理でしょ。あんたの実のママなんてどう?夜の仕事より、よっぽど儲かるって教えてあげれば食いつくんじゃ無い?」

 「ね…姉ちゃんの両親は…?うちのは…何ていうか無能だと思う。金の勘定とか出来てる人間なら、ああはなってない…。」

 「私は親を捨てるつもりで、これを考えてんの。父親がマジに会社辞めた途端にバックレようって思ってる。マジでざまぁって。でも…まぁ最初は手伝わせてみてもいいかもね。確かに、一応会社員の経験はしてるワケだし。あんたのママよりは使えるかもね、実際。」

 姉は、どこか高揚しているように見えた。私のほうも、姉の提案を飲む前提で返している事に我ながら驚いた。心臓の高鳴りを感じる。姉の言っている事は無茶苦茶だし、出来るかどうかも分からない。だけど、もしそれが出来たら、まさしく“独立”に他ならない。しかし、一つだけ疑問がある。

 「それで…動画配信をする“キッズ”は、どこで見つけるの?」

 「心当たりがいるじゃないのさ。」

 後日、私と姉はそれぞれ理由をつけて外出し、再び落ち合った。今度は電車で県境にまで行くのだ。電車に子供だけで乗るのは初めての経験だった。朝からすでに疲れ切った顔のサラリーマン達を押しのけて、二回乗り換えた頃にやっと車両が空いてきた。車窓の風景もビル群から田園に変わっていた。この辺から東京に通っている人は大勢いるだろうけど、この時間にこっち方面に行く人間は多くない。地元に住んでいるのであろう老人がポツポツいるだけで、サラリーマンはほとんど見なかった。私は、どことなく動画配信をしていた頃に住んでいた田園風景を思い出していた。

 「ここ…?ここに“妹”がいるの…?」

 私は駅を降りて10分程歩いた頃、姉の方を見ずに呟いた。周りを見渡すと、あまり住宅らしきものも無く、高速道路沿いに小さな雑居ビルが並んでいるような場所だった。私はそわそわしながら、長い信号を待っていた。

 「あー、住んでるのはふたつ隣の駅。バッチリ調べたからマジだよ。探偵に60万円も払ったんだから。探偵ってマジで存在するって知ってた?」

 「探偵…。じゃあ妹は、僕達が来るって知らないんだ…?」

 「知らない。会いたくも無いかもね。あんたキモいし。」

 私は一気に会うのが嫌になった。私のように覚悟して姉と会うならまだしも、ある日突然、数年ぶりに私達が目の前に現れたらどんなリアクションをするだろう?喜んでくれるイメージが湧かなかった。そもそも、覚えているかも怪しい。確かに妹は私に次いで動画配信者の才能があったと思う。本当に幼かったので、あれは計算では無く天然だったのだろう。配信者という以前に、とにかく妹は愛らしかった。愛らしい、子供だった。子供という存在が持つ、天性の輝きをそのまま絵に描いたような子だった。そんな子の、表情が曇るのを見るのは忍びなかった。

 「今日は、そこの会場でバレエの発表会があるんだって。」

 「バレエ…?そういや、姉ちゃんの部屋にもバレエダンサーの絵があったって。妹も、あの絵を見たのかな…。」

 「そんなのあったっけ?とにかく調べた結果、ここでやっちゃうのが一番手っ取り早いかなって。ほら、さすがに家の前とかはリスクがあるでしょ。」

 「何を?」私は、やっぱり姉の言う事に置いてけぼりになっていた。姉は、とにかく考えを伝えたつもりになって、勝手に話を進めるからタチが悪かった。

 今思えば、姉の計画について事前に聞いていれば、私は好き好んでこんな場所に来なかった。妹がどんな暮らしをしているかは見ていない。だけど、この静かで落ち着いた土地に住んでいて、両親にバレエを習わせてもらっている。どう考えても、私や姉とは境遇が違う。

 妹は、まだ幼い頃に親元へ戻った。だから、もうきっと当時の事なんて忘れて、本当の人生に戻られたのだろう。私は、そう感じていた。妹が私と会いたがっているのなら、私はどんな手段を使ってでも会いに来ただろう。しかし、今となっては会いたくない、会ってはいけないと思った。そんな私の気持ちを逆撫でする様な言葉が、姉の口から吐き出された。

「何をって、さらうんだよ。誘拐すんの。」

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