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元・天才キッズ動画配信者の末路②

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 こんにちは、キブシです。

 動画配信をした事がある方は少ないでしょうけど、現代はインターネットで一夜にして有名になる事も珍しくは無いかと思います。ご本人がそうで無くとも、もしかしたら身の回りに有名になった知人がいらっしゃるかも知れません。

 「有名になった途端、天狗になった」という類の話は昔も今も変わらずあると思いますが、あれは真実なのでしょうか。当時の私は、幼稚園にも通わず近所の公園で友達を作るという事も無かったので、誰かに対して天狗にすらなれなかったのですが、そんな私でも「天狗になった」と言われてしまう人の真相が分かります。これを語るには、まず有名になってしまった人間の心理をご説明する必要があります。

 皆さんは、有名になる事で起こりうる“危険”と聞いて何を想像されますか。多くの方は、きっと誹謗中傷などを真っ先に想像するでしょうけど、私達が本当に怖いのは見ず知らずの他人ではありません。怖いのは、自分の顔と本名を知っている“知人”なのです。なぜなら、有名人は個人情報という人質を知人に握られているから。住んでいる場所、乗っている車、交友関係、家族構成、そして何よりも金銭事情。そういった弱みを知られている以上、知人はいつ自分に牙を剥くか分からない恐怖の対象になるのです。ですから、それとなく距離をおきはじめ、交友関係が同じ業界の人間ばかりになる。そういった事の積み重ねによって「天狗になった」という誤解が生じるのでしょう。

 そう、私達が恐れる対象は“知人”であり、その中で最も恐ろしいものが“親族”なのです。親族からは決して逃れる事は出来ませんから。

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「お姉ちゃんは、外国に留学したの。」

 姉が姿を消して六日後の朝、母は聞いてもいないのに突然そう言った。正確に六日と記憶しているのは、その日撮った動画を覚えているからだ。動画配信者の規則正しい生活は、その日あった出来事を思い出す事においては便利である。

 「そっか。」私は食べかけの朝食に目をやりながら答えた。子どもながらに留学がとってつけた嘘である事は分かっていた。何より、あの日から母を中心に大人達が頻繁に密談していた事を知っていた。姉の身に何かが起こり、それを私達にどう説明するか相談をしていたのだろう。私は気丈に振る舞った訳では無い。その時は本当に「そっか。」としか思わなかった。私は姉が嫌いだったし、今の生活に不満も無かった。もしかしたら、姉はもうこの世にいないのかもしれないとすら思ったが、私にとって死ぬ事も留学する事も、さして違いが分からなかった。

 母は私の顔色を伺いつつ、聞いてもいない留学の話を続けていたが、まるで頭に入ってこなかった。それよりも私は、姉が最後に言った「逃げろ。」という言葉を思い出していた。動画配信が嫌で仕方なかった姉にとっては、この家は監獄だったに違いない。もしそうならば、行き先がカナダだろうと天国だろうと、どっちにしたって良かったのだと私は心の中で反芻した。

 今思えば姉が死んでいた方が、幾ばくかマシだったと思う。本当に死んでいてくれたら私達は、あんな真実を知らずに生きていけたのに。

 姉の失踪から一年が経った冬、私はますます“遊び”に没頭していた。もう私の中で“遊び”は“遊び”では無くなっていた。動画をより良くするために日夜考えを巡らせていた。週に一度行われる、母を中心とした大人達の企画会議にも、半年ほど前から同席するようになっていた。

 キッズ動画配信者の企画は大人配信者のそれとは、かなり違った趣きだ。まず、今で言う“バズ”を狙う必要があまり無い。視聴者の大半は同年齢か少し下の子ども達だが、チャンネル登録をするのは保護者になる。なぜ保護者はわざわざ自分が観ている訳でも無いキッズチャンネルに登録をするのか。答えは、そもそもキッズチャンネルがどういった需要に応えているかにある。

 「やっぱり泣き止みソング系は、公開してからずっと回り続けてますね。これ5000万再生いくなぁ。」

 いつも黒いジャージを着ている男(私は“ジャージ”と呼んでいた)は、企画会議でも頻繁に発言をする。この日もアイデアをポンポン吐き出していた。今思えばジャージはテレビ局の放送作家など、そっち系の本業だったのかも知れない。

 彼の言う通り、キッズチャンネルの需要はつまるところ「子どもをあやすこと」にあるのだ。当時は今ほどでは無かったにせよ、スマートフォンで動画を見る人も増えてきた時代。ipadが出た時には、いよいよ動画の時代が来るぞとジャージは息巻いていた。そして現代に至っては、子どもから大人まで、配信からサブスクから、少しでも身体が空けば動画視聴に余念がない。例え数分だったとしても隙間時間を無駄にする事が我慢できないのだろう。今や、動画は人類の“おしゃぶり”になっている。

 子を持つ親御さん達は、常に子どもの興味を惹きつけるものを欲している。最近の子どもは1歳にもなると、もうスマホを自分でつかんでキッズチャンネルに夢中になる。2歳になると、自分で広告のスキップすら覚えるのだから末恐ろしい。そう、例えば子どもがレストランでぐずりはじめた時、満員電車で泣き出した時、親御さん達は魔法のアイテムかのように私達の動画をあてがうのだ。子どもの大声が公衆の面前に響き渡る前に、目にも留まらぬスピードでスマートフォンは子どもの視界を乗っ取るのだ。まるで西部劇の早撃ち。そんな時、1秒でも早く子どものお気に入りを出せるように、親御さん達はチャンネル登録を欠かさない。

 キッズチャンネルが大人のそれと大きく異なる点は他にもある。子どもは、同じ動画を飽きずに繰り返し視聴するのだ。「またその動画?別の観ようよ。」とママが半ばノイローゼになりそうに申し立てても、子どものアンコールは止まらない。子どもは一度知った快感を繰り返し求める性質があるらしい。大人のように、新しい刺激にいちいち飛びついたりはしないのだ。だから子どもの心を一度掴んだチャンネルは、青天井に再生が伸びてゆく構造になっている。

 私達のチャンネルは、私が6歳になる頃にはその“青天井モード”に突入していた。とにかく私と妹が画面に登場さえしていれば再生数は伸び続けた。こうなったら企画会議もへったくりも無い。これまでと似た動画を量産すればいいのだから。でも、それに伴って私は私自身の快感も目減りしている事が分かった。同じ事の繰り返しでは、快感は減ってゆく一方だった。私は大人達とは求める成果が違うのだ。だって私はまだ、お金によって得られる快感がある事を知らなかったし、あの快楽を得る事が人生の最優先事項になっていたのだ。

 「パパを出したら、どう?」

 6歳の私は深く考えた訳では無かったが、感覚に従ってそう言った。子どもの心を掴んで、親御さん達にとっての「お助けアイテム」としてチャンネル登録はしてくれているだろうけど、まだ開拓していない領域がある。そう直感したのだ。

 「あら、どうして?キーちゃん。」

 母は穏やかな口調で言った。理路整然とした理由を持ち合わせていなかった私はたじろいで「パパを動画に出した事無いから」などと、歯切れ悪く答えた。それに反応したのがジャージだった。

 「アリじゃないすか?世のパパ達って子どもと遊ばないじゃないすか、あんまり。だからこそ動画でやって、ママに見せるんですよ。こういうパパ理想だよねって。あ、もしかして動画を旦那に見せるかもね。こうやって遊んでやってよって。うん、アリだな…。このチャンネルは“理想の家族像”を、みんなのお手本として発信してゆくべきなんすよ!」

 ジャージはすっかり自分が出したアイデアの様に、熱を帯びながら語り続けた。私はとにかく前向きに拾えてもらって嬉しかったので、特に口を挟んだりしなかった。私は父の顔を盗み見た。実際の所、もしかしたら私自身も父と遊んでみたかったのかも知れない。そうはっきり思ったか定かでは無いけれど、この会議中に限らず私はチラチラと父の顔色を伺っていたのは覚えている。

 父は母と違って寡黙だった。堅物という感じの寡黙さでは無く、単に発言をしなかった。会議中も一番端っこにポツンと座って書記のようにキーボードを叩いていた。ジャージの方が、ボスである母の隣を陣取って我が物顔をしているのに、父ときたら自分の話題が出た時ですら一度たりとも視線をPCから離さなかった。

 「よぉし、じゃあやってみようか。準備に時間がかかるから、また来週にでも集まりましょう。」

 結局、最後までジャージが主導権を握ったまま、この日の会議は終わった。大勢いた大人達が居なくなると、広い家が急に寒く感じた。事実、この冬は例年と比べても特に寒かったのを記憶している。自分の部屋で結露した窓をボーッと眺めていると、たまに姉の事を思い出した。私は本当に、姉の事は好きでは無かった。それ以前に家族の絆というものを感じなかった。それは私の心の問題かも知れないが、少なくとも妹の事は可愛いと思う。妹はまだ“遊び”が何なのか分かっていないだろうけど、もしも妹が動画配信を嫌がって姉のように逃げたいと言い出したら、私はどうするだろう。そんな事を想像すると、背筋が冷たくなった。

 1週間後、また企画会議の日がやってきた。部屋に入ってすぐに、普段より人が多い事に気がついた。パパを登場させるだけで、こうも大勢のスタッフが要るのだろうか?きょとんとした顔で大勢の大人達を見渡す私に、母はこう言った。

 「キーちゃん、どの人がパパにいいかな?」

 私は言葉の意味が分からず、母に聞き返した。「パパにいいって?」

 「やっぱりキーちゃんとの相性が一番だからね、あなたに選んでもらおうって。この候補の中から、一番パパになって欲しい人を選ぶの。オーディション…って分からないかな?ガラスの靴でシンデレラを見つける、みたいな?どの人がパパかは、キーちゃんが決めていいんだよ。」

 私は、やっぱり意味が分からなかった。ここに来て、わざわざ部外者を出演させるのは何故だ?父が外交的じゃ無いのは分かっているけど、まるで父が居ないかのように話を進めるじゃないか。私は、またしても部屋の隅で書記をしている父を見た。今度は盗み見るのでは無く、母にも分かる様にハッキリと見たのだ。

 「ねぇ、パパは?パパがやれば?」

私は母では無く、父に向かってそう言った。母に反抗的だった姉とは違って、父は母をはじめとした“遊び”に献身的だった。母の様に中心で指揮をする事は無いにせよ、準備から買い出しから雑用を黙々とこなし続ける父に対して、私は愛情なのか同情なのか分からないが、とにかく少なくない好意を持っていた。それなのに、この扱いはさすがに酷いのでは無いか。そして、それに対して寡黙を通している父もあまりに不甲斐ない。そう思った。

 “パパ候補”として集められた大勢の大人達はもちろん、いつも企画会議に参加していたスタッフ達も、皆一様に私を見て凍りついていた。ジャージに至っては参ったと言わんばかりの、額に手を当てるジャスチャーまで披露してくれた。

 「キーちゃんがそんな風に思っていたなんて…ちょっと感動しちゃったわ。」

 母はかがんで、私と視線を合わせた。香水の匂いが鼻に刺さる。

 「ぼく、変な事言ってないよね…?パパを出すなら、パパがいいなって思っただけでさ…。だって“理想の家族”なんでしょ?だったら、嘘じゃダメじゃん!」

 私は自分の声が上ずっている事が恥ずかしくなって、思わず部屋を飛び出した。動画では慣れっこなのに、上手く感情がコントロール出来ない事が悔しかった。大人達に、姉のように癇癪を起こしたと思われたくない。私は“遊び”に真剣なだけなのに。姉とは違うのだ。私は、こんなに真剣に動画配信と向き合っているのに。悔しくて、分けが分からなくて、鼻の奥がツンとした。自分の部屋に戻ると私はベットに突っ伏して、声を殺して泣いた。

 しばらくして、誰かがドアをノックした。母では無い。母はノックをしないからだ。私はまさかと思い「パパ…?」と呟く。

 「あ、いえ。覚えてるかな…?さっき部屋にも居たんだけど、それどころじゃなかったしね。」

 誰だろうか。聞いた気もする声だった。いつどこで聞いたのだろう?どこで、という事に関しては、まず間違い無くこの家以外ではあり得ないのだけれど。

 「よく靴紐を結んであげた…さすがに覚えてないかな。」

 私はハッとして、あの見事な口髭を思い出した。

 「サンタ…?」

 男がドアを開けた。男は、私がサンタと呼んでいた元スタッフだった。“パパ候補”として昔のスタッフにも声がかかったのだろうか。しかし母は、父と同じ元カメラマンを候補として呼び寄せたのだから改めて悪趣味だと思った。

 「クビになったんじゃないの?」と私が言うと、サンタはバツが悪そうにニヤリと笑う。私は友達と呼べる存在がいなかった。姉は論外だったし、妹は守ってあげる対象であって友達では無い。ほんの少しの期間、ささやかなやり取りだったけど、このサンタと呼んでいた男に私は親しみを抱いていた。友達という存在がいたとしたら、こんな感じなのだろうかと密かに思っていたのだ。そう考えれば確かに、サンタは理想の父親像に近いのかも知れない。しかし今回の件は、そういう問題の話では無い。いくらサンタが父親らしかったとしても、違うものは違うのだから。

 「そんなに泣いちゃって、まぁ。ちょっとお話しようか、キー坊。」

 サンタは部屋をキョロキョロ見渡している。何かを探している様だった。サンタは机の上のティッシュ箱から英国紳士がハンカチをつかむような仕草で一枚取り出し、私の頬から涙を吸い取ってくれた。「ありがと。」そう言ってサンタに目をやると、まだ部屋をキョロキョロ見渡している。探していたのはティッシュ箱では無かったようだ。

 「本当にいい部屋だね。気に入ってるでしょ?オレもこれくらい立派な部屋が欲しいもんだ。いや、マジで半分くらいだよ、オレの部屋って。キッチンも含めてそれくらい。」

 そう言いながらサンタは、本棚に近寄った。何か様子が変だ。私が、どうしたのか聞こうとした矢先だった。サンタは本棚を背に振り返り、手の平を私に向けた。私には、それが「喋るな。」というジェスチャーに思えた。

 「さっきは突然の事で混乱したと思うけどね、でもパパは動画に出たく無いらしいんだ。そう言ってた。だから君のママとも相談してー」

 サンタは会話を続けている。しかし、その会話そのものが部屋に来た用件では無さそうだった。私をなだめるような柔らかい口調で話を続けているものの、目は何かを訴えているように見えた。次に、サンタは本棚にある大量の絵本を物色しはじめる。しばらくして、何冊か本を取り出した。会話には、一切関係の無い本だ。サンタは、本題では無い会話を続けながら、何かをやろうとしている。それが何なのかは、すぐに分かった。

 (くまちゃんのお部屋)

 サンタが私に見せた絵本のタイトルだ。次にサンタは別の絵本を上に重ねた。

 (怪傑ねずみ!スパイ作戦!)

 サンタは(怪傑ねずみ!)のページをパラパラとめくって、あるページを指で指し示した。そのページは主人公がスパイになって敵のアジトを盗聴している挿絵だった。(くまちゃんのお部屋)(スパイ作戦!)(盗聴)子どもの私でも、さすがに察しがついた。

 この部屋が、盗聴されている。

 そう、私の部屋にはカメラが隠してあったのだ。サンタは以前ここで働いていた時、それに気が付いたのだろう。自ら気が付いたのか、カメラを設置した人間(十中八九、母だ)に聞いたのか分からない。とにかく、そうだとすれば私が3歳くらいの時にはすでにあった事になる。当時は別の家に住んでいたのだが、きっと同じ様に本棚に隠してあったのだろう。サンタはそれを探していたのだ。そして、本棚の前に立つ事で死角を作った。

 動画を撮られる事は慣れているし、撮られる事に喜びすら感じている。しかし、これは違う。これは明らかに違う。一体何のために?これも配信していたのだろうか?それとも監視するためだろうか?いずれにせよ許されない。子どもだからと言って、何から何まで親の所有物では無いのだから。いつから撮影は始まっていたのだろう?3歳より以前はどうだ?もしかしたら、生まれた時からあったのかも知れない。そう考えると私は呼吸が上手くできなくなって、その場で気を失った。

 気を失っている間、姉の夢を見た。夢の中の姉は、あの時と変わらず私の口を塞ぎながら鬼の様な形相で、私を睨みつけていた。「逃げろ。」という姉の言葉が、頭の中で何度も繰り返し再生されていた。

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